第6話『海賊船への乗船』

 セレナは甲板から落ちて来た縄梯子を登って海賊船に乗船すると、直ぐに看板の上にいた10人程の海賊達に囲まれました。


「凄えな。金貨50枚は出す奴がいるんじゃねぇか」

「おい、アリー。この女は俺達へのお土産か?」

「馬鹿、しぃ~⁉︎ 静かにしろよ! ロデリックの兄貴に見つかったらどうすんだよ!」


 アリーと呼ばれた顔色の悪い男が慌てた様子で、集まった海賊達に静かにするように言っています。でも、少し遅かったようです。


「おい、アリー! 何やってんだよ! 船長は食糧を買って来いと言っただけだろうが! テメェーはお使いの一つも出来ねぇのか!」

「あちゃー……」


 甲板にいる海賊達をのし退けて、一番大柄で逞しい赤黒い肌の男が、怒鳴り声を上げながら、アリーとセレナの前までやって来ました。


「いや、兄貴! この上玉の女を見れば、船長も文句は言わねえって。まだ、船長は起きてんだろ? 紹介するからよ」

「ほぉー、この女か……まったく馬鹿野郎が! とっくに酒飲んで寝ているよ。今起こせば、女と一緒に殺されんぞ。さっさと船倉に隠しておけ。紹介するなら明日の朝にしろ」

「へい、兄貴。すいやせん!」


 アリーはペコペコと兄貴に頭を下げながら、セレナを連れて船倉に向かいました。


 アリーへの罰は不思議な事にないようです。

 兄貴と呼ばれた男はセレナの顔をチラッと見ると、罰を与えるのは早いと考え直しました。

 王妃に選ばれる程の色気と美貌は、歳を取っても、少しも落ちていないようです。


「チッ……テメェーらも、船倉に行くんじゃねぇぞ! 女は船長のもんだ。見つけた奴はブチ殺して海に放り込むからな!」


 兄貴と呼ばれる強そうな海賊の一声に、甲板の海賊達一斉に、『ヘイ‼︎』が答えました。船長の次に、この海賊船の中で偉いみたいです。


 ♦︎


「さあ、奥さん。今日からしばらくはここに寝泊まりしてもらうぜ。何、安心していいぜ。商品を傷物にする馬鹿な奴はいねぇからよ。ここに酒と食べもんを置いて行くから、好きに飲み食いしてくれよ。あんまり飲み過ぎると吐くから気をつけてくれよな。掃除するのも大変だからよ。へっへへへへ」


 顔色の悪い男は檻の中にセレナを入れると、食糧を渡して、鍵をかけて船倉から出て行きました。

 檻の中には簡素なトイレがあり、そこから海に排泄物を落とすみたいです。衛生状態はお世辞にも良いとは言えません。


「ああっ、ウォルター……ごめんなさい」


 セレナは一人になると急に目眩がして、床に倒れ込みました。ここまで何とか気丈に振る舞っていましたが、自分の事よりも息子の事がずっーと気になっていました。


 冷静になって考えれば、陸まで海賊達に大人しく従って、隙を見つけて一緒に逃げ出せばよかったんだと、何度も自分の決断を後悔しました。

 息子の目の前で、海賊達に嬲りものにされる姿を見られたくないと、そう思ってしまったのです。

 結局は息子が苦しむ姿と、息子に軽蔑される事を恐れてしまった自分の弱さだと、セレナは自分を責め続けます。


 でも、それでも死のうとは考えていません。生きていれば、本当にいつか息子が、助けに来てくれるかもしれない。そんな日が訪れるかもしれないと信じているからです。


「ウォルター、頑張って生きるのよ」


 セレナは手を合わせると、揺れる床の上で静かに祈りました。


 ♦︎


「はぁはぁ、お母様……」


 ウォルターは海賊船に追い付いていました。

 空はとっくに暗くなり、不気味な黒い海面は、甲板にある松明の灯りを映すだけです。

 

「早く入り口を見つけないと……」


 甲板の海賊達に見つからないように、ウォルターは船の周囲を泳いで、入れる場所を探しています。でも、見つかりません。

 それに船は激しく海面を上下するので、ウォルターの疲労が蓄積した腕では、船体の壁をよじ登る力もありません。登っている途中で振り落とされて、海面に叩きつけられてしまいます。

 そうなれば、もう泳ぐ力も残っていません。


「探してないのは、船の底しかないよ。お母様……僕……くっ!」


 ウォルターは覚悟を決めると、海の底に潜りました。僅かな水面の灯りを頼りに、船底に入れそうな場所を探します。そして、小さな穴が空いているのを見つけました。


「がぼぉ⁉︎ (あそこから入れそうかも!)」


 水中で大きく手足を動かして、ウォルターは四角い穴に向かって、全力で泳いで行きます。

 何とか入れそうな穴だと確認すると、頭から穴に飛び込みました。

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