第8話 好印象の方程式
美晴はいつもと同じような足取りで僕の真後ろまで来た。
今日こそは…今日こそは…
少しでいいから進展があって欲しい。
ただ、進展があってほしいと僕が心から願っても、この世は思った以上に無常で、誰も手を差し伸べてくれない。
僕はそのことを痛いほどに知っている。
だから、つかみたいものは自分で掴みに行くしかないのだ。
よって、僕に残されている手段はたった一つ。
話しかけに行こう!
僕は5回転アクセルをするような勢いで振り返って美晴を見つめた。
「お…おはよう美晴さん」
「おはよっ」
美晴は優しくはにかんで、僕の挨拶を返した。
「可愛い」という声はもう、僕の喉元まで来ていた。
その声が出るか出ないかの瀬戸際で、僕はかろうじて自制をかける。
その代わりとして僕は話の話題を振った。
「今日はすごい晴れてるよね」
自分の中で「だからなんだよ」と思ってしまったが、何も考えないようにしておこう。
思考のマナーモードだ。
「そうだね本当に青い」
美晴は眩しそうに窓越しの空を見上げる。
「…」
話題が見つからねぇ!
僕がオドオドとしているうちに、美晴はバックの中身を取り出して、授業の準備を始めていた。
何でもいいからしゃべらないと。と、思い僕が少し口を開いたその時-。
「あぁっ!しまったぁ!」
美晴は急に頓狂な声を上げたのだ。
「ど…どうしたの?」
美晴は焦りながらバックの中に手を入れて手探りで何かを探す。
そして、しばらくバックの中身を探した後に美晴はぱったりと手を止めた。
「筆箱忘れちゃった」
美晴は絶望したかのような顔をしてそう言った。
珍しいなぁ…美晴が筆箱忘れるなんて。
「どうしよう…」
いや、まて。これはチャンスじゃないのか?
そうだ!これは美晴に好印象を与えることができるチャンスだ!
僕は高速で手を動かして、筆箱から消しゴムとシャーペンと赤ペンを取り出す。
「美晴さん、これ使う?」
「え?」
「僕これ使わないからいいよ」
僕は出来る限りの優しい笑顔で文房具一式を美晴に差し出した。
美晴は驚いた顔をしている。
「え?いいの?」
「うん、使って」
僕は無理やり美晴の手に僕の文房具を置いた。
「ありがとう」
美晴はいつもより一段と可愛い笑顔で僕に感謝の意を述べた。
その笑顔からは、少しだけ好きという感情が混ざっていた気もしなくもなかったが、所詮はただの自意識過剰が作り出した幻想なのであろう。
それにしても、僕はカウンターを食らってしまった。
なぜだろう。
僕が美晴にアタックをかけたつもりなのに、いっそう好きになってしまったのは僕の方であったのだ。
ちょっと話しただけなのに、僕の脳は美晴に侵食されて、もう、美晴のことしか考えられなくなってしまう。
色々な雑念も飛び交ってくるが結局、僕は美晴のことが好きなのである。
僕は幸せな気持ちを保ったまま、自分の椅子に座った。
ここでふと、思い出したことがある。
美晴には好きな人がいるという事実だ。
その瞬間、僕の気分は一気に地に落ちた。
そうだった…僕が美晴と付き合うためには、この好きな人を何とかしなければいけないんだった。
てっきり忘れていた。
こうなると、気になってくるのは美晴の好きな人の正体。
果たして、誰なのだろう。
自分で考えても、思いつくはずはなかった。
しょうがない。できればこの手段は使いたくなかったが、本人に聞いてみることにしよう。
僕は振り返って美晴に聞いてみた。
「あのさ…美晴さん好きな人いるって言ったよね?」
「うん、そうだよ」
胸がちくりと痛む。わかっていても苦しい。
「こんなこと聞いて悪いけど…好きな人って誰なの?」
「え?…えっとね…内緒っ!」
美晴は唇に指を当ててぎこちないウインクをした。
「そこを…なんとか!」
どうしても知りたい僕は美晴にもう一度頼み込む。
「うーん…じゃあ、私の好きな子の部活だけは教えてあげる」
「いいの?」
「とくべつだよ?」
できれば本人の名前が欲しかったけれども、本人の部活だけでも十分有益な情報になり得るものだ。
全て使い方次第だけど…
「バドミントン部だよ」
「え?バドミントン?」
「うん」
まぁ、意外だ。
なんとなくうっすらとサッカー部のイケメンか誰かかなと思っていたけど、違ったのか。
バトミントン…よりによって全く関わりがない部活があげられてしまった。
「ありがとう教えてくれて」
どちらにせよ部活が特定できた以上、その部活を調べあげるまでだ。
そのためにはバドミントン部のことをよく知っている人の協力が必要になるかもしれない。
そう思い、バドミントン部のことをたくさん知っている知り合いがいないかと考えていると、一人、否、2人のシルエットが浮かび上がってきた。
そうだ、バドミントン部の幸江と居子に聞いてみよう!!
第8話 ~fin〜
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