Rainy Day【1】
踊る、踊る、壊れた玩具のように、踊る。
舞い、地に降り、踏みしめた水溜まりから飛沫が上がり、ざあざあと降り続く雨音に混じり、ばちゃばちゃと愉快な音が上がる。
くるくると愉しげに回りながら両手を広げ、暗い空を見上げる。針のように降り注ぐ雨を一身に受け、目に入る雫も気にせず、手の平を上に翳して、雨と抱擁を交わす。
全身を濡らす雨は、冷えきった温度で私を包み込み、愛情の代償に体温を奪っていく。
良い、別に構わない。相手から何かを貰うとき、そこには必ず対価が必要になるものだ。星からの愛を受け取る為に私の体温が必要なら、幾らでもくれてやろう。
声帯を引き絞るようにして無意識に零れ落ちていた鼻歌の存在に、今更気が付く。冷静に聴いてみれば、私のそれは嗚咽のようで、悲鳴のようで、呻きのようで、嘆きのようで。一纏めにすれば、とても聴けたものではなかった。
ふと、私の頭上でのみ、雨が降り止む。
それまで高揚と共に目にしていた景色の全てが一瞬にして色褪せ、意味と音を失くす。引き戻された世界に取り残されたような心地で、広げていた腕を、静かに下ろした。
胡乱な目で、振り向く。
「風邪引くよ」
私の背後には、いつの間にか一人の男が立っていた。それなりに背は高く、童顔で、チェック柄のワイシャツが印象的な、ひどく冴えない顔立ちの男だった。
男は、特に私を責めるでもなく、同情を寄せるでもなく、ただそれ以上何も言わずに黙って安物のビニール傘を差し出してきている。自分が濡れてしまうことも厭わず、傘の内側の半分以上を、ずぶ濡れの私に差し出してきていた。
「どうせ濡れてるので今更いいです、やめてください」
幻想の一角を邪魔された苛立ちを隠しもせず、ぐいと濡れた手で傘の柄を押して男の頭上に押し戻す。
男は戻された傘によって雨足を逃れる。若干濡れてしまっていたが、再び安物のビニール傘の恩恵に預かることが出来、私は一人で満足する。
「じゃあ、校舎ん中、おいで」
「嫌です」
ざあ、と私の心を映し出したかのように、雨足が強くなった。自然が私に味方をしてくれているかのようで、一瞬神様にでもなったような気分になる。
男は眉一つ動かすことなく、能面のように表情を変えず、私を見据える。
考え事をしているようにも見えるし、何も考えていないようにも見えるし、全てを見透かした上で何の反応も見せないようにも見える。
何だか、少し変だと思った。
この人は、不気味だ。
「じゃあさ、お茶、付き合ってくれない?」
新手のナンパのような切り返しに、なんだこの人、と怪訝に眉をひそめた。
雨空の下に沈む白亜の校舎を背に立つその男は、ふっと薄く笑んで、しかしすぐに困ったような顔つきで唇を引き結ぶ。
なんだ、なんだなんだこの人、自分で言っておいてまさか照れてるのか。そんな顔するなら、そんな臭い台詞吐かなければいいのに。わざわざそんな、私の為に困らなくたっていいのに。
能面から一転して、一気に人間臭くなった目の前の男に、少しだけ興味が湧く。怖い人は苦手だが、奇妙な人は、好きだ。
「あなた、誰ですか」
尋ねると、男は雨の中、静かに優しく微笑んだ。
「天春円です。ここの学校の、スクールカウンセラー」
聞き慣れない職種の名に、一瞬思考が止まった。
社会や数学を教える教職員と、何が違うのだろうか。この天春円という青二才の見た目をした男は、この学校でどんな役回りを演じる人物なのだろう。
またさらに、興味が湧いた。
「いいですよ、お茶だけなら」
ぴちゃ、と水溜まりを踏んで、天春円と同じ傘の中に立つ。
彼は一瞬きょとんとした後、すぐに安心したように相好を崩し「うん」と納得したように一呼吸を置き、呟いた。
「ありがとう」
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