第一話― 日本一ハチャメチャな学校(2)

 私立派茶目茶(ハチャメチャ)高等学校。生徒数は七百名(男子―四百八名 女子―二百九十二名)。その名が示す通りハチャメチャな学校で、校訓は「自主性の尊重」と「自由奔放」。

 遅刻・欠席・早退は当たり前。それだけに停学者と落第生は半端なく多いものの、どういうわけか自主的な退学者は思いのほか少ない。

 生徒の大半は不良や落ちこぼれであるが、警察沙汰を起こす問題児が多いというわけではなく、どちらかといえば精神年齢の低い成熟していない学生がほとんどだ。

 ちなみに偏差値はというと、矢釜市内の私立高校の中では最低ランクを誇り、部活動らしきものもなく同好会のような趣味に近い集合体のみ存在する。

 進学率も低く、スポーツにも疎いこんな学校にも関わらず、自由気ままという校風と単なる書類審査だけで合格できる理由からか、毎年二百三十名規模の入学生が新たに校門を跨ぐという不可解な学校である。

 ここは二年七組の教室。いつも賑やかなこの教室が今日はいつになく騒然としていた。それはなぜかというと、飛びっきりのニュースが舞い込んできたからである。

「へー、で、どんな感じなんだ、その転校生?」

「詳しくはわからないけど、電車で見掛けた仲間の話だと、結構かわいい女の子らしいよ」

「おお、女の子の転校生かぁ。それは楽しみだな」

 教室内では、そのニュースのネタである転校生、もうじきここへやってくる由美の話題で持ち切りだった。

 かわいらしい女の子とあって、色めき立つ男子どもとちょっぴり拗ねている女子たち。まるで小学生のような、ごくありふれた光景がここでも展開されていた。

 そんな沸き立つ教室に、一人の男子生徒が堂々と姿を見せる。

 ショートウルフの髪型に目を隠したミラーグラス。そして、丈の短いスタジアムジャンパーを着こなした男だった。

「おはよー、みんな。今日も元気にやってるか?」

 とても明るく清々しく朝の挨拶を交わすミラーグラスの男、名前は任対勝(ニンタイスグル)といい、このクラスの委員長であり一目置かれるリーダー的存在でもあった。

「あ、スグルさん、おはようございます」

 勝のことを敬うように、きちんと挨拶を返すクラス一同。

「やけに浮かれてるじゃねーか。どうかしたのか?」

 そわそわしている教室内を見渡していた勝。クラス委員長という立場柄、このただならぬ異変をすぐに感じ取ったようだ。

 クラスメイトの一人から、このクラスに転校性がやってくる、しかもとてもかわいらしい子だと聞かされた勝は、顔をニンマリと緩めてすぐさまそれに食い付いてきた。

「女子の転校生だと? おい、スタイルはどうなんだ? 俺の理想に近いんだろうな?」

「いやぁ、さすがにそこまでは……。それに俺たち、スグルさんの理想、よくわかんないし」

 一人鼻息を荒くして気分が高揚しているクラス委員長。かわいい女子の転校生の登場にワクワクしながら、ミラーグラスで隠した目をギラギラと輝かせる彼なのであった。


* ◇ *

 授業開始のベルから数分後、二年七組の教室の前に佇む二人の女性。言うまでもなく担任の静加と転校生の由美の二人である。

 微笑ましい表情で明るく振舞う静加。その一方で、ビクビクと全身を緊張させている由美。

「それじゃあ、ユミちゃん。まずは、わたしが先に入って説明するから、呼んだら入ってきてね」

「は、はい……」

 由美をここまで硬くさせてしまうもの、それはクラスメイトに快く迎え入れてもらえるかどうかよりも、そのクラスメイトたちの風貌や容姿がどうなっているのかが怖くて怖くて堪らなかったのだ。

(どうしよう……。まさか、不良ばかりの学校に転校することになるなんて)

