第10話 ルージュ市 フリントキャットのお姉さんとシャグリーブロンのお姉さん
アーテル国、ヴィオラ町のシャグリーブロンファミリーの家から女性が一人出てきた。
荷物を沢山持って、カツカツとハイヒールを鳴らし、歩いてどこかへ向かうようだ。
「はぁー、重い」と、思わず声に出してしまった。
真っ白な毛にオシャレな服、ものの見事なスタイルに、濃いピンクのハイヒールがとても似合っている。
彼女は本来、ルージュ市に住んでいる。
現在、彼女の母親が出産した為、里帰り中だ。
しかし今日は、重たい荷物を持って、家へ帰ろうとしている最中だ。
荷物が重いのは当たり前である。彼女はモデルの仕事をしていて、美容関係など、とくに人より持っている。
服も沢山持っているし、その分、靴やバックも沢山ある。
元々オシャレが好きで、洋服や小物も大好きなのだ。
シンプルな服を着こなし、数はあまり持たない獣人もいるが、彼女にはそれが理解出来なかった。
彼女のモットーは、私らしく生きて、私らしく輝く!!である。
流行りものを、ただ追いかけるだけでなく、自分の気に入った物と、少々流行りを取り入れるスタイルが、彼女はお気に入りだ。
人それぞれ、似合う似合わない、というものがある。
色やデザイン、それぞれに、合う合わないがあり、好き嫌いがある。
それを流行りをただ、追いかけるだけでは、自分の意思なく、ただ流されるだけいる獣人になってしまい、似合わない服、メイクして闊歩する獣人になってしまう。
それだと、彼女の人生観には合わないのだ。
昔から彼女は、私は私、というタイプだった。
だから仕事でも、手は抜かない。
本当にやりたい仕事、着たい服しか着ない。
もったいない、ワガママ言うな、とはしょっちゅう言われるが、それが私が納得できる生き方で、仕事の仕方、と答えると、それ以外の答えは返って来ない。
気難しい、とはよく言われるし、頑固だと言われる。
もう少し柔軟に、とも言われたりするが、彼女にとって、とても柔軟な考え方だ。
とにかく彼女は自由なのだ。
誰になんと言われようと、これが私で、これで合っているのだ。
これが正解なのだ、揺るぐことなく。
そんな彼女のマネージャーは友人でもある、フリントキャットのお姉さんだ。
アーテル国に海の町があり、海に浮かぶ島、くじら島にフリントキャット一家が、兄弟で住んでいるが、そのフリントキャット一家とは、全く血縁関係のない、別の血筋のフリントキャットである。
彼女の家族は現在、外国にいて、彼女はシャグリーブロンのお姉さんと、二人で住んでいる。
シャグリーブロンのお姉さんは、その、フリントキャットのお姉さんと、一緒に住んでいる家に向かっているが、同居人は今、一人で出かけている。
マネージャーならマネージャーとして、荷物くらい持って欲しいが、仕事が休みの時くらい、自分の時間が欲しいと、一人で出かける事がしょっちゅうである。
それで彼女は、細い腕に沢山の荷物を抱えている。
ハイヒールのかかとが、ポキッと折れてしまいそうだ。
いや、その前に、彼女の心がもう、すでに折れそうだ。
腕も、もう少しで折れてしまうかもしれない。
前から脂肪を体中に蓄えているオバサンが歩いてきた。
荷物なんて、ほとんど持ってないのに、肩を揺らして歩いては、口から何かが漏れている。
“あぁ、息をしてるだけか”
すれ違いざま、目を奪われてしまった為、じっと相手を見てしまった。
真ん丸の顔に真ん丸の体。
太った人というのは、独特の足音でも出せる機能が付いているのだろうか、いかにもドスッ、ドスッという音を立てて、歩いている。
ついでに、ふごーっ、ふごーっという息を吐いている。
病気で、薬の副作用で太る人もいるが、すれ違った人はどうも違うらしい。
ピザ屋の帰りだろうか、ピザの入っているだろう箱が二枚、ビニールの袋の中に入っていて、サイドメニューの入っているような小さい箱が、五箱、重なっている。
最近、噂で聞いたが、『ボブのおいしいピザ屋』というのが、公園に移動販売という感じで、来ているらしい。
どうやらその店のピザらしい。
「バーベキューのボブ」というあだ名で呼ばれているとも聞いたが、今は「ピザとバーベキューのボブ」に代わってしまったのだとか。
