第3話 私に必要なのは滑舌と味方と情

 ライディスが告げた約束の期日は、光の速さでやってきた。


 念入りに掃除が施されたルージュの部屋で、私は侍女達に髪を結われて、深い海の色のような青いドレスを着せてもらっていた。首には、マリンに必ず持っているようにと言われた指輪の通されたネックレスを下げている。この指輪を触ってると安心するのよね。


「なんて美しいのでしょう」


「ええ、本当に。まだ七歳であられるというのにこの美貌ですから、今から心配です」


「ライディス殿下だって、こんな姫様を見れば絶対に無関心ではいられませんよ」


 マリン達が恍惚としたため息をつく。鏡に映った姿を見れば、納得ね。たしかに美少女だもの。ゲーム内では美しくも邪悪な悪女として描かれていたけど、ルージュの立場になった私には物語の裏側が見えている。


 皇帝は末娘であるルージュには無関心だったはず。ゲームではそうだし、実際も同じでしょうね。だって、私が目覚めたことはライディスが知らせているはずなのに、なんの音沙汰もないんだもの。それに、命をかけて助けようとしてくれた母は亡くなっているし、母の実家である伯爵家の人間は眠り続けるルージュに見切りをつけて、守ろうさえしなかったのよね。


 ライディス以外の皇子は、私の存在を覚えているかのかも疑問よ。……こう考えると、我ながら前途多難の予感しかしないわ。


 救いといったら、私とマリン達との関係が良好なことよね。私はゲームのような悪役皇女にはならないし、バッドエンドさえ回避すれば明るい未来を掴めるはずよ!


「ありがとう、るーじゅ、がんばりゅ、る、わ!」


「しゃべり方も上達されましたし、今の姫様ならきっと大丈夫です」


「わたくしからは僭越ながらアドバイスを一つ。ゆっくりお話になられたら舌が回りやすいかと」


「舌ったらずな感じも愛らしいですけどね! わたくし達が見守っていますから、姫様の努力の成果を見てもらいましょう」


 三人に励まされて、私は大きく頷いた。ベッドに座れば迎撃準備は完璧よ。ライディスに私の成長ぶりを見せるわ! 原作ストーリー通りなら、切られるようなことにはならないだろうけど、すでにいろんなところで変化が生まれてるから絶対の保証はないもの。だったら、私自身が努力するしかないわよね。 



◇ ◇ ◇ ◇



 ノックの音がした。いよいよね。ライディスが部屋の中に入ってくる。後ろには今日もロバンクがつき従っているようだ。


「約束の日だ。オレを覚えているか?」


「はい! るーじゅのおにいさまです。らいでぃーすおにいさま、ごきげんいきゃがですか?」


 ベッドから降りると、教えられた通りにドレスの裾を指で持ち上げて、淑女の礼をする。どうかしら? 綺麗に出来ているんじゃない? 鏡の前でコソ練したのよ。


「なんと愛らしい! 殿下、短期間で目覚ましい変化じゃないですか!?」


「ふん、悪くはない。ルージュ、お前は姫だ。姫がどのような立場を指すのかはわかるか?」


「ていこくこうていのむすめです。るーじゅはさんにんのおにいしゃまのいもーとです」


「どれも腹違いだがな。……マリン、お前から見て姫はどうだ?」


「とても素直で努力家でいらっしゃいます。間違いを指摘すると直そうとなさいますし、絵本に興味もおありのようで、差し出したところお読みになられていました」


「もう字を理解なさっているのですか!」


「ええ、そのようです。まだ手の力が弱いので、それさえ克服なさればすぐに文字も書けるようになられるでしょう」


「……規格外な成長ぶりだな。あるいは、これもエナミ様のかけられた魔法の一部が作用しているのかもしれない。姫の指輪に変化は見られるか?」


「いえ、ございません。ですが、姫様には肌身は出さず持っていただいています」


「それが賢明だろう。命をかけた魔法は巨大で強いと聞く。ルージュ、誰にもその指輪を渡すな、いいな?」


「おかーしゃまのゆびわ、だいじにちます。おにいさぁま」


「そうしろ」


 相変わらず冷ややかな目を向けてくれるわね! ひきつりそうな口元を我慢して、笑顔で返事をする。私の成長ぶりを指輪の力だと誤解してくれてよかったわ。不思議だけど、言葉も字もルージュになった時からわかっていたみたいなのよね。ひとまずは、この口振りならライディスが考えている成長基準はクリアしたってことでしょ?


 それにしても、今の言葉でわかったわ。ライディスの何気ない言動がゲームの中ではルージュの勘違いを招いたのね。だって、まるで私を気にかけているように聞こえるもの。


 ゲームの中のルージュは、ライディスを唯一の味方だと思っていた。だが実際は違う。ライディスがルージュを傍に置いたのは、ルージュにかけられた魔法を調べることが目的だったのだ。


 ライディスはルージュに対して家族としての情がないんだもの。だから、主人公のカノンが現れた途端に見向きもされなくなるのよね。


 ルージュはライディスの関心を取り戻したくてヒロインに嫌がらせをする。しかし、それを知ったライディスに罰されることになってしまい、さらにヒロインを憎むという悪循環に陥る。そして、最終的には、ルージュの妨害や帝位争いを乗り越えたライディスは皇帝になり、カノンは皇妃となってハッピーエンドを迎えるのだ。その裏で、ルージュは牢獄に収容されて死ぬまで魔法による実験という拷問を受け続ける──主人公がライディスを選んだ時に起こる悪役皇女ルージュの結末だ。


 だから、ライディスに切り捨てられないためには、妹としての情を抱いてもらうことが一番いいと思うんだけど、これは難易度が高そう。そもそもライディスは王妃から仕向けられた暗殺者によって、側室だった母親を目の前で失っているから、人間不信の気が強いのよ。


 ……でも、なにもしない内から諦めるなんてもったいないわ! 死なないためにも出来ることは全部やってみないと。私が敵じゃないことをわかってもらって、ライディスが望むなら主人公との仲も取り持とう。そうすれば、少なくともすぐに殺されたりしないわよね?


「次はまた一週間後だ。それまでに出来ることを増やしておけ。出来なければ──言わなくてもわかるな?」


「……がんばりまちゅ」


 冷酷な目が射抜くように私を見ている。に、睨まなくてもいいでしょ? しかも、また不穏な言い方をされた。それでも私に返せる返事はYESしかないのよね。……ちょっと待って、こんなに頑張ったのに、たった一週間しか寿命が延びてない!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る