 由美は後悔という底のないぬかるみにはまっていた。

 転校手続きの際、進学校はすべて定員オーバーという不運に見舞われた彼女。悩んだ末、姉からの提案もあって自由をモットーとするこの学校へ転入する決意を固めたのだ。

 今の彼女の心境にしてみたら、学校見学を含めてもう少しゆっくり時間を掛けて慎重に選択すれば良かったと思っているに違いない。

 担任から呼ばれるその瞬間を恐怖と不安の中で一人寂しく待つ彼女。そんな最中、ドタバタとやかましい足音が廊下中にこだました。

「え、な、何!?」

 怯える由美の視界には、怒涛のスピードで廊下を駆けている男子生徒の姿が映っていた。その生徒は冷や汗を飛ばしつつ、二年七組の教室を目指してがむしゃらに突っ込んでくる。

「やべぇ! 今日も遅刻しちまうと、トイレ掃除一週間という不名誉なバツ当番をさせられてしまう! 間に合わねばっ!」

 その生徒はモヒカンヘアをなびかせながら、由美が身構えている教室前まで辿り着いた。そして急停止しようと試みたが――。

「うわぁ、やっぱ止まらねぇ~~!」

『ドッシーン』

 ダッシュの勢いを抑え切れず、その生徒は足を滑らせてお尻から転んでしまった。しかも、呆然としている由美の真ん前で。

「いてて……」

 お尻を摩りながら、ゆっくりと起き上がるモヒカン男。彼はすぐさま、おどおどしている転校生の姿を目撃する。

「お姉ちゃん、何者? もしかして、俺が転ぶの見てた?」

「あ、あの、その……。見てたというか、目に入ったというか」

 恐怖心から後ずさりして、由美は廊下沿いの壁に背中から張り付く。モヒカン男は目を鋭くして、身震いする彼女を凝視して、そして叫んだ。

「イヤァ! 見られたぁ、恥ずかしいわぁ!」

 なよっと体をくねらせたモヒカン男の仕草に、由美はズルズルと壁際からずり落ちてしまうのだった。


* ◇ *

 その一方、ざわついている二年七組の教室内では、廊下の騒動など知らぬままに担任である静加の説教じみた声が響いていた。

「もう知ってる人もいるでしょうけど、このクラスに女の子の転校生がやってきます」

 やんややんやと沸き立つ生徒たち。クラス内がより一層騒がしくなる。

「かわいい女の子だからといって、無闇に苛めたり、泣かしたり、ましてやスカートめくりなんてアホなことはしないようにね」

 事情説明も終わり、いよいよ転校生の待ちに待ったご登場である。

「さぁ、入っていいわよー」

 静加の呼び声が廊下で待機している由美の方へ向けられた。それにならうように、生徒たち一同も教室の入口へ目を向ける。

 ガラガラとスベリの悪い音とともに教室入口のドアが開いた。そして、恥らう顔をお披露目した生徒は頭を掻きながら嘆きの声を漏らす。

「いやぁ、参った、参った。やっぱ遅刻しちまったぜ」

 予想もしなかったモヒカン男の登場に、静加もクラス中の生徒たちもその場からズルッと滑り落ちてしまった。

「モヒくん! あなたがどうして入ってくるの?」

「ど、どうしてって、俺、この教室の生徒だもん」

 慌てふためくモヒカン男。まさか担任から、そんな理不尽なことを咎められるとは思ってもみなかったであろう。

 静加に呆れた顔で注意されてモヒカン男は困惑した顔で席につく。トイレ掃除のバツ当番をしっかり言い渡されながら。

「さぁ、夢野さん。入ってきても大丈夫よ」

 動揺と緊張から、廊下で一人立ち尽くしている由美。静加に手を引かれるように、彼女はようやく二年七組の教室へと足を踏み入れた。

「それじゃあ、夢野さん。簡単に自己紹介してくれる?」

「は、はい……!」

 由美は人見知りのせいもあって、正面にいるクラスメイトたちを直視できない。かすかに聞こえる囁きや、冷やかすような口笛の音が彼女の心身をより一層凍り付かせてしまう。

