第6話 ケーキのバク食いは乙女の夢
「どうぞ、姫様。これが欲しかったのでしょう?」
「ち、違うよ。ルージュ、ぜんぜん欲しくないもの!」
ちょっ、空気を読みなさいよ、ロバンク! ここで私が受け取ったらますますライディスの怒りを買うじゃない。絶対に受け取らないわ。ええいっ、私の顔の前で猫じゃらしみたいに振るんじゃない!
「美しい薔薇はルージュ姫様にお似合いですよ。ですが、この花は危険でもあります。姫様、こちらをごらん下さい」
「あ……」
私が手を伸ばした薔薇の茎には鋭いトゲがびっしりと生えていた。触らなくてよかったわ! 手で掴んでいたらかなり痛い思いをしたわね。……あれ? ということは、ライディスが私を止めたのは、それを防ぐためだったりするの?
ロバンクが青い薔薇を手渡してくれる。そうして、幼い子供を慈しむ様な表情で言葉を繋げた。
「おわかりいただけましたか? これはトゲと呼ばれるもので、この鋭い部分に触れると怪我をなさいます。ですから、ライディス殿下は、姫様の可愛らしい手がトゲで傷つかないようにお止めしたのですよ」
「皇女が薔薇のトゲごときで無様に泣くのは見苦しいからだ」
ねぇ、それはわざと? わざとなの!? 言葉のチョイスが酷過ぎて、悪意しか伝わってこないわ。これで本当に私を心配してるなんて、冗談でしょ? 私は疑うようにロバンクを見上げた。大きな口に自信がありそうな笑みが乗る。……信じるからね! ロバンクの思い込みでありませんようにっ。感情の起伏がまったく見えないライディスに視線で押し負けそうになりながら、私はそろりと声を出す
「お兄様はルージュを守ってくれたんですね」
「守っただと? こんなことは守った内には入らん。花が欲しくば言うがいい。皇女の願いならこの宮殿の誰もがお前にかしずき従うだろう」
きっぱり断言されて、再び手を引かれる。ライディスの顔が一瞬、冷酷に沈んだように見えた。なんでそんな顔をするの? その表情が気にかかるのに、ライディスの横顔はそれ以上この話を続けることを拒んでいるようだった。今の私はまだそこに触れられる距離にはいないのね。
「こんなに綺麗だから、ライディスお兄様と散策しながら見たいです」
「……ふん」
「お気に召しましたか、姫様?」
「うん! この薔薇はお部屋に飾るね。ずっと見ていたいの」
「いずれ朽ち果てるものをそれほど喜ぶのか?」
「私や殿下は見慣れていますが、姫様にとっては初めて見る美しいものなのでしょう。それに花を好む女性は多いと聞きますよ」
「二歳と数カ月しか生きていない者を女扱いとは笑わせる。まだ赤子に髪が生えた程度だろう」
「ルージュ、赤ちゃんじゃないよ?」
ライディスの赤ん坊認定にすっと呆けてみる。中身がバレないように子供の振りもしないといけないけど、私の自尊心が砕け散ったわ。……ふっ、生き残るためなら、羞恥心を爆発させて無邪気にだってなってやる! どっちにしろ、この身体と心の落差は身体が育つまでは解決しそうもないんだし。
私のとぼけた振りが上手かったのか、ライディスから渇いた否定が返される。
「そういう意味ではない」
「ふふっ、姫様のためにならないと承知していますが、このまま無垢でいてほしいと願ってしまいそうです」
「そんな人間はこの宮殿では壊されて死ぬ。ティータイムの準備は整っているようだな。ルージュ、オレの正面に座れ」
「はい!」
よくわかんないわ~。だって、私まだ二歳数カ月しか生きてないらしいから! 生々しい死の宣告に脅えながら弾んだ声をかろうじて出して、先回りしていたマリン達が整えてくれたテーブルにつく。もらった薔薇が落ちないようにテーブルにおくと、アンが白い丸テーブルの横にケーキタワーの乗せられた台車をひいてくれる。
三段に重ねられていたケーキは種類だけでも十何種類ある。どれも美味しそうで、指先が迷う。自分のお腹と相談してみる。結構小さいから三つくらいなら食べられそうね!
