積極的で可愛い後輩に告白したら思いがけない返事が返ってきた件
久野真一
彼女の真意
「
秋のある日の放課後。
俺、
今は、彼女の家の前。
西の空に夕日がもうすぐ沈もうとしている。
いい雰囲気だ。「イケる」と、そう感じた。
「ヤです」
のはずが、嫌そうな顔での拒絶。
一瞬、晴香の返事が信じられなかった。
俺はとんでも勘違い男だったのか?
二人きりでデートすること十回以上。
もちろん、ラインのやり取りも欠かさなかった。
それより何より、積極的に距離を詰めて来たのは、晴香の方だった。
だから、彼女だって、その気はあるんだろう。そう思ったのに。
でも、それが返事なら、やはり俺は勘違い男だったのだろう。
「そ、そうか。すまなかっ」
申し訳なさでいっぱいで、つい、謝罪の言葉を口に-
「カノジョはヤです。ペットにしてください!」
大きな瞳を潤ませて、真剣に言い放ったことば。
カラスが、カーと鳴く声が夕焼け空に響く。
秋風が彼女の長い黒髪をたなびかせる。
「冗談……だよな?」
「本気ですよ」
くりくりとした黒い瞳。
その瞳に宿った輝きが本気度を物語ってはいる。しかし……
「ペットにしてって、イカガワシイ漫画でもあるまいし」
「当然です!私が言ってるのは、健全な方向のお願いです」
「好きな女の子をペットにって、絶対不健全だろ」
この後輩は何を言いたいのか。
「彼氏に飼ってほしいのは普通です」
「普通じゃないから。って、同棲希望とかか?」
回りくどい言い回しだったけど、ならわかる。
というか、そうであってくれ。頼む。
「先輩はわかってません!身も心も先輩にしばられたいんです」
身体を自ら抱きしめて……これ、縛る、のジェスチャー?
「ひょっとしてあれか?女友達と二人で出掛けるなとか」
比喩表現だよな。そうに違いない。
意外と嫉妬深いところもあるんだなあ。ははは。
「もっとです。一生、飼って欲しいんです」
目がマジだ。美人なだけに、余計言葉の異質さが際だつ。
「もしかして、プロポーズ、か?恋人じゃ満足できないとか」
高校生のオレには荷が重いが、それなら理解はできる。
「もっと深い関係です!ペットと飼い主ですから!」
「夫婦より、そっちのほうが上なのか?」
もうわけがわからない。
「先輩が悪いんですからね?」
鼻息荒く、そんな宣言をされてしまう。
「俺は何もしてないだろ?」
「以前、応援してくれるって言ってましたよね」
じっと見つめつつ、言われたその言葉は。
「以前のって。まさか……」
「はい。そのまさかですよ。忘れて、ませんよね?」
「それは、忘れてないけど」
あの話をしたのは、確か、数ヶ月前のことだったか。
◇◇◇◇
「人間は何のために、生きてるんでしょうね」
皆が帰った後の図書室。二人で戸締まりをして、後は帰るだけ。
そんな時に、ふと、
「どうしたんだ、急に?」
「最近、なんとなく疑問に思ってることなんです」
受付カウンターの上に座って、足をぶらぶらとさせながら。
どこか、憂鬱そうな目で窓の外を見つめている日下部。
触れると、消えてしまいそうな。
この少女には、時々そんな事を感じさせられる事があった。
すっと伸びた背筋に、十人が十人とも美人だと言うような容姿。
それでいて、普段は笑顔を欠かさずにとても社交的な彼女。
そんな彼女は、時折、俺の前でだけ、そんな顔を見せてきた。
「何のために、か……。俺は、とっくの昔に考えるのはやめたよ」
それは、ずっと、ずっと昔の話。
当時、小学生だった俺は、少しその問いについて考えた事があった。
「じゃあ、答え、出たんですか?」
「答えっていうかな。たぶん、問いの前提が間違ってるんだよ」
あまりにもばっさり切り捨て過ぎなのかもしれない。
「前提が間違ってる、というのは?」
「日下部の問いかけは、正直、色々な人がしてきたもんだと思う。ただ、その裏側には、「生きている目的があるべき」という思い込みがあるんじゃないか?」
「そう言われると、否定はできませんけど……」
途端にしゅんとした表情になってしまう。
これだと、単に否定しただけになってしまうか。言い方が悪かったか。
「悪い。言いたかったのはさ。「どう生きたいか」と心に問うてみた方が楽なんじゃないかってこと。結局、人間なんてのは、宇宙の歴史で「たまたま」出来た産物だし」
「いかにも理系な先輩らしいですね」
「別に神様が居ると信じても、否定はしないさ。ただ、日下部が「何のために」で悩んでるんだったら、「どう生きたら」後悔しないか。それを考えた方が気が楽なんじゃないかっていう、一年だけ先輩からのアドバイス」
まあ、
「まだ、社会を経験したこともないガキの思うことだけどな」
と付け足す。所詮、理屈の上でものを言っているだけのことだ。
ただ、それでも。結局は、死ねばそれまで。
