第10話 - 智謀のカラス2 -

 クロエと別れた後、ツバサとレイは特にすることもなかったので、先ほど戦闘を繰り広げたカラス5羽の休む河川敷の近くまで来ていた。やや離れた距離から様子を伺ってみる。


「くっそー、あいつら、また俺ばっか集中してねらいやがって。ボロボロだ。換羽までまだ先だってのに、羽減りすぎだわ」


「タツ、連日本当によくやってくれた。俺達の勝ちだ。向こうにもそれなりの被害は与えたはずだ」


「タツジ、あんたは当面休みなさい。餌はしばらく運んであげるわ」


 互いを労いつつ、療養に入ろうとするカラス集だったが、


「……おい、なんで序盤からすぐ突っ込んだ? 前にクロエが1分は待てっていってただろ」


「あぁ? 好機だっただろ! 作戦と実戦は違うんだよ。しかも、お前はいつもクロエクロエって、信者か何かかよ!?」


「なんだと!」


「ちょっと! やめなさいよ!」


 片や、言い争いも勃発し始めた。リーダー格からは勝利宣言のような発言も見られたが、満足な結果ではなかったのだろうか、ストレスも溜まっているようだ。


「はぁ、やれやれ。ん? おいおい嬢ちゃんたちー、見せもんじゃないぞー」


 タツジと呼ばれていた最もダメージの大きい1羽が、こちらに反応して、言葉を投げかけてきた。ツバサは目の前まで行き、先ほど拾った葉の面積の大きい草を置いて、またテリトリー外へ戻った。傷口の血や汚れを吸出しやすいものだ。


「お、くれるってか? ツバメが俺らに施しをねえ。ありがてえけど、こっちもギリギリでな。見返りはねえぞー」


「でもこれは効くわね。少ないけど、使いましょう。湿めらせてくる」



 リーダー格の個体が一連のやり取りを見た瞬間、鋭くこちらに視線を向け、見続けていたので早々にその場を離れた。



 昼前にはすっかり完全に霧も晴れ、快晴となってきた。


「クロエちゃんの言ってたところ、行くよね?」


「他にやることもないしねー。行ってみようよー」


 程よい時間になってきたので、先ほどクロエから指定されていた鉄塔に向かうことにした。近づくともうすでにクロエは居たようで、鳥魂の輝きが見えた。



「おーなかなか見晴らしがいいねー」


「こっちよ」


 こちらの接近に気づくと、呼びかけて来た。鉄塔付近から少し移動し、比較的低い山中の適当な木へ止まる。すると急にもわっと吹き上がる熱気を感じ取った。


「おわっ なんか生ぬるっ 気持ち悪!」


 レイと同じ感想を抱き、何事かと思い辺りを見渡すとそこには――


 森林を削った中に広大な太陽光パネルがあった。


「うわーナニコレー。これマジで環境にいいの? むしろ気温上がってない?」


「ふふっ。環境破壊がどうとか、そういう世間話がしたいわけじゃなくてよ。見てなさい」


 クロエは軽く飛び立つと、地面へ降下していき、じきにゆっくり戻ってきた。その足には掴んで運べるギリギリくらいの大きさの石が握られていた。そしてそれなりの高さまで飛翔し、太陽光パネルの上空までいき……、落とした――


バリンッ!


 音と共にパネルが割れる。無数のヒビが入った。


「!!」


「ちょっと、大丈夫なの!?」


「別にいいわよ、――これは、うちのだから」



「ここだけじゃないわ。全国各地にこんな不動産なんかいくらでも持ってる。そう。私は元、資産家のお嬢様ってやつよ」


 なんとなくクロエのその品のある仕草や知的な言葉から想像はしていたが、予想以上にすごそうだ。


 幼少から父母は仕事で都心に詰めていて、本宅のある家に戻ることなどほとんどなかった。そのクロエは本宅に共に住む、祖父からの厳しい教育を受けた。自身が事業の後を継いでも、はたまた、嫁に行ってもいいように。


 勉強、習い事、作法、マナー、徹底して叩き込まれた。それはクロエの意思に関係なく、一貫して行われた。


「でも、学生になるころには、その全てが無意味に思えてきたわ」


「うわーあたしと正反対だー」


 自身は遊んでばかりだったと言っていたレイが、感想を漏らす。ツバサもまた、自分と重ね合わせて、苦労の種類は全く異なるが、その心中を想像していた。


 自分の意志でなく、決められた進路に進学したクロエは、クラスにも似たような境遇の同級生達ばかりだった。社交的な関係ばかりで、友人と呼べる存在などはできなかった。皆、お家のやることが優先だ。


 身に付けた作法なども資産家のとの交流で披露するだけ。それが出来ても親も自分も満足するわけでもない。出来て当然のような反応だけ。全く中身の無い生活の全てが無意味に感じてきた。


「籠の中の鳥の自分に対して、無力感と失望感しかなかったわ」


 冷静なクロエであるが、自身を思い返す内に、感情の高ぶりが伺えた。


 一般の同世代と比べても、高いスキルを身に付け、いろいろなことができる自分、けれど、自分の意志では何もできない自分。その矛盾に葛藤し、しだいに精神状態が崩れていった。


 祖父からの指導がさらに激しさを増してきた日、クロエは正常な精神を保てていなかった。使用人のスキを見て救急箱から大量の薬を盗み出し、一気に服用して昏睡し、自殺した。


 上流家庭に生まれても、恵まれているわけではないという典型だった。


「そして、その後カラスとして始まったこの人生はどう?」


 カラスの群れに入り、自分には必要な役割がある、与えられる。自分にしかできない役割もある。提案や意見が聞いてもらえる。より良ければ採用される。頭ごなしに否定されない。意見や考えのぶつけ合いが起こる。


「人間のときにはずべてありえなかったことよ」


「でもそれは、クエロちゃんが大人になったら、そういう立場になるんじゃ?」


「なるかもしれないし、ならないかもしれない。でも決定的に違うところがある」


「こっちはやらなきゃ生きていけない。向こうは別にやってもやらなくても、生きてはいける」


 先ほど本人が言っていた、充実感とはこのことだったのか。


 クロエは――、その外見や振る舞いから、徹底した実力、成果主義者かと思っていた。しかしその実は違った。何よりも内容と、自身の存在意義を重視していたのだ。


「最初に戻るわね。したがって、鳥魂を集めて、人間に戻ることはお断りよ」


「ただ、話を聞いてくれてたことはうれしかったわ。私にはこれもまた、有意義な時間だった」


「なるほどのー、それでさっきのー……」


――無駄なことはしない、か。そうか、人間になって何がしたい? という問いかけの意味がわかってきたかも。


「レイ、だったかしら? あなたも鳥の生活にに充実感を求めている。そうよね? 分かるんじゃない? だから人間に戻る、戻らないの方針は保留している」


 先ほど、カラス集とミサゴの戦いの折、まずは自分達を知ってもらうため、簡単にツバサとレイの境遇を自己紹介していた。


「そだねー、でも1つ違うところがあるよー」


「?」


「あたしは、無駄でも意味がないことでも楽しければやるよー」


「……」


「クロエちゃん、お話してくれてありがとう。でも私も簡単に諦めたくはないかな。また来てもいい?」


「……ええ」


 クロエは諦めないツバサ、常に違う視点をもつレイにどこか、異なる何かを感じとっとていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る