第3話


 今日、ラジオのメインパーソナリティーを務めていた、あのボーカルが歌う曲【道草】の作詞を手掛けた人物の名前を検索すると『ko』とあった。


(『コウ』じゃないんだ。『ko』なんだ。)


 なるほどなるほど、と何度か頷きながら、とりあえず更紗は有名どころの小説投稿サイトへアクセスしてみた。そしてすぐさま『ko』の名で検索をかける。


 しかし何故かその名ではヒットしなかった。


 このサイトではないのかなと、更紗は次に『小説投稿サイト』そのものについて調べてみた。


「え、小説の投稿サイトってこんなに色々あるの!?」


 すると思いの外、多くのサイトが列挙され、更紗は軽く面食らった。


「えー…、嘘でしょ、」


 これほどの数のサイトの中から【道草】の作詞を手掛けた『ko』にたどり着けるのか。

 前途多難とはこの事かと低く唸る。


「いやいや、逆に【道草】の作詞から探っていけばいいのでは?」


 そうだそうだと、たった一人しかいない部屋で己にツッコミながら苦笑を漏らす。


 その勢いで「【道草】作詞 正体」と検索するが、ネット上には、今日のラジオの影響からか、様々な憶測が飛び交うばかりで埒が明かない。結局、一時間近くネットサーフィンを続けたが、真に『ko』へとたどり着けていると確信を持てる記事には出会えなかった。


「えー、これ、思ったより難解だわぁ。」


 一旦スマホを閉じて赤い丸テーブルにそれを放り投げると、床へゴロンと横になる。


「はあ…、せっかく面白そうなこと、見つけられそうだったのになぁ…」


 シミだらけの天井を見上げ、更紗は大きく落胆の息を吐き捨てた。


     ※ ※ ※


 その日から、何となく時間が空けば、とある小説投稿サイトを覗き見るようになっていた。


 いくつかある小説投稿サイトの中で、最も大きなシェアを占める有名サイトは、とても長いタイトルの異世界転生が主流であって、35歳の更紗には些かついていけなかった。


 そんな中で見つけた小説投稿サイト【LABIY】は、出版社が主宰しており、どちらかというと純文学に重きを置いている中規模サイト。ヒューマンドラマや恋愛模様がサイトの主軸であったため、ライトユーザーである更紗にも比較的読みやすい。故に更紗は今や【LABIY】のみを閲覧している。


「けど、…なかなか、これだ!っていう小説には、出会えないんだよねぇ、」


 それでも、未だ心には棘のように『ko』の名が突き刺さっていた。


「この人も、何か違う気がするし、…この人も、たぶん、違う…」


 サイトに投稿している作家名が、どんな表記であれ「コウ」と読めれば、必ずその作品に目を通す。


「ん?この人の名前、」


 そんなある日の昼休憩。

 たまたま出会った作品がある。


 作品名『真昼の月に満ちる毒』


 それは、離婚調停のために弁護士事務所を訪れた男の妻と若い弁護士の、排他的な愛の物語。


 若い弁護士は、日頃から、己を強く律して私利私欲を封じ込めようと日々努めて心を殺してきた。だが男の妻を前にすると、若い弁護士は呆気なく、燃え朽ちかねないほどの愛欲に屈してしまうという、悲恋だった。


 若い弁護士が激しい恋慕に身を焦がし、遂に男の妻へと告白する場面でも、男の妻は、昼間の月のように朧気にただ笑うだけ。


『何をもって人は、真に救われたというのかしら。何をもって人は、信用たらしめたといえるのかしら。それすら教えてくれないのに、貴方は、何故そんなに簡単に愛を口にするの?』



「…どういうこと、なんだろう。」


 読み終えて、更紗の心には疑問符しか残らなかった。


 小説のラスト、男の妻が海岸沿いで、打ち寄せる波を背に、若い弁護士へ向けて「貴方でも結局駄目なのね」と儚く微笑む。その姿を、弁護士は何故か泣きながら見つめるだけで終わってしまった。


「どうして、…」


 男の妻は、おそらく自殺してしまったのだろう。


 目の前で愛しい人が死んでいく。

 若い弁護士には何一つ救うことはできなかったという、絶望のみが取り残された。


「どうして、…どうして、そんな」


 それは、ただただ、妙な後味の悪さを残しただけの作品だった。


 著者の名は、『長江洸ながえ こう


「コウ。…コウ、だ。」


 【道草】の歌詞を手掛けた『ko』と、同一人物かどうかはわからない。

 だが、確かにその作者の名前も『コウ』だった。

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