第4話 - セキレイとの出会い -

 直線で移動できれば70キロ程度の距離など、そう時間は掛からない。はっきり言えば、巡行速度(※1)でも1時間もあれば到着してしまう。途中大きな山もあり、標高がかなり高くなってきたため、こまめに休みをとりながら進むことにした。


 標高が下がりはじめるとじきに、それなりに大きな人間の町がみえてきた。やや東方角にズレていたようだが、左手に競技場らしき施設が見え、野球場、陸上トラック、テニスコートなどが近づくにつれはっきりし、遠目からでも鮮明となってきた。


 目標圏内に入ると、ひとまず高い場所から目的の相手の個体が現れるかどうか、観察する方針にする。周囲をある程度旋回し、外敵の存在や他の鳥からの縄張りの警告がないことを確認し、見晴らしのいい木に止まった。


 そして視察に入ってから、1時間くらいたっただろうか。ふいに目先、数百メートルの地点にはっきりと、光り輝く鳥魂を醸し出す個体を発見した。そう意識を集中していた訳ではなかったが、その存在は見逃すほうが難しいほどに視認できる。


 これならば、不意に鳥魂を持つ個体と近場をすれ違ったとしても、見逃しはしないだろう。これまでは本当に鳥魂を保有する個体とは、出会ったことがなかったようだ。


 好奇心が一気に高まる。それを抑えながら、相手を刺激しないように気を配るように、種類が判明できる距離まで接近を試みた。神経質な個体であった場合は、接近するだけで回避されてしまう。やがてその姿がしっかりと視認できた。


――ハクセキレイだ!



 そこは比較的広い施設の駐車場だった。やや大げさに尾を振り、アスファルトの上を不規則に歩行している。体格のサイズはほぼツバサと変わらないだろう。様子を観察しようと、ツバサは自身を落ち着かせたのもつかの間、ハクセキレイのすぐそばの茂みから急にマダラの猫が現れる。


――あ、危ない!


 猫はものの数歩で一瞬で距離を詰め、ハクセキレイを前足で捕えようとする。猫といえども、このサイズの鳥類から見れば、絶対に覆せない体格差で捕まればひとたまりもない。地上にはこういった天敵が多く、食事以外で地面にまで下りてくる個体となると、限られる。


 しかしレキレイといえばその限られた個体の代表格だ。地上を駆けまわる姿はほとんどの人が見たことがあるくらいだろう。幸いかろうじて、寸での所でハクセキレイは起用に小走りし、猫の捕えをかわす。


――びっくりしたあ。ってちょっと、逃げないの?


 しかしハクセキレイは飛び立たず、同じようにまたうろうろと尾を振りながら蛇行し、歩行を続ける。猫も距離を開けず詰めず、再度の後追いを始める。猫の表情は読み取れないが、なんとなく怒っているようにも見える。


――もしかして、わざと挑発してる?


 ふらふら歩き続けた先に、今度は剥がれたアスファルトに足を取られ、ヨロっとバランスを崩してしまう。チャンスと見た猫は、スキを逃さず、再度飛びかかる。


――これはだめだーーー!


 と、心の中で叫んでしまったのも束の間、何事も無かったかのように、またひらりと小走りで身を交わし、猫の攻撃はまた外れてしまう。バランスを崩したのは明らかにワザと、フリだった。


 そこで猫は諦めたのか、しぶしぶといった感じで背を向け、去っていった。この個体を追い続けても不毛なだけ、と察したようだ。ハクセキレイのほうもじきにその場から跳躍し、近くの木へ止まる。


 満足げに毛づくろいをし、ひと段落したところで声が掛かった。


「おーい、そこの人ー、こっちへおいでよ!」



 周囲にもさまざまな鳥の個体が散見しているが、それはツバサに向けられたものに他ならなかった。明らかに、と言った。こちらの存在に気づかれていたことには不思議はない。同じ条件なら、向こうからもツバサの持つ鳥魂を確認できるはずだ。


 ツバサは考えていても仕方がないと思い、誘われるがまま、隣まで飛び進む。毛並みが丁寧に整えられ、その特徴的な長い尾も、見た目も、かわいらしいハクセキレイそのもだった。サイズはツバメであるツバサとほとんど同じくらいだろうかか。


「こ、こんにちは、あの私……」


「君が昨日のハト君が言ってたツバメちゃんかー、あたしはレイ。見ての通りセキレイだよ。よろしくねー」


 こちらがたどたどしく話かけたことより先に、自己紹介をされる。口調は砕けたギャル調のトーンで、声は女性、いかにもハデなイメージだ。見た目以外でも明るく振る舞う姿は同性からみても魅力的でうらやましくも思えた。


「わ、私はツバサ。よろしく……です」


「んふふー、今日来るだろうって聞いてたからさー、待ってたし? あのハト君必死に追いかけてくるからなんだか面白くて、適当に撒いてても全然あたしを捕まえられなくて、なんかかわいそうになってきたから話を聞いてあげたんだー」


――えっ、あのハトを振り切ったの……? 私は全力で逃げても捕まっちゃったのに……。たしか、本で見てた限りじゃ、速度はセキレイよりツバメのほうが大分出るよね……。


「あの、さっき人って言ってたけど……」


 困惑しながら質問調になってしまう。


「ああ、なんか鳥魂持ってる鳥ってね。元々人間でー、似たような日に死んじゃったらしいんだよー。あの天使さんから聞いたんだけどー」


「ええ! そうなの?」


 あの天使。ツバサもツバメになる前に出会い、鳥魂集めを人間になる条件として提示してきた存在だ。レイもその天使に出会っているということだ。そしてレイも元人間であると言う。