 ドキドキと鼓動を高鳴らせる彼女。恥らうように伏し目がちになりながらも、彼女は弱々しい声でやっと自己紹介を始める。

「夢野……由美です。あの、みなさん、よろしくお願いします」

 由美がペコリと頭を下ろした瞬間、生徒たちの持てはやす拍手喝采が鳴り響いた。かわいいぞー、付き合ってー、一緒にフォークダンス踊ってーなど、彼女を冷笑する声が教室内を駆け巡る。

 そのすべてが罵声に聞こえてしまった彼女は、静加の後ろに隠れてしまいまるで小動物のように小さく縮こまってしまうのだった。

 そんな騒がしさの中、クラス委員長の勝は椅子の背もたれにどっかりと背中を付けて、ホットドッグと牛乳で遅い朝食を摂っていた。

「かわいい子じゃないの。清純っぽい感じがまたいいんでない?」

 勝はうんうんと頷いて、とってもご満悦そうな顔をしている。どうやら、由美は彼のお眼鏡にかなったらしい。

 彼の隣の席にいる男子生徒もそれに同調したようで、腕組みをしながら不敵な笑みを浮かべていた。

「あの純粋無垢な顔立ちと振る舞い。あれは間違いなく、このクラスのマドンナになりそうだの」

 勝はふと、隣の席に座るその男子生徒にチラッと目を向ける。

「おまえ、さっきまで寝てたんと違う?」

「急にやかましくなったから目覚めちまった。ふわぁ……」

 大きなあくびをするその男子、名前は関全拓郎(カンゼンタクロウ)。黒髪と金髪のメッシュのパーマヘアに、レザーパンツとレザージャケットを愛するおしゃれな男である。

 彼ら二人が会話している間も、教室内はやんややんやの大騒ぎである。このままでは転校生の少女があまりにもかわいそうだ。

「なあ、スグルよ。クラス委員長として、ここはひとつ気合いを見せてやる必要があるんでないの?」

「んー、面倒だけど、仕方がねぇな」

 勝は溜息交じりで席を立つと、大きく息を吸い込み、そしてゆっくり吐き出してから教室の窓を壊さんばかりの怒号を発する。

「やかましいわ、アホどもがっ!!」

 その壮絶なる迫力で、クラスメイトたちがあっという間に押し黙った。担任の静加も、さらに転校生の由美も呆然として口を閉ざしている。

 コツコツと足音を響かせながら教卓に向かって歩き出すクラス委員長。彼は口元を引き締めつつ、静加と由美がいる教壇の前に堂々と仁王立ちした。

「スグルくん。あなた、何する気なの?」

「シズカちゃん。心配すんな。ここは委員長の俺に任せておいて」

「う~ん、いまいち信用できんなぁ」

 静加の心配をよそに、勝は真剣な顔つきのままで怖がる由美の傍へと歩み寄っていく。

 怒鳴り声を上げる男性が近づいたら、臆病者の由美でなくても誰もがそこから逃げ出したくなるところだろう。彼女はすっかり涙目で、静加の後ろに身を隠してしまっていた。

「ユミちゃんだったな? 俺は任対勝だ。ハッキリいってアホばかりのクラスだけどさ、みんな悪いヤツじゃねーんだ。委員長の俺から謝らせてくれ」

 勝は潔く、由美に向かって深々と頭を下げる。すると、クラスメイトの誰もが申し訳ない思いを示すように彼女に向かって頭を下げるのだった。

 この光景を目の当たりにした彼女は、ただただ呆気に取られてしまい二の句が継げないでいた。

 勝はさっぱりとした笑みを零し、颯爽と身を翻して自分の席へと帰っていった。クラスの仲間たちの大きな拍手で見送られながら。

「ユミちゃん。驚かせてばかりでゴメンね。彼の言う通り、ちょっと調子に乗りやすいけど、みんな悪い子じゃないの」

「は、はい。大丈夫です。あまりにも慣れないことだったので、どうしていいのかわからなくて……」

 由美はこの時、クラス委員長である勝に救われて少なからず気持ちを落ち着かせることができた。しかし悪い子でないとはいえ、見た目や言動が粗悪なクラスメイトたちに好印象まで持つことはできなかった。

