第14話

 しばらく廊下を徘徊した後、私は恐る恐る自室の扉を開く。私が錯乱してめちゃくちゃになった部屋の状態が、そのまま露わになる。窓も全開になっており、もはやガラスが割れてしまいそうなレベルまで解放している。私は注意深く、慎重に部屋の中を確認する。家具の下、物陰、壁の至る所までくまなくチェックしていく。しかしいくら探しても、例の生物は1匹も見つけられず、その痕跡さえなかった。私はベッドに腰掛け、窓から流れてくる心地よい夜風を体で受け、冷静になるよう努めた。…あの時の感覚は、今でも鮮明に残っている。足で踏み潰した感覚、身体中を這いまわってくる感覚、服どころか、下着の下側にまで…何より気絶する寸前の、無数の塊が頭上に落下し、口の中で動き回っていた感覚…


「…ゲホッ…ゲホッ…」


 思い出すだけで気分が悪くなる。それほどの光景だった。あれは決して夢なんかじゃないと思うけど、現実だった痕跡もまた無い。怪しいのはやはりあのキャンドルだけれど、布越しだったから私は直接触ってすらいないし、すぐにキャンドルまるごとゴミ箱に放り投げた。あれが何か作用したとは、考えにくいけど…

 結局私はその後眠ることなどできず、その足でリュウゲンの元に向かった。早朝から彼の快適な睡眠を妨げることになってしまったけれど、こっちだってリュウゲンには胸を触られてるんだ。おあいこおあいこ。


「…う~ん、やっぱりトリックはキャンドルだろうな…」


「キャンドルで、どうやってゴキブリを大量に発生させるの?」


「いや、実際には1匹も発生していないはずだ」


「…?」


 いや、確かに私は大量のゴキブリに襲われた。感覚だって全身に残ってる。これが嘘なはずは…


「…なあミラ、もしかしてお前そのキャンドル割らなかったか?」


「…?、ええ」


 確かに割ったけど、それが何か…


「…なるひどなぁ。そこまで計算されてたわけか…」


 納得したように、リュウゲンは1人頷く。


「い、いったいどう言う…」


「多分、カラクリは単純だ」


 そこからリュウゲンは、一連の事件の推理を始める。


「そのキャンドルには、幻覚幻聴をもたらす高揮発性の毒が高圧で封入されていたんだろう」


「げ、幻覚幻聴??」


 突飛なワードに、思わずおうむ返しをしてしまう。


「ミラ、お前はそれを割ってしまった。だからキャンドル内側の高圧蒸気が部屋中に充満したわけだ。そして気づいた時には毒は全身に周り、視覚、聴覚、感覚、すべて支配されちゃったって事だろう」


 …あの女、自分が貴族連中に犯されたもんだから、復讐に私をゴキブリに犯させたわけか…

 あの女のかんに触る笑い声が、どこからともなく聞こえてくる。きっと今頃、どこかで大笑いしていることだろう。…これで終わりだと思うなよ…

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