「……それじゃ早速本題でごめんだけど、鳥魂集め、私と一緒にいかないかな? レイちゃんが来てくれれば、あと5つだね」


 目的を切り出す。鳥魂は相手から奪う必要はない。そもそも奪い方も分からないが、天使にはその場に7つ揃えて見せればよいと言われている。一人一つ所持しているのであれば、7人でその場に集えばよいだろう。


「鳥魂集めかー」


 笑顔のままだが次のセリフまで少し間があった。


「あたしねー、楽しいこと、面白いことが大好きなんだー。だからツバサっちと一緒に居て楽しそうだったら、ついて行くよー」


――ツバサっち……


「というわけで、試しに、鬼ごっこでもしてみない? ひとまず一緒に遊んでみたら、ツバサっちと居て楽しいか分かるかもー」


 突拍子もない提案がいきなり繰り出された。


「お、鬼ごっこ!?」


――そんな子供の遊びみたいな……


「じゃー挑戦者ツバサっちー? 準備はいいかな? 普通の鬼ごっこだから、あたしの体のどこかにタッチことができたら、ツバサっちの勝ちね。鳥魂集めも付いて行くよー」


「じゃ、あたしが飛んで1秒したらスタートね。範囲はこの駐車場の中だけだよ。

準備はOK? じゃあ、よーいどん!」


 自分のペースでどんどん話を進めていくレイ。言い終わると颯爽と飛んで行ってしまった。1秒あれば簡単に数メートル以上離れてしまうため、数えることに意味はない。レイの考えは分からないが、とにかく楽しみたいようだ。


「……よしっ」


 ツバサも深く考えるのはやめ、ふぅ、っと息を吐いたあと、両翼を軽く持ち上げストレッチするように伸ばした後、飛び立った。


――たしかに一緒に旅するなら、相手の力とか見てみたいよね。レイちゃんに信用してもらうためにも、さっさと捕まえて動きのいいところをみせよう。


 レイを追尾するように、ぐぐっと距離が縮まる。鬼ごっこであれば、単純に足の速さだ。つまりは飛翔速度となる。ツバメは鳥類でもトップクラスにスピードが出せる。


 ハトから逃げた時のように持久力だったり慣れない地となるとまた別だが、勝負はこの駐車場の中のみ。スピード自体にはツバサも自信があった。


「お、来たねー」


 待ってましたと言わんばかりにレイの笑顔がさらに楽しそうになる。


――知識の範囲ならスピードはかなりツバメに分がある。ここは一気にいく!


 そもそも飛翔というのは圧倒的に追う側が有利。狩りの際も後ろをとるのが基本。戦闘機同士の勝負でもそうなる。昨日のハトがレイに追いつけなかったというのは少し気になっていたが、ツバサを追いかけたその同日だったのだから、疲れもあったに違いないと考察した。


「わお、はやーい」


――余裕なのもいまのうち!


 ぐんぐん距離を縮め、相手のやや少し上方へ位置をとる。下降の加速で一気に捕えるという定石をすぐに想定し、行動に移す。だがレイは上昇せず、下降のアタックを回避する行動をとらない。


――それなら、ここだ!


 アタックを仕掛ける。が、ひょいと軽く交わされる。


「おしい、ざんねーん! チチッ チチッ チチッ チチッ!」(※2)


 セキレイの十八番の鳴き声を出しながら、独特の波形でまた飛び去る。先ほどの猫ではないが、少しムカっときた。


――あの動き、やっぱ捉えにくい。フェイントも使いながら行こう。


 ぐんっとカーブを描きながら、方向転換し、加速し直し、気を取り直して再度追尾を開始する。


「おおー、その動き、まさにツバメだねー」


 右から。左から、また上から。何度かアタックするも全て寸でのところであの独特の波形飛翔で交わされてしまう。


――むむむぅ! ステップ後のスキも付いてるはずなのに、なんでー!?」



 結局、カスりもせず、まったくタッチすることはできなかった。


「おやおや、降参かなー?」


「ハァ、ハァ、うぅ……ま、まだまだ、いくよ!」


「おーっ! っと言いたいところだけど、おなかすいたしー。今日はもうおしまいかなー。ツバサっちも何も食べてないっしょー?」


 そういえば、と思い直し、一度中段したため。やや士気も削がれた。というよりも、このまま無理やり続けても、なんとなく捕らえられる気がしなかった。


「というわけで、またねー。だいたいこの辺にいるからさ、いつでも挑戦してよー」


「あっ」


 言い終えるとまた颯爽と飛んで行ってしまった。なんかすごく自由だ。


――あーっもう! なんだか気分がよくない。水浴びしてさっさと寝よう!


ツバサも踵を返した。


-夜-


――もー、なんで全然捕らえられなかったんだろう。そもそも飛行性能が違うのでは? いやそんなことは……。でも飛び方全然違うし。何か勝つ裏技とかないのかなあ。うーん。


 寝るつもりが悶々としていた。春先であったが、ここは中部地方の内陸で比較的標高も高く、夜はかなりの冷えとなった。むくむくと羽毛をしっかり膨らませ、暖を取った。


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(※1)巡行……鳥は普段普通に飛ぶ巡行速度と、緊急時などに飛ぶ全力の速度がある。スピードで有名なツバメは巡行なら50~70キロ前後、緊急時は条件にもよるが150~200キロ、個体によっては300キロにも達する。


(※2)セキレイはランダムでスキップを繰り返すような独特の飛び方をする。

人間の前を先行して歩行したり、動物をおちょくったり個性があるのが特徴。

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