なら、それまでを如何にして楽しむかを考えた方が気楽というのが俺の結論だ。
「「どう生きたら」ですか」
ふむふむと、その言葉を噛み砕くようにして復唱している。
何やら、思う所があったらしい。
「たとえば、日下部は、見る限り、知識欲旺盛だから、研究者目指してみるとか。他にも色々あるだろうし」
「研究者にしても、歴史、経済、物理、化学……色々あると思いますけど」
「知らんがな。さすがに、そこは自分の心に聞いてみろよ」
同じ図書委員のよしみで、ちょくちょく彼女とは話す。
でも、そこまで親しいわけじゃない。
知っているのは、本が好きで知識欲が旺盛な事。
一学年下のAクラス所属で、学年きっての才媛であること。
そして、なおかつ、普段はとても社交的でクラスでも人気者であること。
知っているのはそれくらいのことだ。
「親切かと思えば、途端に冷たくなることがありますよね。先輩って」
不満そうな顔で日下部は睨んでくるが、絆されない。
「お前の心の奥にあるもんまではわからんからな。心にATフィールド張ってるタイプだろ。日下部」
「ATフィールドって……ネタが古いですね。私たち、まだ生まれてない頃のアニメじゃないですか」
「リメイクの劇場版だったか。それは見た口なんだ。というか、ネタが通じる日下部も大概だろ」
「……先輩の言いたいことはわかりますよ。友達にも、ある一線は超えて近づかないようにしてますし」
「だろ?だから、そのラインを踏み越えてくれなきゃ、相談に乗ろうにも乗れない」
彼女のそのラインが何なのかは俺にもわからない。
ただ、礼儀正しく、時に茶目っ気のある彼女は。
それでも、ある一線を超えて親しくなるつもりがないのは、なんとなくわかる。
「……言ってもいいんですけど。知ったら、きっと、ドン引きですよ」
「ならきっと大丈夫だ。本人が、「ドン引きする」と思ってるもんなんて、他人にとっては、大したことないもんだ」
それは、俺自身、経験があるからこそ言えること。
「私、自分で言うのもなんですが、友達は多い方だと思うんですよ」
「見てたら、なんとなくはわかる」
なぜだか、俺と二人きりの時に見せる顔は違うものだったけど。
ただ、廊下やクラスでの彼女をチラっと見た限りでは、交友関係は広そうだった。
「でも、考えるんですよ。あと三年もしない内に私は大学生です。そこからさらに四年経てば社会人。果たして、どれだけの人がまだ友達で居てくれるんでしょうか?」
また、息の長い悩みなことで。
「なんとなくだけど。お前が悩んでるのは、『一生の友情』が欲しいって辺りか?」
と予想をつけて言ってみるものの。
「そんなものは、たぶん、無理でしょうね」
とにべもなくばっさり。
「お、意外な答えだな」
「だって、たとえばですよ。誰かさんと友達で居たいと願ったとして、一生、養ってくれと言って、その人は縁を切らずに居てくれるでしょうか?」
「また極端な。大抵の人は、その時点で縁切るだろうな」
俺だって、友人が、一生養ってくれと言い出したら、「無理」と言う。
「だから、そんなものは、とてもとても幸運な人にしか、掴めないものですよ」
ぼんやりと、どこか届かないものを見るような目は、とても寂しそうだった。
「永遠の友情がないとして。日下部が欲しいのは一体何なんだ?」
「私は、誰かのペットで居たいんです」
「は?」
一瞬、聞き間違えかと思った。
「もう一度言ってくれ」
「だから。私は誰かのペットで居たいんですよ」
心の奥底まで見透かして来そうな黒い瞳。
「あ、ちょっと正確じゃなかったですね。私はとても寂しがりなので。いつも、誰かにそばに居て欲しいんですよ」
続いて。
「友情でも、愛情でも、何でも。ほら、ウサギは寂しがりなので、そばに誰かが居ないと死ぬって言うじゃないですか」
そんな気取った言い回しで締めくくったのは、読書家の彼女らしい。
「たぶん、それは俗説だと思うけどな。にしても、重い話なことで」
「ですよね。ずっと一緒に居られる関係って何なんだろうって考えたんです。友達は縁を切れる。夫婦だって同意があれば離婚出来る。でも、ペットを捨てた人は無責任だと、白い目で見られる」
「人間関係はそれぞれだけど、ペットはそうはいかないしな」
だからこそ、ペットを飼う人には重い責任が本来求められるんだろう。
「この想いが歪んでることは、自覚してます。友達に言えば正気の沙汰じゃないと言うでしょう」
「大抵の人はドン引きするだろうな」
俺は、「ああ、拗らせてるなあ」と思うだけだけど。
「その割には、先輩は平静ですね?」
「一応、道理は通ってるからな。それに」
「それに?」
「心の奥底に抱えているものを打ち明けてもらえるのは嬉しいもんだよ」
それは、とても勇気が要ることだから。
と、ふと、日下部が目をパチクリさせていることに気がつく。
なんだか、妙にもじもじとしているような……?
