太陽が昇る青
大村日暮、16歳。その名の通り、日が暮れたような、薄暗い人生を歩んでいる。
まず、朝はおおよそ8時半に起床。この時点で、8時10分に定められている登校時刻を20分オーバーしている。
でも、ここで焦ることなかれ。急がば回れだ。ということで、おれは六枚切りの食パンを1枚トーストにして、カップスープ粉末にお湯を注いでコーンスープを用意する。トーストにバターを塗れば、今日の朝食の完成だ。ちなみに、この時点で時刻は8時45分。1時限目がすでに始まっている時間だ。
さて、朝食を食べ終えて、洗顔、歯磨き、着替えを済ませたら、いざ学校へと向かう。現在時刻は9時10分。学校までは徒歩で約15分。着いた頃には9時25分あたりだろう。
いける。1時限目はサボれる。
そんな薄暗い確信を抱いて、学校までゆっくりと歩を進める。
そう、おれは2学年の遅刻魔代表だった。
「ねえ、それってさ、『陰キャ』っていうの?」
空き教室で菓子パンをむさぼる昼休み。日光がよく当たる明るい席で、色白のそいつはか細い声を出した。
「いや、まあ‥‥やってることは不良だけど、クラスに馴染めてない時点で、まず陰キャでしょ」
おれは答えながら、日の光を浴びてなお、肌寒そうにしているそいつのことを見る。
身長160センチ。女子にしてはでかい方だ。骨格も割としっかりしている。手のサイズも足のサイズも、女子にしては大きい方。この特徴だけ並べれば、こいつってかなり強そうだ。
ただ、こいつはかなり細い。身体がとにかく薄っぺらい。胸も尻も、ほとんど無いようなもんじゃないだろうか。肉付きが悪いから、いくら骨格がしっかりしているとは言え、こいつの身体は華奢そのものだ。
おまけに、かなり色素が薄い。肌は血管が透けてしまいそうなくらい白くて、目の色は薄茶色。肩の下あたりまで伸びた髪は、目の色を濃くしたような、明るい茶髪だった。
上田冬。名前の通り、見るからに寒そうなそいつは、おれの数少ない友人の1人だ。
「うーん‥‥なんかさ、こんなこと言うのもアレなんだけど‥‥私から見たら、日暮って、陰キャって言うよりただのヤバいやつだよ?」
「お‥‥おまえ、なんてことを‥‥今おれ、結構傷付いたからね?」
「や、違う違う!別に軽蔑してるとかそういう事じゃなくって!だから、私が言いたいのはつまり‥‥日暮、大丈夫?って‥‥」
「分かってるって。冬は人のこと軽蔑するような人間じゃない。‥‥てか、おまえこそ大丈夫なのか?今日だって昼メシ、おにぎり1個だけじゃん。おれはお前の方が心配」
お互い様だね、と眉尻を下げて笑う冬は、さっきよりも少しあたたまっているように見えた。
上田冬。色白で華奢で、根暗なそいつは、一見すると名前の通り冷たい印象がある。でも、冬は、名前と違ってあたたかい心の持ち主だった。あたたかくて、やさしい人間。冬といるとき、おれは日光浴でもしているような、そんな穏やかな気分になる。
日のもとに暮らす。
冬といるとき、おれは確かに日のもとに暮らせているのかもしれないなと感じる。柔らかい陽差しのような冬のやさしさを浴びて、そうしておれは生きているのかもしれない、とか。
我ながら恥ずかしいことを考えている気がする。まあ、これも若気の至り。青春の1ページみたいなものだろう。
「冬。今日ってさ、誠も放課後来れるっけ」
「確か来れるんじゃなかったかな。あ、あと実里も!」
「あー、実里‥‥」
「何で?別に悪い子じゃないじゃん」
「ただ、ちょっと陽キャっぽいとこあるしなあ‥‥」
文武両道を謳うおれたちの高校では、帰宅部とはある種の異質な存在だった。「え、部活やらないで放課後何するの?何もしないの?」そんな声が寄せられる中、「帰宅部だってなあ、やることあるんだよ!!」ともの申すために、おれと冬は昨年の夏から、帰宅部限定放課後集会を開催している。
集会といっても、やっぱりそこは帰宅部。何もすることがないので、暇なやつが暇なときに空いてる教室に集まって、ただ雑談をする。もしくは課題をみんなで終わらせる。いわば遊びの延長だ。
その帰宅部集会に、今日はおれ含め4人が集まる予定らしい。帰宅部は基本自由人なので、本当に4人揃うかどうかは放課後になってからじゃないと分からない。おれ、冬、誠は帰宅部あるあるで陰キャなのだが、実里は帰宅部にして異彩の陽キャだ。陰キャにとって、というかおれにとって、陽キャはこわい。予定通り4人で集まれないという展開が、おれとしては正直望ましい。
放課後の帰宅部集会に一抹の不安を残しつつ、おれと冬はホームルームに戻った。
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