おっさん二人で経営しているピザ屋らしいが、だいぶ繁盛していると聞いた。
街の噂は、いっぱい知らないとダメなのだ。
彼女の情報網は、友人により潤っている。
まさか、ここまでその噂が広がっているとは、恐るべし!ボブ!!と彼女は思った。
同時に、あんなに太っていると、荷物も楽々持てそう、とも思った。
荷物をぎゅっと持ち直し、彼女はハァーっとため息をつき、歩いて行った。
ルージュ市に着くと、人が増え、さらに歩きにくくなった。
重い荷物に足は疲れ、さらに人波に、気持ちまで疲れてきた。
しかし、ルージュ市まで来てしまえば、後もう少しで家に着く。
思い返してみれば、実家にいた頃は、妊娠、出産で大変だった母に変わり、自分が母の仕事をやってきた。
幼い子達の面倒や、家事、時間があれば、少々の仕事。
全く休みなく働いてきた。
自分も少し休みたいが、仕事復帰しなきゃいけない仕事がある。
生きると言うのは、時に自由がきかないものである。
彼女はほとんど、見上げる事のない空を見て、またため息をついた。
思いのほか、首が痛かったのだ。
“早くこれ、下ろしたい”
彼女の今の一番の願いは、これだけだった。
今現在、実家は落ち着いてきた。
母親も少しずつ体を動かし、産休明けに向けて、動き出している。
だから帰って来たのだが、正直、心がおれる寸前まできた。
やっとの思いで、家の前まで歩いてこれた。
あと一歩、あと一歩と、自分を励まし、少しずつ玄関に近付いて行った。
『グランドマンション Sunset』
「Sunset」=夕日、日没という意味で、このマンションのコンセプトらしい。
外壁の色は、紫色で、確かに日没の色として、表現したかったように見える。
ラベンダーやライラックの花のような紫である為、夕日や日没というより、花の名前がついていた方が、良い気もするが、そこは建物を建てた獣人のセンスである。
彼女はこのマンションの住人である。
二階建ての小さいマンションだが、彼女はこの、外壁の色が、一番のお気に入りである。
表札には、あえて名前を書いていない。
女性二人暮らしだと表札で分かってしまうと、何が起きるか分からないからだ。
防犯や安全の為である。
202と書いてある所のドアに鍵を差し込み、ドアを開けたいが、何せ荷物が多く、ハンドバックが行方不明である。
三万のハンドバックを半額の一万五千円でてにいれたあの日、とても嬉しかったのを、覚えている。
持ち手の色は白、バッグの部分はコーラルピンク系の色合いで、バラのモチーフが付いているバッグだ。
ルージュ市のデパートで買ったバッグである。
それが行方不明とは…。
まぁ、荷物が沢山ありすぎて、鍵を入れたバッグが取りにくいだけなのだが…。
キャリーバッグに旅行用バッグ、トートバッグにハンドバッグ。
持っているのは、それだけなのに。
しかもキャリーバッグの所に、旅行バッグを乗せて、トートバッグは肩にかけているのに。
右手に持っていたキャリーバッグを体の前に持ってきて、左にかけていたトートバッグを下に下げ、肘の所まで持ってくると、行方不明のハンドバッグが出てきた。
ハンドバッグをあけ、鍵を探すと、バッグのそこに転がっている鍵を、ようやく取り出すことが出来た。
やっとこれで、鍵を開け、ドアを開ければ、この荷物を何とか出来る。
彼女は疲れた体を鞭打って鍵を開け、ドアを開けて中に入った。
カツンッという音が玄関に響き、ドアを閉めた。
「はあぁぁぁぁぁっ」と、だいぶ大きなため息をついて、靴を脱いだ。
スリッパに履き替えて、部屋の中をうろうろし始めた。
彼女の友人は、家事が苦手だ。
部屋が今、どんな状態なのか、見回っていたのだ。
案の定、部屋はごちゃごちゃだった。
ため息が止まらなく出てくる。
疲れて帰ってきて、さらに部屋を片付けたりしなければならないのかと思うと、憂鬱になり、体がさらに疲れた気がする。
とりあえず、持って帰って来た荷物を片付けなければ、と、急に重たく感じた体を、動かす事にした。
手荷物は一旦、両手を使い、リビングへ。
直ぐに玄関へ戻り、キャリーバックは、玄関の端に寄せた。
