第2話

 考えを巡らせていた時、扉をノックする音が部屋にこだまする。私の返事も聞かぬまま、扉が開かれる。訪れてきた人物は、夫のユージだった。


「いや~まさかそんな大ごとだったなんて、ごめんごめん~」


 へらへらと笑いながら、薄っぺらい言葉を並べてくる。一応謝っているだけマシだけれど、顔面を一発殴ってやりたい、本当に。


「お、怒るなよ~、別にわざとじゃなかったんだからさ~」


 もう開き直っている。ここまでくるともはや清々しい。私は半ば諦め気味に、返事をした。


「…ご覧の通り無事ですので、大丈夫です」


「や、やっぱり怒ってる…短気なんだから、もう…」


「…」


 言葉も出ない。相手にもしたくない。もうしばらく顔も見たくない。この男が黒幕ではないのは分かるけれど、だとしても態度というものが…と、考えるだけ徒労か。


「…それで、あのワインは何だったんですか?」


 多分ユリがやった事なんて掴めていないだろうけれど、一応確認してみる事にした。


「ああ、多分調理場で、血糖降下剤がワインに混入してしまったって話だよ」


「調理場??血糖降下剤??」


 想像していなかった言葉が出てきた。少し驚きを覚えたが、冷静に聞き返す。


「…どういう事なんです??」


「シェフの一人に糖尿病の人がいて、粉タイプの薬を飲んでるらしいんだけど、それが誤って入っちゃったんじゃないかって」


 いやいやそんな事があるものか。もしも入ってしまったって絶対に気づくはず。…ユリが、そう根回ししているんだろう。あの女はそういう知恵はよく働く。それでいて愛嬌が良いから、周りからも好かれてる。…覚えてろよ本当。


「まあとにかく、今回の事は不運な事故だったんだ。話はこれで終わりって事で」


 ユージはそう言い捨て、そそくさと部屋を後にする。…出て行くんなら扉くらいちゃんと閉めて欲しい。全くがさつで無神経というか…


「はあああああ」


 全力で、大きなため息をつく。わざとらしいけれど、誰もいないし気にする事はない。と思っていたら、ある人物がくすくすと笑いながら部屋に入ってくる。


「まあまあ、下品なため息が廊下まで聞こえてきましてよ?」


 …今回の一件の黒幕のご登場だ。楽しくて仕方がないといった表情で、私の元に寄ってくる。


「私お姉様のことを大変に心配しておりましたのよ?あんなに素敵な表情でガクガクと体を震わせていて、もう昇天してしまうのではないかと」


「…あら、どちらかといえば貴方の方が昇天しているようだったけれど」


「ふふ。それはもう。」


 …あの時の事を思い出しているんだろうか?目を細め笑みを浮かべ、頬も少し赤くなっている。その姿に恐怖すら覚える。


「ですが、ご無事で安心しましたわ。今はゆっくりお休みになって下さいませ、お姉様♡」


 こわっ。すごいよこいつ、本当に。

 …しかし、私だってこのままでは終われない。人が苦しむ姿を見るのがそんなに楽しいのか、次はあなたの体を使って実験するまでよ…




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