「どうしたんだ?」
「いえ。でも、それなら決めました。私は全力で自分の想いに正直に生きます!」
なんだか知らないが、元気が出たらしい。
「それなら良かった。応援してるぞ」
「はい。応援しててくださいね?先輩」
ニヤリと悪戯めいた笑い。
それは、ある放課後の、ちょっとしたやり取り。ただ、それだけだと思っていた。
◇◇◇◇
「まさか、あの時の、自分の想いに正直に生きる、というのは……」
当たっていて欲しくない予想だったけど、それしか考えられない。
「はい。先輩のペットになりたいって気持ちに正直になることにしました」
どこか、うっとりした顔だけど、うわぁ。
「なあ。俺、お前にそこまで愛情を寄せてもらうことしたっけ?」
何時の間にか距離を詰められてしまっていたけど。
「先輩のことは、実は、図書委員になった時から、少し気になっていました」
「なんか、あったっけ?」
「いえ。ただ、ここではないどこかを見ている時がよくあって」
「ああ、考え事してる時な。たまにあるんだよ」
しかし、まあ。そんなところまで観察していたとは。
「そんな先輩は、聞けばとてもお調子者だとか」
「まあ、普段はそういうキャラで通ってるな」
「でも、とてもそうは思えなかったんですよ。だから、気になってました」
まあ、お調子者キャラは正直作ってるところはある。
「晴香は、ほんとよく見てたんだな」
「私、警戒心は強い方ですから。本当に心を許せるかはよく見てるんですよ」
「道理で」
教室で見かける、和やかで、しかし、一線を引いた態度はそれか。
「正直、あの事を打ち明けるのも、かなり勇気が要ったんですよ」
「勇気は要るだろうなあ」
「それを「心の奥底に抱えているものを打明けてもらえるのは嬉しいもんだよ」とか言われたものだから」
「その言葉にときめいちゃったのか」
「はい。だから、私は、決めたんです」
まさか、そんなきっかけだったとは。
確かに、あれ以来、ぐいぐい距離を詰めてくるなと思ったし。
それが、美人で、話も面白いし、素直と来ればグラっと来ないわけがない。
のだけど、そんな顛末とは。
「だから、私は問い返します。
先程までのどこか冗談めいた言い回しと違う。
明らかに本気の言葉だ。ようやく、真意はわかったが、それにしても、重い。
要は、私の面倒を一生見てください、ということなのだから。
しかし、たとえそんな重くて歪んだ想いであろうとも、惚れたのは事実。
だから、こう言うしかない。
「わかった。でも、調教とかそういう変態めいたのは無しな?」
「さすがに、あそこは冗談ですってば」
「マジレスに冗談混ぜられるとわからないんだが!?」
しかし……。
「この歳で人生の墓場行きとはなあ」
「人生の門出とも言うじゃないですか」
「うまいこと言ったつもりか」
そんなやり取りを交わしながら、図書室を後にする俺たち。
しかし、まさか…。
積極的で可愛い後輩に告白したら「カノジョはヤです。ペットにしてください!」と言われるとはなあ。
世の中はわからないもんだ。
積極的で可愛い後輩に告白したら思いがけない返事が返ってきた件 久野真一 @kuno1234
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