散らばっている郵便物を見て、どちらに来た物かをチェックする事にした。
「えーっと、鞠香の、これも鞠香の、えーっ鞠香の、鞠、鞠香のばっかりね」
鞠香というのは、彼女の友人であり、同居人であり、彼女のマネージャーを務める、茶川 鞠香という名前で活動している獣人である。
本名は、マルティータ・ペーニャ・チャベスという名前だが、彼女本人が、アーテル語の名前が良いと、活動名を「茶川 鞠香」にしたため、皆からは本名ではなく、「ちゃがわ まりか」、または「まりか」と呼ばれている。
名前の由来は、単に本名と近い呼び名である事を前提に考えてある為の、この名前である。
外国人の名前には、それなりの意味もある名前だったりするのだが、意味も大事だが、本人が納得できる名前という方が、優先的に選ばれた為の名前である。
「えーっと、これで、あっ、私のも来てる」
“黒川 葉月”
これが、彼女の名前である。
葉月は自分の郵便物を手に取ると、封をあけ、
中の紙を取った。
「あー、支払い用紙ね、ハイハイ」
支払い用紙を再び封筒に戻して、リビングへ戻った。
真里加用の郵便物は、自分の郵便物の上に重ねて置いた。
後で、郵便物が来ていた事を知らせ、ちゃんと開かせなきゃと、葉月は思った。
ソファーに座り、一息つくと、荷物がチラホラ目に映るが、取り合えずゆっくりしたいと、テレビをつけた。
面白い番組がやってないかと探すと、料理番組が目に留まった。
それをぼけーっとしながら見る事にして、葉月は荷物から目をそらした。
途中から見ていた料理番組が終わり、葉月は再び荷物の方に目を移した。
“さすがにやらなきゃな~”なんて、考えていると、だらけている自分が脳裏に浮かんだ。
“これじゃダメだ!!動かなきゃ!!”
葉月は立ち上がり、荷物の所まで移動した。
トートバッグから、妹達と撮った写真や、アルバムが出てきた。
アルバムは小さい物で、雑貨屋にあるものを買ってきたやつだ。
実家に行っている間に、久しぶりに会ったせいか、やたら懐かしく感じ、パシャパシャと写真を撮ってしまった。
それをプリントして持ってきたのだ。
生まれたばかりの赤ちゃんの写真もある。
三つ子は無事に生まれ、今頃、寝息でもたてているだろう。
アルバムの写真にも、三つ子が並んで寝ている写真がある。
パラパラと見ていると、微笑ましくなり、ついつい次のページ、次のページと見てしまう。
これではダメだと気付いた時は、時計の針が思った以上に進んでいた。
葉月は、慌ててアルバムを閉じ、自分の部屋へ置きに行った。
それからまた、トートバッグの中身や、旅行用バッグの中身、キャリーバッグの中身と、次々に出していった。
服、化粧品、その他、少しづつ元の位置に戻っていく。
自分の荷物を元通りにさせると、今度は鞠香の荷物を片付けなければいけない。
葉月は、一旦飲み物を飲んで、一息入れる事にした。
キッチンに行き、カップを用意しようとした所、全てのカップが使われ、ゴミも散乱していた。
また一気に疲れがやってきた。
しかたなく、カップとポットを洗いつつ用意し、ハーブティーを入れた。
白いカップに、ポットからハーブティーの鮮やかな赤い色が落ちてくる。
とても安らぐ香りが広がり、心まで癒されるように感じた。
行儀が悪いが、この場で少し、ハーブティーを口に含むと、より強い匂いが鼻をくすぐり、口いっぱいに花びらが舞うような味わいが広がった。
キッチンのイスに座り、溜まった洗い物を見ないようにして、葉月はハーブティーを楽しんだ。
仕事仲間としても、友人としても、申し分なく思う。
ただ、同居人としては、だいぶ向いていない。
それでも、同居している理由は沢山あり、今すぐ解消、という訳にはいかなかった。
家事が苦手、出来ない者と、家事が好き、得意な者。
二人はそういう関係だ。
だからこそ、この家の家事は、葉月の仕事である為、やらなくてはいけないのだが、こういう時、少しでも頑張ってくれたら、やってくれたら、と思ってしまう。
疲れて帰ってきて、休む時間はほんの少し。
休みたくても休めない。
もう少し、分担してくれれば良いんだけど。
葉月は最近、ずっと同じ事を考えていた。