「それじゃあ、ユミちゃん。スグルくんの前の席が空いてるから、そこに座ってくれる」

 静加に席に着くよう促されて、由美はこれからお世話になる座席までやってきた。

「よー、さっきはどうも」

「よ、よろしくお願いします……」

 改めて簡単な挨拶を交わす勝と由美。クラス委員長であり、先程頭を下げてくれた人物であっても、彼女はやはり警戒心を解くことができないでいた。

 彼女はおどおどしながら空いている席をじっと見つめる。よく見ると、空いている席が二つあるではないか。そのどちらに座っていいのかわからず目を泳がせてしまう彼女。

「ああ、ユミちゃんの席は俺の真ん前だ。キミの隣と一つ前は、まだ登校してないヤツの席、いわゆる遅刻組さ」

「え、遅刻組……?」


* ◇ *

 丁度その頃、派茶目茶高校へ通う一人の男子生徒がいた。

 その学生は白黒のストライプのジャケットを羽織り、水色のシャツの襟元からエンジ色のネクタイをぶら下げている。

 彼の名は勇希拳悟。まだ寝足りないのか、大きなあくびをしながら眠たそうな目をごしごしと擦っていた。

「ふわぁ。深夜放送のテレフォンショッピング見入っちまったら寝過ごしたわ」

 そんな独り言を呟くも、まったく悪びれる様子もない拳悟。彼はまさに遅刻の常習犯、いわゆる派茶目茶高校二年七組の遅刻組なのである。

 二年七組の遅刻組は彼だけではない。タイミングよく遅刻の常習犯がもう一人、曲がり角からフラッと姿を見せた。

 色っぽく下がった目尻に、男心をくすぐるしなやかな肢体。茶色がかった長い髪を愛らしいリボンで結っている女子学生だった。

「あらぁ? またまた遅刻でいらっしゃいます、ケンちゃん?」

 その女子学生に嫌味ったらしい声を掛けられて、拳悟はあからさまに不機嫌そうな顔をする。

「チ、嫌なヤツに会ってしまったな」

「あっ、言ってくれたわねー」

 しかめっ面の拳悟のもとへ馴れ馴れしく触れ合ってくるその女子、名前は和泉麻未(イズミアサミ)といい、彼とは一緒に遊んだりしてお互いの恥部も知り得る仲だ。

「ケンちゃん、そろそろヤバイんじゃない? 毎日毎日遅刻してるとまた進級できなくなるぞぉ?」

 実をいうと、拳悟は現在高校二年生のくせに十八歳。つまり彼は留年を一度だけ経験し、これが二度目の二年生なのである。

「うるさい。おまえだって人のこと言える立場かよ。おまえ、遅刻以外にも欠席も多いじゃないか」

「あたしは平気よー。教頭にちょっと色目使えば、何とでもなるもん」

「……おまえ、それ立派な犯罪なんじゃねーの?」

 そんなことよりも……と話題を逸らし、麻未は艶めかしく拳悟に擦り寄ってくる。

「ねぇねぇ、ケンちゃん。最近どう? 女の子とデートしてる?」

「バカ言ってんじゃねー。この俺がデートだと? フン、俺がそんな軟弱者に見えるかってんだ」

 拳悟は硬派っぽく踏ん反り返ってせせら笑っている。それはどう見ても、ここ最近、女気がない彼の寂しい心情を物語っていた。

「ふ~ん、そうなの? せっかく次の週末、あたし空いてるからお久しぶりにどうかと思ったのに」

 立ち止まることなく歩き続ける拳悟。しかし彼の背中には、隠そうとしても隠し切れない下心がくっきりと映し出されていた。

「……後で電話する。待ち合わせは、いつものサ店だぞ」

「あんたはやっぱり、硬派にはなれないわ」