「どのケーキになさいますか?」
「このお菓子にする」
「イチゴのケーキでございますね」
「それからね~茶色いのと黄色いのも欲しい」
「チョコムースにモンブランでございますね」
「そんなに食べられるのか?」
「食べられます!」
意気揚揚とフォークを握る。ケーキの名前を知らない振りをしながらも、食欲には勝てない。女の子にはね、別腹っていう特殊能力があるのよ。うきうきしながら芸術品と見まごうばかりに果物で飾り立てられたスイーツに、丁寧にフォークを沈ませる。そっと口の中に入れるとまろやかなクリームとイチゴの甘酸っぱさが重なり、絶品だ。
姉弟が多いから、ケーキなんてめったに食べれなかったのよね。小さな頃の誕生日に出て来たのはホットケーキにアイスが乗ったちょっと豪華バージョンだった。ホットケーキならお手頃の値段だし、弟達も姉の誕生日にかこつけて一緒に食べられるものだったから選ばれたのだろう。ホールケーキじゃなかったけど、皆でわいわい食べるのが幼いながらに楽しかった。そんなことを思い出している間も、美味しくて手と口が止まらない。
「幸せそうに召し上がられますね」
「本当に美味しいの。今日の夕食はケーキでもいいかも」
「いけません、姫様。成長期ですから、お夕食はしっかり召し上がってくださらないと」
夢のような状況に願望を言ったら、マリンに叱られた。さすがにダメか~一度はやってみたかったんだけどなぁ。
そんなことが思いつくほど美味しいから、本当はロバンクやマリン達にも分けてあげたいし、一緒に食べてほしい。しかし、皇女としてマナーを教わると時に、してはいけないと言われているのだ。身分があるせいでこういう自由が限られてしまうなんて本当にもったいないわよね。皆で分けた方が絶対に美味しいはずなのに。
ケーキをじっくりと味わいながら食べていると、ライディスが紅茶を飲むばかりでケーキに目を向けようともしないのに気づく。ライディスは甘いものが苦手ではないはずよ。だってミニゲームで、カノンが差し出したケーキをあーんしてるスチルが出たもの。
「お兄様はケーキを食べないのですか?」
「いらん。黙って食べてろ」
気遣いをばっさり切り捨てられた。横暴なお兄ちゃんにも関わらず素直に
「…………」
「…………」
無言でぱくぱく食べていると正面からの視線が強くなる。なんでこんなにじっくり見るの? 下手くそな食べ方はしてないわよ?
「よく食べるな」
「んうっ!?」
「え……姫様!?」
「きゃあっ、大変!」
「喉に詰まらせてませんか!?」
「早く紅茶を飲んでくださいませ!」
沈黙のティータイムが大騒動になった。私はロバンクがすかさず口元によせてくれたカップから紅茶をガブ飲みする。もう味なんかわからない。ひたすらごくごく飲みこんで、ぷはぁっと息を吹き返す。
「はぁ……はぁ……あ、ありがとう、ロバンク」
「ああ、よかった! お身体に大事ございませんか?」
「もう大丈夫。よくばって食べ過ぎたのが悪かったみたい」
「姫様っ、ケーキは逃げませんから、ゆっくりとお召し上がりください」
「……とんでもなく驚いたので心臓が痛いです」
「わたくしは呼吸が止まるかと思いました!」
メアリ、それは私の呼吸の話なの? それともまさか、あなたの呼吸? なんて言いたいところだけど、目の前でこんな珍事を起こしてるんだから、突っ込む立場にないわよね。
「心配かけてごめんなさい。今度から気をつけるね」
呼吸を整えて安堵から緩んだ顔で周囲に謝っていると、ライディスがぼそりと呟いた。
「こうも簡単に死にかけるとは」
また文句を言って! 今のは私の不注意だったけど、半分、いえ、四分の一くらいは突然話しかけてきたあんたが悪いでしょ。ムカッと腹立ちながら視線を振ると、ライディスが眉間に皺を刻んでいた。子供がしていい顔じゃないわ。うるさくしたから不愉快にさせたのかしら? 謝っておいた方がよさそう。
「せっかくのティータイムなのに、騒ぎを起こしてごめんなさい」
「……これからは頬に詰め込むな。その小さすぎる口に合わせて食べるように」
「そうします」
はっとしたように表情を消したライディスがカップを傾ける。私は妹が死にかけたのにちっとも動揺していないライディスにむくれながらも、表面上は素直に頷いておく。ふと、ライディスが剣呑に目を細めて視線を横に逸らした。
「招待していない客が覗いているようだ。ロバンク、追い払え」
「かしこまりました。丁重にお帰りいただきましょう」
え? 誰のことを言ってるの? の背中が奥に遠ざかっていく。その身体の端にちらりと赤色が見えた気がした。
「ご挨拶しなくてもいいのですか?」
「気にせず食べていろ。今は会う必要のない相手だ」
「はぁい……」
いずれは会うってことね。水色と言えば、攻略情報に心当たりが一人いる。ルージュに攻撃魔法を使って眠りにつかせた原因であり、攻略対象の一人、第二皇子レオルド。原作通りの容姿なら、彼の髪は鮮やかな赤だったもの。
悪役皇女の名のもとに 天川 七 @1348437
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。悪役皇女の名のもとにの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます