第8話 - さらなる仲間を求めて2 -

 夜明け。どんより曇り。浅いが比較的川幅のある河川と、上部は真っ白で高い山脈地帯の景色となってきた。しかしそれは前日に見た風景、現在若干の霧も出ており、視界はあまりよくない。


 前日夕方に到着したツバサとレイは、周囲の地形や危険因子の確認を行い、一夜を過ごした。2人はそにときすでに、川の対岸、はるか前方向に鳥魂の個体をとらえていた。まだ種類までは分からないが、本日、その相手と接触してみようとの試みだ。


「霧が晴れれば見えるね」


「うんうん、もう少し寝ておこー」


 再び意識が睡眠に入る。



「ねえ」


!?


 見た目2羽、2人同時にビクっとなり声の方向へ振り返る。わずか数メートルの所に、その声の主の姿はあった。


――ハシブトカラスだ……!


「マジかー? まったく気づかなかったな……ははは」


 レイの乾いた笑いもめずらしい。例え寝ていたとしても、鳥類の感覚であれば、一定範囲内への外敵の接近に気づかないということはまずありえない。種族の特性以上に高いステルス性のスキルを有しているということになる。


 ハシブトガラス。よくその辺で見るカラスの二種類のうちの一種だ。見た目の大きい方がハシブト、歩くときは両足が多い。対して小柄なほうのハシボソはテクテク歩く。その違いで見分け安い。


「こちらを見てたわね。何か御用かしら? まあ予想はつくけれど」


 漆黒の体。その姿はよく見るカラスそのもの。凛とした女性の声に、口調は冷静で品のある『人物』なのが容易に想像できた。周囲は明るくなり始め、あらゆる鳥類も始動し、徐々に騒がしくなってきた。



「お二人さん? 今日はどうしたのかしら?」


「あちゃー、カラスになっちゃったんだー、なんかかわいそー?」


 先手を取られたことが不服と言わんばかりに、けん制のようにその容姿に同情するような切り出し方を始めるレイ。カラスといえば、人間視点でもそれ以外でも、どちらかと言えば悪い印象を持たれていることの方が多い。


「ふふ、そう見えるかしら? そうなのかもね」


 強がりでもない、どこか余裕が垣間見え、レイはやや警戒心を強くする。


「あ、あの!……やっぱり元人間なんだよね、私はツバサ。鳥魂集めをしてます」


「……クロエよ。同じ境遇のようね。会うのは初めてだわ」


「あたしはレイ。2人とも17歳よー」


 なぜか人間であったときの最終年齢を言う。レイはレイで、何か考えがあるようなので、ここは突っ込まずに流しておく。


「それも同じ、なのね」


 クロエと名乗ったカラス。今のレイの台詞に、少し考え込むようなニュアンスが見て取れる。


 話すだけでも手ごわい相手と直感してきた。一を聞いて十を知るタイプ。さすが知能のカラスといったところだ。このような相手には下手に小細工をせず、ツバサは自分らしくいこうと決め、切り出す。


「お願いがあってきたんだ、鳥魂集めに協力して欲しいんです」


「お断りするわ」


 即答だった。



「うぅ、な、なんでかな?」


「何でと言われても。鳥魂を集める理由がない。今の生活で十分。満足とまではいかなくとも、充実してるわ」


 鳥魂についての概要は、ツバサ達と同じように天使に聞いていると言う。


「カラスの生活のままでいいの?」


 言われてすぐ苦笑するクロエ。


「ふふ、やはりカラスのイメージって他種からみても悪いのねえ」


「う、良くは、ないかも、去年はカラスに仲間の巣の卵を狙われたり、巣を落とされて泣いてる個もいた。もちろん全てのカラスがそうじゃないし、クロエちゃんは元人間ってわかってるから話せるけど……」


「ふっ 私もツバメの巣を落として卵を食べてるかもしれないわよ?」


!!


 思わずカッとしてしまう。


「そんな! クロエちゃんはほんとに人間に戻りたくないの!?」


「ないわねえ。先ほども言った通り、今まで通りでいい」


「ちょ、私とレイちゃんは人間に戻るために協力してる、あなたにも一緒に来てほしい!」


「ん? あたし人間に戻りたいなんて一言も言ってないけどー?」


――え?


 一瞬聞き間違えかと思うようなセリフがレイから飛び出し、驚く。思わずレイのほうを見る。


「楽しそうだからツバサっちについてくって言ったけど、人間に戻るかどうかは別だなー」


「レ、レイちゃん、何言って……」


「……何やら、そちらの意見の方がまとまっていないように見えるけど?」


「ひとまず、ツバメさん? あなたは人間に戻ったとして、その後何をしたいのかしら?」


――!


 呆然とした。人間にも戻ってから何をしたいかなど、考えた事もなかった。ただ人間に戻る事のみを目的とし、行動の原動力としていた。


「人生の明確な目標を持て、とまでは言わないけど、何やらあなたは動機の中身そのものが伴っていないようにも見受けられるわ」


 騒がしさに感づいたのか、揉め事か? と周囲にカラスが徐々に集まってくる。カラスに囲まれるのは非常に危険だ。上位種の個体や猛禽類ですら、カラスの集団にはほぼ勝つことはできない。


 レイは警戒する。しかしクロエが周囲に問題ないと、先に合図で制する。


「お断りはしたわ。これ以上は平行線ね」


「クロエ、もう会議が始まる。戻れ」


 近くに居た一羽が促し、クロエはこちらを一瞥した後、群れの中に戻っていく。集まったカラス達は、残されたこちらの様子を気にすることもなく、すぐにその場で会議を始めた。


「ここでそのまま始めるんかい。あたしらなんか相手でもないって感じ? なら、どうせだし聞いていこうよー」


 レイに対しても困惑しているが、ろくに思考も回らず、言われた流れに乗るしかなかった。カラス集はこちらを襲って来る感じではなさそうだ。



 カラス集の会議が始まった。リーダー格と思われる、オスの個体が話始めた。


「今日の予定を確認する。まずリンら3名は壱番の上に行き、縄張りの宣言を確立しろ。コウらは肆番の上で同じだ。クロエは弐番の所へ行け、ここは1名だ、やれるな?」


「わかったわ」


「呼ばれなかった奴は俺とこの後河川敷きだ。引き続き巣営とその手伝い班は外れろ。その後はいつも通りに。夕方前にまた集合だ。以上。散開。」


「今日こそとっちめてやる」


「俺まだ昨日の傷が癒えてねえぜ。きちー」


「すまんな、だがお前がいないとモビングの精度が落ちる。もうひと踏ん張りしてくれ」(※1)


「タツジ、あんたは今日はそこまで突っ込まなくていいわ。私がメインでいく」


 河川敷と言われたメンバーが息巻いている。やがてカラスの集団はそれぞれの持ち場へと散り散りになって行った。

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(※1)モビング……基本的に自分より大きな相手、強力な相手などに対して、追い出したい場合などに集団で疑似的な攻撃、嫌がらせを行う行為、とされる。しかし場合によっては相手が小さくても1対1でもモビングするケースもある。

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