“同居、辛いなー”
しかし、その現状を変えるのは、無理なのは分かっている。
無理な事を願ってしまうのも、良くないのも分かっているのだが…。
しょうがない事だが、とても苦しく感じてしまう。
一方、その頃、一人車に乗って遠出中の鞠香は、とある公園に来ていた。
ルージュ市には、大きな公園や、オシャレスポットのような公園があるにも関わらず、アーテル国の山奥ともいえる、グリューン村まで来て、さらに森林公園という名前通りの公園まで来て、木に囲まれていた。
ここは、知る人ぞ知る『訳アリの恋人達』の場所だ。
そう言われる理由は、一つしかない。
ここはアーテル国で一番端にあり、周りは木や林ばかりで、人目につかない分、隠れるのに丁度良いからだ。
人が寄り付かない、というのも利用者にとっては、都合が良いらしい。
今もあちこちから、人の気配はするが、人の姿を見つけるのは難しかった。
というより、お楽しみタイムを見つけてしまうと、こちらが気まずくなってしまうから、なるべく見ないようにしているだけだが。
鞠香は今日、友人であり、同居人の葉月の帰宅日という事は、知っているし、家の中の事も葉月が怒る事も知っていても、ここまで来ている。
鞠香はただ一人、ボーっとしにここまで来ているが、この公園の利用者が、主にどんな人かも知りつつ、一人でボーっとベンチに座っている。
悩み事があってここまで来たのだが、今現在、彼女は別のものに気をとられていた。
近くで親子ほど年の離れた二人組がいるのだ。
ライオンの男性がキヌネコの少女を連れている。
しかし、その二人は、どことなくぎこちなかった。
男性は前を歩き、少女はぐいぐいと、迫っているように見えた。
「先生!!ねぇ、待って!!」
「紫月(しづく)、学校の外では、先生は止めてくれ」
「じゃあ、なんて呼べば良いの?レオナルドって呼んで良いの?」
「それも止めてくれ」
「ねぇ、なんなの?先生もレオナルドもダメって、私、なんて呼んで良いか分からないよ」
「普通で良い、いつもみたいに呼んでくれ」
「それじゃあ、イヤ、特別な呼び方で呼びたいの」
「勘弁してくれ!!紫月、私は君の保護者であり、先生なんだ、でも今は、先生と呼んで欲しくない、保護者として見て欲しい」
二人は歩みを止め、向き合って話し始めた。
ライオンの男性は、普段、色々な人からライオンさんと呼ばれている。
ライオンの男性はいつも通り、ライオンさんと呼んで欲しいようだが、少女は特別な想いを抱いている為、この場所では特別な呼び名で呼びたいようだ。
ベンチ付近での二人の会話は、鞠香にとって、少々、衝撃的だった。
“いったいどんな関係なんだろう”
とても疑問だらけで、答えに辿りつけそうになかった。
ライオンの男性とキヌネコの少女は、ルージュ市から来た二人組で、ライオンの方は、ルージュ市のデパートでピアノを弾く仕事とルージュ市の中学校で臨時音楽教師もしている男だ。
少女はその男が教師をしている学校の生徒である。
二人は、同じアパートの一階と二階に住む、住人同士で、少女は現在、姉と姉の同僚の女性と、アパートの二階で三人暮らしである。
男性の方は、一階でデパートで働く女性と二人で同じ部屋に住んでいる。
少女の姉と姉の同僚、男性の同居人の女性は同じデパート内で働いている。
そのアパートは、デパートで働く人達の寮みたいになっているのだ。
それで二人は知り合い同士という訳だが、どうも少女の方は、男性に特別な感情を抱いている、といった感じのようだ。
少女はまだ、中学一年生だが、そのくらいの年頃の子供にありがちな“年上の異性に憧れ、恋をしてしまう”という感情のようだ。
そのくらいの子供特有、大人になる途中で、やたら自分を大人と同じと思い込んだり、早く大人になりたいと、大人びた態度をとる子が多くいる。
まさに、思春期真っただ中なのだ。
心や体は発育中で、大人か子供かといえば子供であるのだが、何かを勘違いしてしまう年頃なのだ。
そういう年頃の子の扱いは、非常に厄介な場合がある。
少女も、そういう子らしい。
自分より、十も二十も年の離れたライオンの男性を、対等の立場として見て、扱っている。
そして自分も、対等な立場として見て欲しくて必死のようだ。
しかし、男性はそうはいかない。
手を出したら、自分は悪者、いや、子供に手を出した極悪人扱いだ。
職も失いかねない、それは困るのだ。
彼にとっての生き甲斐は、成人女性(主に二十代半ば~三十代前半)か、酒とタバコである。
ギャンブルをやる時もあれば、女(なるべく胸が大きい女性で美人)と大人の世界で遊ぶ時もある。
とにかくそんな風に金のかかる趣味を持っている為、職が無くなり、金が無くなるのは困る。
なので一歩引いて、父親代わりの態度で貫いてるのだ。
(子供のような未熟な体には、全く興味を引かれない為、下半身が反応しない、という理由もあるが)
とにかく二人は、愛の修羅場?だった。
どちらが悪いという事はない。
どちらも正常である。
だからこそ、厄介だった。
鞠香は、どうするか迷った。
ボーッとしたいのに二人がいると、気になってついつい見てしまう。
だからといって、立ち上がって移動する気も起きない。
さて、どうするかと悩んだところに、また、どこからともなく声が聞こえた。
「晶子さん、この場所なら大丈夫と思って連れて来たんだ、知り合いに会いたくないだろ?」
「誠司さん、ありがとう、とても静かな所ね」
その声が、あの二人組に聞こえたようで、ライオンの男性とキヌネコの少女はその場を離れた。
鞠香は動かずにいたが、その声の主は、ペルシャネコの男性と、ココアウサギの女性だった。
二人はアーテル村では、有名な?ダブル不倫カップルだ。
鞠香は、今度は大人のカップルだけど、なんとなく怪しい匂いのするカップルと思ったようだ。
まぁ、この場所はそういうカップルが集まる場所だしね、と思い直した。
普段、隠れてデートしているカップルが、ここでは堂々とデート出来る。
そういう場所だからこそ、そういう普通じゃないカップルが集まってくるのだ。
人目を気にしてたのが、急に気にしなくなり、あちこちでいちゃつき始めるが。
周りの様子を見ていたが、鞠香は移動しなくて良いようだ。
カップルは知らぬ間にどっか行く。
鞠香は一人になった。
“はぁー、開放的な気分になりたい”
鞠香はため息をついた。
彼女の悩みは、恋愛が出来ない事である。
周りのカップルは、見えない所でいちゃつき、いやらしい、またはイラつく音を出しているが、発情期の猫みたいなものだろう。
そうっとしておくことにした。
鞠香は今、恋人がいない。
それなりに美貌には自信がある。
モテるか、モテないかで分けるなら、モテる方だろう。
しかし、恋人がいない。
もちろん鞠香だって、恋人は欲しい。
しかし、鞠香には、あまり他人に打ち明けられない想いがある。
「ハァー、恋愛したい、私並みに綺麗な女の子と」
この場合、女の子とは、小さい子、子供を意味する訳ではない。
鞠香世代の子を指す。
鞠香はどことなく、男性的な部分があると、小さい時から自覚していた。
可愛い物も綺麗な物も好きだし、男性に魅力を感じる時もあるが、それが恋に発展しないのだ。
だからって、葉月では相手にならない。
葉月と鞠香は、色々違うのだ。
葉月には全く、そんな気持ちにはならない。
もっとこう、違うタイプが良いのだ。
しかし、今現在、その理想的な女の子が目の前にいない。
その事で悩んでいるのだ。
「なんかこう、パッ!と目の前に現れないかなー、こう、美女が、パッ!って」
…現れてはくれなかった。
「誠司さん、ダメよこんな所で、あぁ♡」
「君も素直じゃないな、全く♡」
どこかに消えたと、思い込んでいた先程の二人が、まだこの辺にいたようだ。
“オッサンとオバサンの声、うるせー、そしてキモイ、でも動きたくねー”
鞠香は葛藤していた。
“よそでやってくれー、あー、でも、ここにいるカップルって事は、そういうカップルなんだよなー、やっぱ私が場違いなのかな?愛してるとか愛してないとか、全く理解出来ん”
結局の所、ダブル不倫カップルである以上、お互いにお互いのパートナーを傷つけたりしているのだ。
だから、後ろめたいし、隠れたい。
本当は良くないと、分かっているからこそ、このような場所に来るのだ。
しかし、不倫するような理由もそれなりにある。
