第4話 その通訳は信じていいの?

 私の胸元で小さな緑の魔方陣がくるくると踊っている。


「本日も姫様のお身体はどこにも異常は見られませんでした。すくすくとご成長なさっておいでですね」


「うんっ、ルージュは元気だよ。今日もありがとう、ノアム先生」


「とんでもない。姫様はご聡明ですね。すっかりお話も上手になられて」


 帝国専属の魔法医師ノアムは、研究気質が強そうなインテリ風の男だ。穏やかな口調ではあるけど時折研究者めいた鋭い目をして私を見るのがちょっと気になるのよね。自室のベッドで横になって診察を受けていた私は、ベッドから下りると、そそくさとライディスの座るソファの隣に腰を下ろした。私の様子を無言で見ていたライディスが足を組み替えた。


 私が目覚めて一カ月、ライディスが来るのは四度目だ。二回目からは魔法医師のリザラムを連れて来て、私の身体を調べさせているのよね。なんだか実験動物になった気分だわ。ライディスの残酷な面を知っているからそう思ってしまったけど、さすがにまだそんな酷いことは考えていないわよ、ね?


 それにしても意外と律儀。自分で宣言した通りに週に一度きっちり来ているんだもの。その分、こっちは毎回殺されないか不安が尽きないんだけど! 


 でもね、私だって成長しているのよ。この頃は身体が随分と動きやすくなっていて、走り回ることだって出来るし、滑舌も改善されている。これも私自身の努力とマリン達の助けがあったおかげね。早口言葉と体操は効果ありだったわ。


 この一カ月の間、外に出ることは許されなかった私だけど、運動や知識を吸収するだけでなく、情報収集も頑張っていた。ふっ、子供らしさ全開のなんでなんで攻撃が得意技よ。今の情報源はお世話をしてくれている三人の侍女達だ。


 その三人によると、ここには主に王が住むカノープス宮殿と、王妃と第一皇子が住むマルハウト宮殿、側室と第二王子が住むシャトラ宮殿、ライディスが住むアンタレス宮殿があり、私が目覚めたのはその宮殿の一室だった。


 もともと、このアンタレス宮殿はライディスの母が皇帝より与えられたものだったらしく、その人が亡くなった後に彼が譲り受けたそうだ。


 覚えることは山の用にあるけど、この身体になってから記憶力がいいのよね。一度聞いた話をまるまる覚えてられるからとても助かるわ。お茶の入れ方や、文字も覚えたし、マナーはまだつたないものがあるけど、形にはなってきてるし。


「ルージュの魔力はどうなっている?」


「安定しておりますゆえ、問題はないでしょう」


「適正は? 魔力耐性についてはどうだ?」


「魔法属性の適正はまだ表れておられないようですが、姫様が目覚めてまだ一月でございますので、それを考慮しても焦る必要はないかと。魔法耐性については……うむ、こちらは少々心配がございますな。あまりにも弱くていらっしゃいます。おそらく二歳程度の耐性しかございません。初めて診察した頃よりは、少し増えてはいらっしゃいますが」


 ノアムとライディスの会話を聞きながら私は考える。どうしてそんなに魔法耐性が少ないのかしら? これはゲームの攻略情報にも載ってなかったのよね。そもそも魔法攻撃を受けたルージュが眠り続けた原因がわからない。


 そう言えば、考察サイトではいろんな意見が出てたっけ。たとえば、ルージュの持つ属性魔法が関係しているのではないか? とか、実はルージュを助けようする存在がいて、彼女が攻撃を受けて死ぬのを眠ることで軽減したのでは? とか、治癒魔法を使った者が治す振りをして眠りにつかせたのだ、というものまであった。


 数ある中でも、私が面白いと思った考察は、実はルージュが呪われていたというものね。前世で深い罪を犯したルージュは生まれた時から呪われていて、魔法攻撃を受けると呪いが発動するようになっていた、という荒唐無稽なもの。……もしそれが事実だったら、今の私は笑えない状況だけど、さすがにそれはないでしょ。


「やはりそうか。もし指輪を所持していなければどうなる?」


「短時間ならば問題ございませんが、長い時間ですと少しずつ体調を崩されるやもしれません。成長なさればそのようなこともなくなりましょう」


「魔力が強いくせに魔法耐性が弱いとは、難儀な身体だな」


「……ごめんなさい、お兄様」


「別に謝罪は求めていない」


 冷たい言葉にしおらしく謝りながらも、私は心の中で舌を出す。じゃあ、なにを求めてるのよ! 魔力の強さは個人で差が出るものなんでしょ? それに私は月の魔女と言われた母と災厄の魔皇帝の異名を持つ父を両親に持つんだから、魔力が多いのも必然よ。……まぁ、魔力は遺伝しないから、必ずってわけじゃないんだけど。


 私は頭に浮かんだある攻略対象・・・・・・を打ち消していると、ソファの後ろに控えていたロバンクがからりと青空のみたいな笑顔で話に割って入ってくる。


「ライディス殿下、そのお言葉は姫様に誤解を与えかねません。姫様、殿下がおっしゃりたいのは、姫様を責めているわけじゃなく、ただ身体の心配をしているのだ、ということです」


 通訳した!? これは冗談のつもり? それにしては真剣な表情なんだけど……ええと、そうね、ここはひとまず無難な返答をしておきましょ。私は不思議そうな表情を装って首を傾げる。


「そうなの?」


「騎士の誇りにかけて嘘など申しませんとも」


「……オレの考えを想像で口にするな」


「ははっ、出過ぎた真似をいたしまして、申し訳ございません。ですが、殿下と姫様が日々穏やかにお過ごされるように尽くすことも、あなた様の近衛騎士である私の役目でございますので」


 いやいや、そんな風にはとても思えないわよ。どう見ても私のことを厄介者としか見てない感じだもの。ライディスを見れば、否定も肯定もせずに興味がなさそうに見える。


 さすが攻略対象者なだけあって美麗な顔立ちなのよね。ルージュとして生きる覚悟を決めたとはいえ、慣れるまでまだまだかかりそう。ドギマギしちゃうわ。つまらなそうな無表情が前々崩れないから、なにを考えているのかまったく読めない。……はっ、まさかまだ私を殺そうとしてるんじゃない!?


 嫌な予想を振り払うために、私は兄に無邪気を装って話しかける。


「お兄様、魔法耐性を上げる方法はありますか?」


「人間は普通に生活しているだけで空気中や食事を通して身体に微力な魔素を取り入れている。だから、誰でも成長すればある程度の耐性はつく。それをてっとり早く上げたいのなら、魔法攻撃を受け続けることだ。貧弱な者は死ぬかもしれないが」


 それは私に魔法で死ねって言ってるの? 仮にも妹なのに酷過ぎるわよっ。そんなに私が邪魔!? 


「つまり、殿下は自然な方法で耐性を高めるべきだとおっしゃりたいのですね」


「……うるさいぞ」


 ことごとく私が受け取った意味とは逆のことを伝えてくるロバンクに混乱しそうになる。いやでも、さっきからライディスははっきり否定していないのよね。ってことは本当に……? じっと見つめていたのがまずかったのか、無表情を返される。


「なんだ?」


「魔法を受けるのを頑張ったら、ライディスお兄様はルージュの頭を撫でてくれますかっ?」


 キラキラと目を輝かせて試しにそう聞いてみる。いかにも子供の無鉄砲さだけど、魔法耐性を上げるためなら死なない程度に頑張る気はあるのよ。あくまでも生きるためにだからね?


「馬鹿なことを。魔法攻撃を受けるということは、お前が痛みを負うということだぞ? 下手をすれば死ぬと言ったはずだ」


 うそっ、止められた!? でも、なんでなの? これじゃあ、本当に私のことを心配してるみたい。ゲームの中のライディスは、ルージュが侍女に嫌がらせするように命じたからって侍女を皆殺してしまうほど残酷な性格だったはずよ。ヒロイン側のバッドエンドの中には【狂帝の愛エンド】があるほどだもの。


 恋をすれば盲目なほど一途な半面、裏切りを許さず、邪魔な周囲はためらいもなく殺してしまうほど、冷酷な一面があるキャラクターだったから、絶対に私の意見に反対はしないと思ったのに。う~ん、でも考えてみたら、ライディスもまだ子供よね。それなら残酷性があまりなくても不思議はないかも? 


 恥ずかしいけど、もっとお兄様大好き~って態度を取るべきかしら? 仲良し兄妹になれれば、少なくともライディスのバッドエンド率はぐっと下がるはず! なら、この際、羞恥心なんて……っ。それにせっかく初めてお兄さんが出来たのに、仲が悪いままなのは嫌だわ。最低でも、殺すとか言われないレベルの好意は欲しい。


 思わず俯きながら考え込んでいると、その姿が叱られて落ち込んでいるように見えたのか、マリンが助けに入ってくれた。


「ライディス殿下、姫様はただ殿下に褒めていただきたいのだと思います。姫様のお心はまだ三歳ですから、情緒面での成長を促すためにも褒めることやスキンシップが必要となりましょう」


「はぁ……これでいいか?」


「わ、わ~っ、お兄様あったかいです!」


 温かな手が頭に乗せられて、ぎこちなく左右に動く。びっくりして声が裏返りそうになっちゃったわ。まさか本当に私の頭を撫でてくるなんて! やっぱりまだゲームほどの残酷性はないってことね。ふふっ、誰かの頭を撫でるのは初めてでしょ? 全然慣れてないのが丸わかりよ。でも、なんだか嬉しいような恥ずかしいような、変な気持ち。


 長女として生まれた私は弟達の頭を撫でることはあっても、撫でられることはあまりなかった。両親は仕事と子育てに忙しく、手が足りなかったのだろう。しっかり者で、姉弟達の面倒をよく見てくれる、手のかからない子。それが、両親が私に求めた役割だったから。だから、こうやって撫でられるのは私も慣れていないのよね。



「ルージュの顔が赤くなっているが、なぜだ?」


「嬉しく思われているのでしょう。姫様ははにかみ屋さんでいらっしゃるのです。わたくし達と練習なさっている時も、僭越ながらお褒めすることがございますと愛らしく頬を染められていましたから」


 マリン達の優しい微笑みが心に刺さるわ。ノアムまで! はにかみ屋じゃないのよっ、褒められたり撫でられたりするのに慣れてないだけ! 私だって慣れたら、顔色一つ変えずにおほほ笑いが出来るようになるわ。いや、ルージュはそんな悪役じゃなかったけど。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る