* ◇ *

 物語の舞台は、派茶目茶高校二年七組の教室へと戻る。

「はい、連絡は以上。一時限目の教科書ちゃんと準備しておとなしくしてるのよ。いいわね?」

 朝のホームルームも終わり、静加は生徒たちを子供のように嗜めると教務室へと引き上げていった。

 ここで良い子の学校ならおとなしくなるところだが、この学校には一時限目の授業の準備などお構いなしに、あっという間にざわつき出す聞き分けのない困った子供たちしかいない。

 そんな中、転校生の由美だけは時間割表を見ながら一時限目の授業の準備を始めていた。すると、勝から自己紹介をしたいからと声を掛けられてその手を止めた。

「さっきも軽く挨拶したけど俺は任対勝。こー見えてもクラス委員長やってるからさ、遠慮なく相談してくれよ」

 勝はポンと胸を叩き、委員長らしく誇らしげに微笑んだ。

「は、はい。よろしくお願いします」

 由美が勝に向かって大きくお辞儀をすると、今度は彼の隣の席にいる男子がクールな表情で挨拶してくる。

「そして俺が関全拓郎。まぁ、このアホの暴走を止める役回りかな。これからよろしくね」

 勝のことを指差しながらニヤリと笑う拓郎。それにすぐさま応戦するように、勝はその人差し指を払いのける。

「うるせーな! 誰がアホだ、コラ」

 勝は尖り声で反論しながら、お返しとばかりに拓郎の顔目掛けて人差し指を突き出す。

「ユミちゃん、コイツには気を付けなよ。フェミニスト気取ってやがるけど実際は結構冷てーヤツだからさ」

「おー? そう来るか、コノヤロウ」

 勝と拓郎は喚きながら、お互いの頭をポカポカと叩き合っている。傍目からしたら、それはもう子供の喧嘩そのものだ。

 それでも、男同士のいがみ合いに不慣れな由美はどうすることもできず右往左往するしかなかった。喧嘩を止めなければいけない正義感と、止めると怒られるかも知れない不安感で彼女の心情は揺れ惑い葛藤する。

 おどおどしている彼女の横から突如別の生徒が姿を現した。するとその生徒は、揉めている二人の戦況を呆れ顔で眺めている。

「ははは、しょうがないなぁ、この人たちは。いつも些細なことで揉めるからね」

「……え?」

 由美のすぐ傍にやってきた生徒とは、つい先程、廊下で滑って転んで彼女に恥ずかしい姿を目撃されたあのモヒカン男であった。

「スグルさんにタクロウさん、いつまでやってんスか! ユミちゃんが怖がってますよ」

 モヒカン男の仲裁により、勝と拓郎の二人はハッと我に返った。二人とも悪ふざけが過ぎたことに頭を掻きながら苦笑いしていた。

「いやぁ、申し訳ない。つい、いつもの調子でやっちまったよ」

 反省の弁を口にしながらも、勝と拓郎は互いの体を肘で突いて小競り合いを続けていた。そのじゃれ合うような仕草を見て、由美は少しばかり緊張が緩んでいたようだ。

 勝はせっかくついでだからと、由美のもとにやってきたクラスメイトの紹介を始める。

「そこにいるのが桃比勘造(モヒカンゾウ)。みんなからは見た目通りにモヒカンって呼ばれてる」

「オス。廊下では迷惑掛けたね。今後ともヨロシク」

 モヒカンヘアにビョウ打ちの革ジャン。実はこの桃比勘造という男、生意気にもへヴィメタルのバンドでギターを演奏しているのだ。ただ、実力はそれほどでもないのでここではあまり触れないでおこう。

