短編小説。 絵の具。

木田りも

本文。

小説。 絵の具。


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 あなたの絵を描いていた。あなたの可愛い部分をいくつも知っている。目が良い。少しつり目。そして何より笑顔。僕が君を描くときは君に笑顔を作ってもらう。そうすることで僕が描きたい理想の君になる。君は僕と会うといつも笑顔でいてくれる。そのことが堪らなく嬉しかった。嬉しさを噛み締められるのは僕だけで、他の誰にも邪魔されたくなかった。時間が過ぎる中、君とずっと同じ時間を過ごしていた。


 僕は知っている。君がとてもミステリアスで、時々どこか遠くを見つめていることを。僕が何をしているの?と聞いても、ただ微笑むだけで教えてくれない。やがて僕もその時には邪魔せずその彼女を眺めているだけで良いという気分になっていた。きっと彼女にとってはその時間が必要なのだ。時間は不可逆的なものでなければならずやり直すことは出来ない。僕は初めて彼女のその様子を見た時、描いていた絵の真ん中に、白い白い絵の具を乱暴にぶちまけた。絵の中の彼女は汚れてしまったが、僕の目に映る君は少しだけ笑ったような気もしていた。


 僕は待っている。君がここにやって来るのを。先の見えない未来は何が起こるかわからない。けど、確率は出せる。世の中は不確実な確実性により、明日も割と予定通りに事が進んでいくと思う。なのにも関わらず、この世界の、例えばいま僕が乗っている地下鉄の人たちが1分後、必ずしも生きているとは限らない。僕にとって生きているとは、自分で息をして、自分で食べ物を食べ、自分で寝室に向かい寝ることができる人間のことを生きている、と仮定する。生きていくことは案外大変なのかもしれない。人間ができることは信じることだけ。信じることで人間は不確かな未来と戦い続けている。僕は待っている。君がここにやって来るのを。


 夕暮れの帰り道。一人ぼっちで空を見上げれば夜がやって来るような気がしている。一人ぼっちじゃなくても夜はやって来るが、寂しい夜になる。君がいない夜に意味は感じない。僕は君の絵のことがあってから君を正面から見れなくなっていた。いわゆるたそがれ時、夕方と夜の間。自宅マンションの階段を登っていると、1段登るごとに君が現れては消え現れては消えを繰り返すようにそこに現れた。まるで花びらの好き、嫌いを繰り返すように僕を試してるような気がした。階段を登り切った時、君はいなかった。それはどこか寂しく、現実を見せつけられたような気がした。僕は後悔したくない。ここから飛び降りたら楽だろうかなんて不毛なことを考えていたが、やがてそんな思いを捨てて、僕はいつもと変わらない生活に戻っていった。


 明日はどうなるのだろう。君とは必ず学校で会う。席が隣で英語の時間には隣の人と合同授業をしなければならず、必ずしも1回は口を交わさなければならない。僕は何を話せばいい?今日来てくれなかったこと?帰り道、僕の目の前に現れたこと?君がいない時間に下校中に見た猫が去っていった先にあった暗い暗い闇?どれも話すことではないし、話題も広がらない。僕はこうなると、とても困ってしまう。人に好かれたいとは思わないのに嫌われたくないと思うと過剰に反応し、余計な気を遣ってしまう。その結果、変な空気になり疎遠になっていくということばかりだ。そんなんだから日付けを跨いでも眠れなくなるし、夜は泣いてばかりいる。近頃、夜は毎日泣いている。君と話せた日も話せなかった日も。いつかは終わってしまうこの日々と、君との距離が比例しない。それに気づいた時は、毎晩、深い深い夜の時間に一人、布団の中で泣いている。


 君は学校に来なかった。学校に連絡もなかったらしい。僕はその日の授業をほとんど覚えていない。しかし、少しだけ覚えていることがある。

 僕は1人で美術室に行き、君の絵を描いた。どうしてか、今までで一番の会心の出来だった。美しい君の絵。僕はもうここに2度と来ることはないであろう人を描き、その人をこの部屋に閉じ込めておくのだ。僕の記憶の中の大切な人。それを忘れないために。きっと彼女は僕を忘れていく。しかし僕はもう戻れない。もう純粋な白は無い。作り出した白を使いぐちゃぐちゃになったパレットをきれいに見えるようにとりつくろうしか手がない。ただの道化だ。同じ道を歩いていたつもりだった。もう一度、君の絵を取り出す。君を正面から見たのは久しぶりだ。片想いという一方通行の想いが溢れていた。


 彼女を見つめる。そして、決心した。


 僕はようやく。

ようやく。

彼女にキスをした。



終わり。






あとがき。

僕は基本的に世渡りがとても下手なのである。変なところが正直で変なところおざなりで、変なところが器用である。ならば全て器用か不器用がいい。そういう部分があるから初対面の人と意外と親しみやすく話せるのにいざ仲良くなると距離の詰め方が分からなかったり、相手が嫌がる遠慮などをしてしまうのである。大抵そういう時の自分の顔は嘘で塗り固められてるんだと思う。純粋じゃないのに純粋なフリをして、素直じゃないのに素直なフリをして、性格の悪い自分を隠し続けている。多くの人間がそんな塗り固められた顔で塗り固められた世界で生きているんだと思う。そして、塗り固められたまま死んでいくんだと思う。

YOASOBIさんの夜に駆けるを何度も聞き、そこから自分の解釈を含めてこんな作品が出来た。だからこの作品は三次創作くらいになるのか。読んでいただける皆さんに感謝する。



参考、YOASOBI 『夜に駆ける』

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