第2話 - 旅立ち -

――これまであったこと、人間のときからの記憶、全部覚えてる。


 胸のあたりで薄っすらと淡く光るモノが見えた。これが鳥魂――。

ハッと状況を認識したのもつかの間、周囲の雄と判断できるツバメ個体が次々と語りかけてきた。


そして――。



――最初の1年は、ツガイを全て断って、コロニーに居させてもらったんだよね。

そ、そもそも交尾とか、ちょっと、それは……。でも雄や雌、皆の顔とか全部違いが分かったのは面白かったかも。けっこうイケてるコもいたし……。繁殖期が終わって、新しい雛達と南に行くときは大空が気持ちよかったなあ――


「ってちがーーう!」


「と、とりあえず鳥魂を集めないと、っていうか手掛かりも未だに何もなし! どうすればいいの!?」


 うがーっと錯乱するように頭を抱えようとするが手はない。羽を広げた。


「ツバサ、大丈夫?」


 取り乱したツバサを心配そうに気に掛けてきた、ここ1年、南国への渡りも含めて、行動をよく共にしていたパー子がいた。優しく気遣いもできて、話しやすい、いい個だ。


 パー子を含め周囲は初めからツバメで、人間のことをそれとなく聞いてみても、よく分からないようだった。ツバサのように胸に光る鳥魂を保有する個体は、他に誰もいなかった。


「ツガイはまだ決まらない? 去年たくさん手伝ってくれたし、私も力になりたいかなって。近くでやろうよ」


 巣営の話だ。昨年は途中参加で勝手が分からず、パートナーが見つからなかったという理由で、他の個体の巣営を協力しつつ、群れに混ざっていた。


 ツバメは自身の巣営が完了すると、遅れている他の巣営を手伝う習性がある。しかし今年もパートナーが見つからない、では、さすがに言い訳にしても苦しい。


「う、ごめん。なんか体調悪くて……換羽かなー、なんちゃって……」(※1)


 もちろん換羽とて誰にでもあるため言い訳になっていない。なんとかその場をしのごうと言葉を選んでいると、異種の飛翔体が視界に映った。


「あ、ハトが接近してるよ」


 パー子もすでに感知していたようで、軽く気の引き締めを促す。ハトといえどもツバメの身となった今では体格の差は大きく、万が一の衝突など、軽い事故でも危うい。


「……ずいぶん近くまでくるね」


 ツバメの集団の数メートルまでハトが接近すると皆一斉に空中へ散開した。


――ドバトかな? んー、なんのつもりだろ? ってまだこっちに来てるし。


 飛翔したツバサも、接近してきたハトのほうを振り返りつつ確認すると、回避した後も方向を転換し、ツバサの方に向かってくる。さらに接近してくると、明らかにハトの顔から焦りが伺えた。(ようにみえた)


「ええええ、こっちに向かってくる!?」


 ハトが猛スピードで迫るため、さらに、そしてさらにツバサは加速し、ハトから距離を取るように試みる。それでもハトは明らかにツバサ個人を、狙い撃ちで追尾してくるようにも見えた。


 すでにツバメの集団は散り散りになり、周囲に誰もいなくなったことから、いよいよ明らかにツバサを目掛けて追いかけてきているのは明白だ。


「いやああああああ、こっちこないでえええええ!」


――冗談じゃないよ、あんな図体で体当たりされたら大けがだよ! 私おいしくないよ!? そもそも捕食対象じゃないでしょー!?


「――――えんっ!」


 相手は何か叫んでいるようだった。すっかり山合いの高速道路の上空まで来ると、すでにそのスピードはすさまじく、追い越し車線のスポーツカーを軽々追い抜いていった。


「ぎゃあああぁぁぁ! まだ追ってくる、ていうかなんでハトなのにあんなに早いの!?」


 一見、中型の鳥類でも重量級で、鈍くさそうにも見える鳩だが、実はその飛翔能力には定評がある。スピードに乗ればその速度は100キロを超え、さらに長時間その速度をキープすることも出来る。


 歴史的にも使われた伝書鳩などは、その特性を生かしていると言える。ちなみに鳩に豆鉄砲を当てても、俗に言う喰らったような顔はしてくれない。


 ひたすら追尾から逃げ続けるツバサ、もうたどった道も覚えておらず目を瞑るような感覚でがむしゃらに逃げまくる。


「――ませえん!」


「ピィーーーピピピピピィ!!」


 意味不明な鳴き声が出てしまう。


――も、もうだめだぁ、逃げられない、食べられるぅ……。


 巡行を超える速度で飛行できる時間は限られる。鳥類の中でも非常に速度が出せると言われる燕であるが、あくまでもそれは緊急性のある場合で、一時的なものに限られる。


 あっというまに力尽きた。スタミナも限界に達し、よろよろと失速し、そのまま茂みに墜落し、気を失いかけるように目を閉じていき、覚悟を決める。


――うぅ、野生のサバイバルは私にはちょっと無理だったよ……。


「――みません! すみませーーん!」


 ハトも依然なにやら叫んでいる。いよいよ隣に着地された。


「~~~!!」


「すみません、ぜぇっ、あの、大丈夫、ですか!?」


「うぅ……。え……」


「に、逃げないでください、あ、あなたに伝言が……!」


 若い、人間では学生の少年くらいの声が今度ははっきりと聞こえた。


「で、伝言……?」

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(※1)換羽……古い羽と、新しい羽の生え替わり。期間は一ヶ月から三ヶ月程度が主流だが、同一種の鳥でもペースが個々に異なる。また換羽中は気分が悪く、体調不良のような状態になることも多い。これにも個体差がある。

 さらに鳥類は体調不良になると、平然を装う。外敵に体調不良を知られれば捕食対象となってしまうため、何事も無かったかのように振る舞う。


※コロニー……鳥の集団を形成し、生活等を行う。規模は種類によって大小さまざま。

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