 そのモヒカンの隣には、お坊ちゃんヘアで袈裟をまとった背の低い生徒が立っていた。もじもじしていて、いかにもおとなしそうな男子生徒だった。

「で、モヒカンの隣にいる男がボウズだよ」

 勝のあまりにも簡潔な紹介に、そのボウズと呼ばれた男子は控え目ながらも不快感を示した。

「わー、ちゃんと紹介してくださいよ。ボクは大松陰志奈竹(ダイショウインシナチク)といいます。この格好でわかると思うけどお寺の長男坊でして……」

 一瞬だけ呆気に取られる由美。しかしその直後、クスッとかわいらしい笑みを零した。

「お寺だから、みんなからボウズと呼ばれてるんですね?」

「はい、一応……。ははは」

 自己紹介の途中にも関わらず、ニヤニヤしているモヒカンがボウズの肩にそっと手を回してくる。

「コイツがボウズと呼ばれる理由だけど、他にもあるんだよ」

「え?」

 それは一瞬の出来事だった。

 モヒカンがボウズの髪の毛をむしり取ると、見事なまでに刈り上がったつるつるのボウズ頭がさらけ出されたのだ。つまり、ふさふさのお坊ちゃんヘアはボウズ頭をごまかすためのかつらだったのである。

「わー、モヒくん、何するんだよっ!」

 かつらを持ったまま逃げていくモヒカン。かつらを返してと、涙目になって追いかけていくボウズ。

 これは余談であるが、まだ住職でもないボウズがなぜ頭を刈り上げているのかというと、仏壇のお供え物を無断で食べてしまった罰というあまりにもバカげた理由らしい。

「とまぁ、こんな感じでおかしなヤツもいるけど長い目で見てやってくれよ」

 ほくそ笑みながら自己紹介を締めくくった勝。

 実をいうと、他にも由美のもとに集まってきた男子どもがいたのだが、所詮は脇役なのでここでの紹介は控えておくことにする。

 丁度その頃、教室の後ろ側のドアを開けて顔を覗かせる一人の男子生徒がいた。彼は大きな声でクラス委員長の勝のことを呼んでいる。

「スグルよー。悪いんだけどさ、あの件のことでちょっとばかし話聞いてくれない?」

 声を掛けてきた男子を見るや否や、勝はいかにも面倒くさそうな表情で嫌悪感を示した。

「おいおい、三年生の揉め事で俺に相談に来るなよ。……ったく、三年生の尻拭いぐらいテメェらでやってほしいわな」

 散々悪態を付きながらも、責任感の強いクラス委員長は重たい腰を上げて渋々と教室を出ていった。

 そんな彼の後ろ姿を由美は黙ったまま呆然と見つめていた。そんな彼女の横顔に拓郎がさりげなく声を掛けてきた。

「ユミちゃん、どうかしたのかい?」

「あ、あの……。教室に来た人、上級生ですよね? なのに委員長さん、あの人ことをまるで同級生のように話していたのでどうしてかなと思って」

 それはそうだよと、拓郎はクールに微笑みながら由美の疑問を解き明かしてくれた。

「スグルは本来三年生だからね。情けなくも一年間留年しちまったわけさ。……あ、ちなみにこの俺もそうなんだけどね」

「留年ですかっ!?」

 由美は思わず上擦った声を上げてしまった。留年そのものは知っていても、まさか身近にそれを目の当たりにするなど、優等生の彼女にしてみたら想像もできなかったことであろう。