間違っている事も知っている。
ただ、どこか満たされないのだ。
何かが、欠けているのだ。
それを埋めたいだけなのだ。
獣人の欲望は、非常に厄介である。
“愛ってなんだろう”
鞠香はずっと考えていた。
先程いたベンチから立ち上がり、鞠香は今、別の場所に来ていた。
葉っぱの上をサクサクと音を立てながら、歩くと、鞠香の前に裸で木にもたれかかっている人が見えた。
慌てて辺りを見渡し、少し近付くと絵を描いている人がいた。見つからないようにどこかに隠れようと動き、辺りを見渡した。
ほどよく隠れる場所を見つけて、鞠香は様子を見る事にした。
森林公園は、そこら中に林がある。
今も森の中だ。
少し広い所で、その二人組はいて、一人はモデル、一人は絵を描いていた。
ポーズはただ、木に寄りかかっているだけだが、どこかの美術館に銅像として飾ってある時に、見かけた事があるようなポーズだった。
芸術というやつだろうか。
しかしよく見ると、モデルだけが女性ではなく、描いている人も女性だった。
という事は、女性二人組という事だろうか。
二人は普段、どんな関係なんだろう。
モデルも書いてる人も、恥ずかしいとか、色々とこう、変な気分にならないのだろうか。
それが不思議だった。
自分にも、変だと思う部分はあるものの、理解されない部分が大半だからこそ、そういうパートナーを見つけるのは困難である。
だからこそ、二人を見て、羨ましい、という気持ちが湧いてきた。
自分も素直になれたらなぁーという想いも。
そんな事を考えていると、そういえば写真家でも、女性が女性のヌードを、アーティステックだとか、芸術だとか言って、撮っている人がいると聞いた。
女性の裸に興味が湧く鞠香には、とても素晴らしいジャンルに見えた。
鞠香は来た道を戻る事にした。
二人の世界を邪魔したくなかったからだ。
しかし、このまま帰る気にはなれなかった。
“どうしよう、もう少しここにいたい”
家に帰ると、怒りモードの葉月がいるだろう。
それを思うと、とても憂鬱だった。
カサカサという足音を立てながら歩き回った。
さっきの光景が、頭から消えなかった。
そしてどんどん、自分もやってみたい、と思うようになった。
鞠香は趣味としてカメラで写真を撮るのが好きだ。
葉月がモデルをやり、自分はマネージャーをやっているが、葉月の仕事よりも、葉月を撮っているカメラマンの仕事の方に興味がある。
毎度、その仕事をするたびに、カメラマンのシャッターを切る瞬間にドキドキしてしまう。
そのシャッターを押す瞬間、カメラマンは最高の瞬間を捉えているハズだ。
自分もシャッターを切るたびに、ドキドキする。
さらに先程のように、美しい女性の裸体を被写体に。
そんな事になれば、鞠香の心はさらにときめくだろう。
鞠香の心は、想像しただけでドキドキした。
“あーっ、カメラの仕事、やりたいなーっ、全く、葉月ったら、自分の好きなように仕事したい、とか言って仕事選んで、良い仕事があっても、やらないとか言うんだもん、嫌になる。少しはこっちの事も考えてよね”
鞠香は鞠香で、葉月に不満を持っているようだ。
一応、鞠香はマネージャーとして働くのはとても好きで、やりがいを感じている。
「裏方さん」と言われ、華やかな世界を生きている人には、何だかイヤがられているが、鞠香にはなぜだか合っていた。
スケジュール管理をして、葉月に仕事を持ってきて、葉月について行き、葉月の仕事ぶりを見る。
それが鞠香には、何だか楽しく思えた。
元々、葉月からマネージャーをしてくれと頼まれた。
最初、鞠香はカメラで写真を撮る仕事をしたかったが、葉月のお願いならと引き受けた。
その時からずっと、今まで仕事のパートナーとして、友人として、同居人として生きてきた。
ケンカになり、今みたいに一人の時間を作る事もあった、
お互いに色々と遠慮したり、言いたい事を言いあったりして、今までやってきた。
けして、悪い関係ではないと思っている。
しかし、不満が溜まってしまう時だってあるのだ。
そう、今みたいに。
