第3話 - 旅立ち2 -

 山合いを走る高速道路の上空を逸れ、完全な森の中。人工物は一切ない。まだ日は高く、この辺りを拠点とするあらゆる鳥類のさえずりが途切れることなく響き渡る。


 外敵を威嚇いかくしている者、仲間を呼んでいる者、縄張りをアピールしている者と、さまざまだ。人間の時には聞き分けることが出来なかった様々な声、音が、今でははっきりと聞き取れ、その理由付けもできる。


 先ほどまで、突如この場に現れた2羽に対し、警戒の視線を多く感じていたが、じきにそれも無くなった。流れる沢で2羽並んで、水分を補給し、息を整えた。


「き、急に接近したのはごめんなさい、群れでいたので、近づき方がわからなくて……」


 申し訳なさそうにするハトだがその表情は疲れ切っていた。異種でも鳥類なら言葉が通じることは、この1年の経験から分かっていた。ただしこれは鳥類、猛禽類もうきんるいのみ。それ以外の、哺乳類などの言葉は分からない。


 人間であったときの記憶や知識は引き継いでいるのだが、人間の話す言葉も分からなくなっていた。また、人間の文字も読めなくなっていた。


「う、ううん、とりあえず、攻撃じゃないってのはわかったから。ぜ、全力で逃げてたんだけど、ハトってすごく速いんだね。追いつかれることなんて、めったにないから……」


 まだ目を合わせられないが、恐る恐る思った感想を口にしてみる。


「最初は、僕も、驚いたんですが、ぜえ、はあ、実際全力で飛ぶと、かなり速度が出せます。それで、伝言係ってのを、やらされているんですけど……」


 ハトもまた、まだ息継ぎ多めで応えてくれた。


「そういえば、さっきも伝言て言ってたよね、ど、どういうことなのかな……?」


「……はい、天使様から、鳥魂集めがうまくいっていないようなら、鳥魂を持つ他の鳥のおおよその位置を教えるようにと、言われてきました」


「え、そうなの! どこにいるの!? 誰がもってるの? ていうかあの天使って何者!? あれから会わないんだけど!?」


 ついさっきまでの悩みのヒントが、急に目の前に現れた形となり、ついがっついてしまう。


「お、落ち着いてください。僕も多くは知らされていません。ひとまず、ここからなら、北に70キロくらいのところに、鳥魂をもった鳥がいます。人間の競技場のような施設が多くみられるところで、大抵いつもそこにいるみたいです。今日は休んで、明日にでも会ってみてください」


「見える程度まで近く行けば、鳥魂を感知できるはずです」


 鳥魂は天使に言われた通り、見ようと意識することで浮かび上がるように見ることができる。ツバサの場合は、自身の胸のあたりに白い光の淡い球体のようなものが見えるイメージだ。


 しかしこれまでは、度々周囲を意識して、野生の鳥たちの鳥魂を見ようとしても、一切どの個体からも感知できず、半ば諦めかけていた。


「そうなんだ、ありがとう!」


 見えるといってもツバメとなったこの視覚なら100メートル先の小さな虫ですら余裕で視認できる。その識別能力はケタ違いだ。鳥類は4原色が見えると、本には書いてあった。


 鳥類の個体など、大きさにもよるが1キロほど先でも種類まで認識できる。意外と発見は容易そうだ。人間のときと違い、この程度の情報があれば容易に目標個体を発見できる。


 初めての手がかりをつかみ、ツバサは軽く気分が高揚してきた。


「じゃあ、僕はこれで行きますので!」


「え、もう行くの? 今日は休んだほうが……」


「大丈夫です、ハトは意外とスタミナがあるんです。天使様から今日中にやれと言われた伝言が他にもあって……。ハト使いが粗すぎます」


「た、大変だね……」


「多分、明日あなたが会う予定の鳥さんもこの件と同じなので、先に伝えておけると思います。それでは!」


「あっ」


 言い切ると同時にハトはバサっと再び飛び立ってしまった。思いのほか急いでいるようだ。


――あ、名前聞き忘れたなあ、まあいいか。ひとまず今日は休もう。群れからはもうずいぶん離れちゃったから、睡眠中は気を付けないと。


 鳥類は下手すると1日16時間は寝ている。寝ようと思えば、周囲がどれだけやかましくとも、ずっと寝ていられる。しかしツバメは小さな個体だ。外敵から思わぬダメージでも受ければ、すぐに致命傷になってしまう。睡眠中といえども、警戒は怠れない。


 初めて単独の一羽になったが、不思議と寂しさは無かった。


 早朝。チュンチュン鳴く鳥側になっていたのは言うまでもない。人間基準で行けば、起床は早い部類だろう。日の出やや手前くらいで大抵の鳥類は活動を始める。


――今日は昨日のハトの個が言っていた、鳥魂を持った個に会いに行こう。あ、先にごはん食べないと。


 適当に葉の裏に見えた、蝶の幼虫を一瞬で捕まえ、つまんで食べる。というより、単にどんな物だろうが飲み干すだけだった。それなりに大きかろうが、ゴツゴツした形状だろうが、流し込んでしまえばほぼ全て消化される。


――んー、最初はなんとなく抵抗あったけど、人間のときと味覚が全然違うんだよね。というか、味なんかしない気も? 逆に今、人間の食べ物を想像しても、まったく食べたい気持ちにならないなあ。


――はーー、もうおなかいっぱい。正直この自給自足、便利すぎる。天敵さえいなければほんと自由で快適だなー。……って、いかんいかんいかん! 人間に戻るんだった。


「おい、コラお前」


「ん?」


 何者かが話しかけてきた。距離は数メートル以上離れているが、十分聞こえる。


「どっか行け。ヒー、ヒュヒュヒューヒーヒー」


「……」


――ヒ、ヒヨドリだ。お腹がオレンジだから、イソヒヨドリかな。


「ツバメのくせに。チビ。ヒー、ヒュヒュヒューヒーヒー!」


「ム、ムカツクー! こっちが人間なら逃げるくせにー!」


 縄張りを主張しているようだ。おそらくこの近くに巣があるのだろう。巣営中の鳥は、どの種類であっても大抵神経質になっている。特に春は多い。不都合がなければ、基本的に関わらないほうがいいだろう。


 さっそく羽ばたき目的地へと出立した。木々の高さを抜け、上空から森が一望できる高度まで飛翔する。ちょっぴり緊張感があり、普段よりももう少し飛翔高度を高めにした。本日も快晴だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る