 拓郎が年上だとわかった途端、由美は急にかしこまってこれまでの失礼を詫びるように頭を振り下ろす。

「ああ、気にしなくていいよ。俺たち留年はしてるけどクラスメイトであることには変わりないしね」

 同級生のお友達同士のように、自分や委員長のことも名前や”くん”付けで呼んでくれて構わないと拓郎は気さくに笑う。

 由美はマナーという観点から少しばかり抵抗感があったが、同級生ならば一理あると判断して、恐縮しながらも彼らのことを名前で呼ぶ決心を固めた。

「あ、あの。タ、タクロウ……くん」

「ははは。そうそう、そんな感じ」

 いざ決心を固めたものの、ぎこちなさが否めなかった由美。そのままの口振りで、彼女は近所の空席を指差しながら拓郎に問い掛ける。

「わたしの隣の席と前の席の人ですけど、さっき、スグル……くんから、その、遅刻組と聞いたんですけど。どういう人たちなんです?」

 ご近所となれば紹介しないわけにはいかない。拓郎はその遅刻組の二人のことについて手短に触れる。

「ユミちゃんの隣の席が和泉麻未っていう女子。で、前の席は、勇希拳悟っていう男子さ」

「……え、ケンゴ?」

 その時、由美の脳裏にある男性の顔が過ぎった。それは、昨日街で出会った変態男から救ってくれたあの男子であった。

(まさか、あの人……? ううん、きっと違うよね)

 そんな偶然あるわけないと心にそう思う由美。彼女はクスリと微笑み頭を小さく横に振った。

「二人とも利口とは言えないけど俺たちみたいに悪いヤツじゃないからさ。たぶん、二時限目には顔出すと思うからその時また紹介するよ」

 拓郎のフレンドリーな心遣いに、由美は会釈をして感謝の気持ちを伝える。しかし彼女は、この異質なクラスメイトたちとまだ打ち解ける勇気まで持ち合わせることはできなかった。


* ◇ *

 午前九時三十分を過ぎた頃。派茶目茶高校では一時限目があと十五分で終了となる時刻である。

 二年七組の遅刻組の二人は、この時刻になってようやく学び舎の校門を潜っていた。

「ケンちゃん、今日の一時限目って世界史だよね?」

「は? 仕返しなんて授業あったっけ?」

「うーん、四十五点かな。墓石なら六十点だったけど」

 学校に到着しても、反省どころか大喜利のような会話を繰り広げている二人。そんな私生活を乱している不埒者の傍に、じわりじわりと迫り来る怪しい影があった。

 パンチパーマを編み込み、偉そうな鼻ヒゲを生やしたごつい体格の男が、青筋を立てた厳つい顔つきで拳悟たちの前へ突如立ちはだかる。

「こらぁ、ケンゴ! テメェ、今日も遅刻しやがったな!」

「うぉぉ、ここぞとばかりに現れやがったな、ヤクザ顔!」

 拳悟たちの前に現れたこの男、拳悟が言う通りヤクザのようないでたちで、ヤクザのような顔立ちをした教師、名前は反之宮(タンノミヤ)という。

「誰がヤクザ顔だ、コノヤロー!」

「その風貌じゃあ誰がどうみてもヤクザでしょう。しかもその顔、小中学生とか泣かしてそうだし」

「よ、余計なお世話じゃ、このガキャーッ!」

 ズバリ言い当てられた悔しさからか、反之宮は拳悟の胸倉に掴み掛かり子供が怯えんばかりの強面を近づけてくる。

「テメェ、バツ当番でグラウンド百周するか、それともこの俺様の怒りの鉄拳を百発喰らうか、どちらか一方を選びやがれ!」

「ひどーい、それ、どっちも無茶苦茶じゃん」

 拳悟はアイコンタクトで傍にいた麻未に救いを求める。それを見るなり、彼女は人差し指を一本だけ立てて何やら交渉を始めた。その様子からして、ランチをおごらせようとしているようだ。

