通り雨
誠が早々に帰った後、おれ、冬、実里の3人は、のろのろと帰り支度を始めた。机の上にバラバラと出していたお菓子の箱やら文房具やらを、ゆっくりと自分たちのかばんに詰め込んでいく。消しカスをゴミ箱に捨てて、合わせていた机もそれぞれ元の位置に戻す。そして最後に、荷物を持って、ゆっくりと教室を出て行く。
帰宅部集会の終わりには、大体いつもこんな風景が見られる。学校にもいたくないけど、家にも帰りたくない。そんな陰キャたちの悪あがきのような光景。
そんな見苦しい光景を、おれたち帰宅部は1年生の頃から繰り広げている訳だけれども、確か1年生のとき、帰宅部集会に実里の姿は無かった。というか、実里は女子バレー部だった気がする。
2年生に上がって、いつの間にか帰宅部集会に溶け込んでいたので気がつかなかったが、ごりごりに陽キャの実里が、一体なぜおれたちと一緒にいるのか。今更、疑問に思った。
「実里って、なんで帰宅部なの?」
1年の時、バレー部じゃなかったっけ。
そう問いかけたおれに、実里は一瞬驚いたような顔をして、それからすぐに、うーん、とうなった。
「うーん‥‥まあ、1年生のときは、確かにバレー部だったんだけどね~‥‥っていうか、日暮はともかく、冬も、なんにも聞いてない?」
含みのある実里の返答。これだけで、おれも冬も、きっと部員同士で何かがあったのだろうと察しがついた。
けれども、同級生とうそみたいに交流の少ないおれと冬は、その『何か』がどんなことだったかまでは分からなかった。っていうか、おれはともかく、ってどういうことだ。
何も答えない(そもそも当てにされてない)おれと、ただ首を傾げる冬の様子を見て、やっぱり何も知らないか、というように、実里は話し始めた。
「わたしね、自分で言うのもなんだけど、結構、運動神経良いんだ」
それは周知の事実だ。去年の体育祭でも、実里の俊足は一際目立っていた。当時、おれたちと実里はクラスが違っていたので、おれは実里の名前を知らなかった。けれど、体育祭の前、年度初めに行われる体力測定のときから「1年にめちゃくちゃ足の速い女子がいる」と噂になっていたこともあり、おれは実里の顔だけなら知っていた。実里はとにかく、目立つ存在なのだ。
「バレーもね、一番得意なスポーツだったし、小学生のときからずっと続けてたから、自信あったの。わたしは強いって。実際、1年生でレギュラー入りしたし、チームの中でも出来る方だった」
うちの高校は、女子バレー部の部員数が割と多い。一学年で10人ずつくらいいるんじゃないだろうか。つまり、総員およそ30名。その中で、確実に試合に出ることができる選手、つまりレギュラー選手に選ばれるのは、たったの6名。150㎝という小柄な身長、さらに本来なら応援席にいるはずの1年生が、2、3年生を押しのけてまでレギュラー入りするのは、まさに恵まれた運動神経のなせる偉業だ。
しかし、周囲が必ずしもその偉業を賞賛するとは、限らない。
「もちろんね、いくら上手いからって、1年がレギュラーとか生意気じゃない?って、言われたりもしたの。自分でもそう思ったし。わたし1年なのに、3年生の先輩よりもたくさん試合に出るのって、ちょっとまずいよなぁって。生意気だよなって思ったし、実際そう言われた。でも、選ばれたからにはちゃんと活躍して、チームに貢献しなきゃ!って思ったの。それで、練習も試合も、ものすごく頑張った」
実里は一度、そこで言葉を切った。その時のことを思い出すように、上を見上げる。
「自分でも、バレー得意だって思ってたし、レギュラーとして活躍してもいた。『生意気』とか『調子乗ってる』とか陰口たたかれて、嫌な思いもしたけど、それでも練習は休まなかった。わたし、本当に頑張ったんだよ、チームのために」
冬がうんうん、と大きく頷く。その冬に実里は微笑みかけて、それからこう言った。
「でも、それがダメだったんだね」
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