イライラとか、大好きとか。

春耳蜜

第1話

「あぁ、もうお腹痛い!!腰痛い!!」

クッションを投げつけながらひとり叫ぶと、

いつものことだと言うように彼はため息をついて落ちているお菓子の空き容器を拾った。

毎月のこと。

情緒不安定。

好きで女性の性を選んだわけじゃない。

生理が来るのは健康な証拠。

色んな情報は山ほどあるのに、自分が落ち着く情報はここには、ない。


…彼にため息を吐かせたいわけじゃない。

私だってコントロール出来ないイライラに毎月自分でため息をついてる。


「…なんで泣いてんの?」

ソファで顔を隠していると上から聞き慣れてる声がした。

「…ため息ついてたじゃん。あたしがキレたら。…めんどくさい女って思ってんでしょ。」

自分の意思とは関係無く涙が出てくる。

悪循環。そんなのわかってる。

生理前の私がめんどくさいのは私がいちばん分かってる。

「そんなんじゃないよ。いちいち腫れ物に触るように扱うと、また機嫌悪くなるでしょ。」

「…じゃなんでため息」

「自然現象。息吐くぐらい誰でもするでしょ。」

彼は落ちてる洗濯物を拾い集めると、淡々と脱衣所に歩いて行った。

「…」

好きなのに。彼のこと大好きなのに。

嫌いにならないで。

ゆるいオフショルのワンピースの裾がソファに絡まりそうになるのも構わずに、脱衣所に駆けて行った。


「…ごめんね?好きなの、だいすき。」

嗅ぎ慣れてる身体のにおいと、いっしょの柔軟剤のにおい。

ゴツゴツしたよく知っている身体の感触と、Tシャツの綿の肌触り。

いっしょに買い物に行ったときに買った、安いヤツ。


フッ。


…え、笑った?

一瞬の間があって、周りの空気も緩んで柔らかくなったのを肌が察知する。


「…自覚があんのかないのか分かんないけどさ。

いっつも似たようなやりとりしてるよね。

毎月だよ、毎月。別に俺怒ってないし。」

「…だって、嫌われたくないんだもん。」

「だから嫌ってないって。」

「好きって言って。」

言い終わるやいなや、顎をそっと掴まれて、いつもの数倍優しい、触れて、まるで子供に愛を伝える、慈しむような食むようなキス。

「…分かった?」


私の瞳が潤んでいるのは、幸せでか、毎月の嵐のようなこの情緒のせいか。

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イライラとか、大好きとか。 春耳蜜 @harumimimitsu

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