 お互い、指を立てたり寝かせたりを繰り返した末、ようやく交渉が成立したらしく麻未は色っぽい麗しのウインクで合図を送った。

「あらぁ、反之宮先生。あそこにいらっしゃるの、教頭先生ではありませんの?」

「な、何ぃ!?」

 いくら反之宮でも目上の上司である教頭には頭が上がらないのだろう、彼は拳悟の襟元からパッと手を離した。

 反之宮はすぐに背筋を伸ばして、麻未が指し示した方向へと振り向く。しかしそこには、年老いた用務員のおじさんがぽつんと佇んでいるだけだった。

「あら間違えちゃった。あまりに作業着が似合ってるから、すっかりダサい教頭先生かと思っちゃいましたわ」

 悪びれることもなく、あっけらかんと失礼な毒を吐く麻未。

 このわずかな隙を突き、拳悟はヤクザ教師の暴挙から脱出することに成功した。

「お、おのれケンゴ! 逃がしはしないぞ、くそガキィ! テメェは俺様の鉄拳五百発決定じゃ~!」

 廊下をドタバタと駆け抜けていく一人の男子生徒と一人の男性教師。その逃走劇を眺めながらにこやかにハンカチを振る麻未であった。


* ◇ *

 二年七組の一時限目の世界史の授業は、不穏な事件や事故もなく九時四十五分のチャイムとともに終了した。

 しばしの緊張感から開放された由美は、息抜きとばかりに廊下に出てたった一人女子トイレへと足を進めていた。深い溜息を漏らしながら……。

(はぁ、とんでもない学校に来てしまったのかな。……クラスの雰囲気は悪くないんだけど)

 由美の心は後悔という渦の中を彷徨っている。

 楽しいはずだった学園ライフ。勉学やスポーツを通じて切磋琢磨し合うはずだった親しき仲間たち。そんな彼女の願望はもろくも、そして儚くも崩れ去ってしまっていた。

 廊下沿いの壁に描かれるいかがわしい悪戯書き、ガラス窓を修復しているボロボロなガムテープ。そんなみすぼらしい光景がこの学校の風紀の悪さを印象付ける。

 不恰好な身だしなみ、覇気が感じられない風貌、人を威嚇するような立ち振る舞い。彼女は廊下を歩いていく途中、幾度となくそんな不良たちとすれ違っていた。

(家に帰ったら、お姉ちゃんに相談してみよう)

 両親のもとを離れた由美にとって、姉は身近にいるたった一人の肉親だ。彼女からすれば姉の理恵はよき理解者であり、よき相談相手、そして何よりも精神的支柱なのである。

 お姉ちゃんならきっと、この心の葛藤を理解し打開策を見つけてくれる。今の由美は前向きにそう期待せずにはいられなかった。

 これからの学園生活に頭を悩ませていた矢先、由美の耳に飛び込んでくるドタバタとした大きな足音。

(今度は何事なの――!?)

 騒動の連続ばかりで、由美は苦悩に満ちた顔をさらに歪めてしまう。その遣る瀬無い表情は、もういい加減にして!と訴えているように見えなくもなかった。

 彼女の見据える先から、一人の男子生徒がものすごい勢いで近づいてくる。その生徒のことを執拗に追いかけているヤクザ顔の男。

 男性二人の喚くような声と怒鳴るような声が、長い廊下に反響しながら交錯していく。

「もうテメェはおしまいじゃ~! 神妙にお縄に付けぇい!」

「まっぴらご免だよ! 打ち首獄門なんて願い下げだからね!」

 逃げている拳悟にとって休み時間というタイミングが悪かった。

 この騒ぎに反応した生徒たちが廊下に群がってしまい、それに邪魔される格好で彼はとうとうヤクザのような教師の力強い腕の中に拘束されてしまった。

「とうとう捕まえたぞ、ケンゴ、観念しろぉ!」

「うぐぅ、無念だぁぁ! どうか、お慈悲を~!」

 その捕り物劇のワンシーンを傍目から眺めていた由美。思ってもみなかった再会がこんな形で訪れるとは、彼女自身まったくもって予想もしなかったことだろう。

「あ、あなたは、あの時の――!」

「え?」

 暴力教師に拘束された勇希拳悟と、それを戸惑いの目で見つめている夢野由美。この主人公二人は、こんなハチャメチャなシチュエーションで偶然の再会を果たしたのだった。

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