「だいたいさー、お母さんみたいにうるさ過ぎるのよねーっ、あーしなさい、こーしなさいってさー、なのに自分は『この仕事はしたくない、あの仕事がしたい』ってワガママ過ぎるのよっ!!」
独り言が少々、響いてしまったが、運よく誰もいなかった。
“でもまぁ、一緒にいるのを止めるって事も出来ないのよねー“
「はぁ」と大きなため息をついた。
元はといえば、部屋を散らかし過ぎた事にピンチを覚え、今日は出かける、と、ここまで来た。
だいぶ時間たっているだろうから、そろそろ帰っても良さそうだが、もう少し、念の為、もう少し、この場へいる事にした。
「はぁ、あと、どこへ行こう」
森林公園の中にひっそりとある小屋は、カフェになっていたり、休憩所だが、気を付けないとアレなカップルに出会い、アレなシーンに出くわしてしてしまう。
出会うとこっちが気まずい為、鞠香は歩き続けた。
“やっぱり、私を受け入れてくれる所は、ベンチしかないか”
鞠香は、先程のベンチに戻ってきてしまった。
他の場所へ行きたかったのだが、この分だと無理そうだ。
しかたなく、さっきのベンチに座り、前を見た。
どこを見ても、木と土しか見えないが、緑を見ていると癒されてきた。
“あぁ、やっぱり、緑は良いな”
とりあえず、三つ横のカップルは見て見ないふりをした。
“なにもいない、なにもいない”
「ふぅーっ、帰ったら、なんて謝ろう」
“あぁ、可愛い子を見つめていたい”
欲求ばかり膨らんで、謝るセリフが浮かんで来なかった。
自分はおかしいのかと思い、悩んだ時もあった。
けど、大人になったら、すっかりその悩みは消えた。
視野が広がったのが大きかった。
ある意味、大人になった証拠でもあった。
学生の時は、学校が全てで、変な物は直ぐに排除された。
それが傷つき、悲しくて、空しかった。
それが無くなった途端、解放された気分になった。
もう、悩まなくても良いのだと思えた。
世の中にはいろんな人がいるのだから。
それからは早かった。
大人の世界へのめり込んでいった。
どんどん、自由を手に入れた気がした。
やりたい事をやり、色々な人に出会い、色々な経験もした。
今回のヌードデッサンだと思われる物だってそうだ。
自分もやってみたい、という気になった。
まずは、大好きなカメラで撮影してみる事にした。
それから、心に余裕があれば、あの人のように絵を描いてみたい、という気持ちも生まれている。
“とにかくチャレンジあるのみ”
鞠香はそう考えていた。
“さて、また働かなきゃ、お金稼いで、葉月に仕事してもらって、モデルになってくれる子を探して…やる事一杯だ、あぁー、その前に謝らなきゃ、怒ってるよなー、葉月”
鞠香は家にいる葉月を想像した。
葉月はソファーに座り、白いティーカップにハーブティーを入れ、怒った顔をしている。
たかが、鞠香の妄想の中の葉月だが、鞠香にはとっても恐ろしく感じた。
確かに葉月は、家で片付けや家事をして、休んでいる間に鞠香の愚痴を言っていた。
しかし、一通り家事や片付けが終わり、愚痴も沢山言い、言う事が無くなってくると、何だかスッキリして、今はもう、怒ったりはしてなかった。
というより、元々、怒ってはいない。
鞠香がいつも、家事や片付けが出来なくて、自分を頼って来るのは、葉月にとって、当たり前の事だった。
だから、何となく愚痴が出ても、時が過ぎれば、まぁ、しょうがない、という気持ちが出てくる。
今は丁度、そう思える時間帯だった。
“また、どっか行って、芸術がどうのこうのと、インスピレーションしている頃だろう、とさえ、思っていた。
長年一緒にいたら、相手の事が手に取るように、分かるようになった。
それは、鞠香も一緒だった。
たまに夫婦みたい、と言われるが、性別が違えば、確かに夫婦だったかも知れない。
多分、その時は、鞠香が男で夫、葉月が女で妻だろう。
そしてお互い、違和感が無いと感じているだろう。
二人はそんな関係なのだ。
お互い、パートナーとして、色々補っている。
というより、補えるからこそ、二人は一緒にいられるのだろう。
二人は変わらず、元の場所に戻ってくるはずだ。
第十話 終わり
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