第9話 現在編 ヴィオラ町 ラッテラパンファミリー

いつだったか、町が二つに別れ、新しい町が誕生したが、スティーブンの住む場所は変わらずヴィオラ町である。

スティーブンは、アーテル村の乳児院で青空クラスの経営者をやっている。

スティーブンの妻、桜は先生だ。

青空クラスの子供達は音楽に対して力が付き、ダイナミックな演奏が出来るようになった。

音楽系の大学へ進めると、桜は過大評価のような事を言っている。

実際、色々な所で乳幼児に対しては、レベルが高すぎやしないか?などと言われている。

子を持つ親からは、やりすぎ、とも言われたりするが、桜はお構いなしに、指導の手を緩めなかった。

自分達の子供は、一男一女の二人兄妹だったのが、三人増えて今は五人兄妹となった。

下三人は、男の子一人と女の子の双子が産まれ、男の子は現在、幼稚園生、双子は保育園に通っている。

上の子は共に小学生で、四年生と二年生である。

スティーブンは子供が生まれるたびに、自分の兄であるルーファスに似てないか、心配した。

成長過程を見てからじゃないと、判断出来ないが、今の所普通の赤ちゃんである。

小学生の上の子達も、とくにこれといった問題は無い。

とりあえずは、平凡な家庭と言えそうだ。




しばらくは何事もなく過ぎ去ったが、父が亡くなった、との母からの電話で、スティーブンの生活は変わろうとしていた。

病院の方は、一旦、休みにして、スティーブンが継いでくれ、との事を母は告げてきた。

そんな急に?とも思ったが、人の死はよそう不可能である。

仕方がなく、母の言う通り動くしかなかった。

いずれ、父の死後、病院で働くのは分かっていた。

それでも諦めきれず、今の場所で働く選択をした。

スティーブンにとって、とうとう、この時が来たのか、という感じだった。

しかし、ここに来て問題が浮上した。

ここまで積み上げてきた、青空クラスの子達をどうするか、だ。

新しく人を雇ってもらわなければならない。

青空クラスと実家、どちらも大事だ。

兄がなんとか、父の後を継いでくれれば、自分はこのままでいられたのに。

しかし、幼い時から父は頑固で、弟のお前が私の意思を継げ、と言い、兄の事は全く出てこなかった。

“病院を立て直す必要があるか”

スティーブンは、頭が痛くなりそうな気持になっていた。




まず、スティーブンは、一旦、実家へ帰る事にした。

兄に会い、状況確認しとかなければ、と思っていた。

父の葬式もあるが、今はそれよりも、未来の事が不安でしょうがなかった。

仕事を休んで一人、実家へ帰った。

“兄は、父の死を、どう受け取っているのだろうか?”

スティーブンは、それが一番、気になっていた。




実家に帰ってくると、閉まっている病院の前に、チラホラ人が立っていた。

その人波から、こちらを見ている女性が、スティーブンの目に映った。

その姿は、すっかり大人の女性になった兄の娘、アイリーンだ。

兄家族とは、あまり接点を持たないようにしてきた為、何だか久しぶりに会った気がする。

一年に一回は、会うようにしていたのだが、女の子の成長は早いようだ。

「アイリーン、どうした?」

「おじさんが、来ると思ってたから、ここで待ってたの」

「メアリーは?」

「中にいる、グランマと一緒に」

「そうか、お父さんは?」

「マミィと地下に」

「ん?あぁ、いい、中に入るとするか」

“地下に”という部分が上手く聞こえず、聞き直そうと思ったが、人がいる場所では誰が聞き耳をたててるか分からない。

現にチラホラとこちらを見ている人がいる。

スティーブンの存在に気付いた一人のオバサンが、スティーブンに向かって「この病院は呪われているんだよ、分かったか?このバカ息子め!!サッサっと病院畳んでこの町から出て行きな!!」と怒鳴り散らした。

すると、ババアの一味らしき人まで、「そうだ、そうだ!!」、「出ていけ!!」と、怒鳴り散らしてきた。

「ほら、みんな言ってる、これがみんなの本音だよ!!きこえるだろう!!そこの嬢ちゃんも!!あんたの父親は、昔から頭がおかしいんだ!!それなのに結婚して、歯医者の仕事までして!!あんな奴の治療を受ける奴は、どうかしてるよ!!」

「ババア!!家でお宅の坊ちゃんが、腹空かせて待ってるんじゃねーの?ババアのカワイイ坊ちゃん、仕事もしてないし、外にも出ないで、ホントに生きてんのかぁー?死んでんじゃねーのー?」「なんだい、アンタ!!」

「閉まっている病院を背に、スティーブンの兄、ルーファスがそこに立っていた。

ババアの事を怒鳴り散らしたのは、ルーファスのようだ。

ババアはルーファスの姿を見つけると、また大声を上げ始めた。

「出てきたよ、ほら、頭のおかしい奴が、みんな!!そいつに近付くと、みんなの頭までおかしくなっちゃうよ!!ささ、どいた、どいた、相手になんかしてられないよ!!」

ババアは人をかき分け、すんなりと家のある方へ帰って行った。

取り巻きの二人もババアの後ろにつき、ババアの後ろで、手を虫でも払うように動かしながら、ついて行った。

まだ残っている人々の中から、どこからともなく、「ルーファス、悪い言葉を使うのはよしなさい、あの人の家も大変なのよ、ご主人は酒飲んで暴れて、一人息子は働かず、あの人に暴言吐いて、ストレスのはけ口が、ここの事を悪く言う事しかできない、可哀想な人なのよ、だからルーファスが少し大人になってあげて」という女性の声が聞こえてきた。

「オバサンだってひどい事言ってるじゃん」と、ルーファス

「私は良いのよー」と言いながら、一人のオバサンが、人々の中から出てきた。

オバサンは一人、悠々と歩いて、病院の隣の家へ入って行った。

昔からルーファスとスティーブンの事を知っている、隣のオバサンだった。

スティーブンは思わず、相変わらずのオバサンだと思った。

オバサンが家の中に消えると、ぞろぞろと病院の前にいた人だかりが消えてった。

ルーファスやスティーブンに、「これから大変そうね」など、優しい声をかけてくれる人もいた。

大体の人が、二人の幼い時からの顔見知りの、近所の人だった。

兄は変わり者と言われていても、歯科医として生計を立てていけるほど、稼いでるらしい。

それなりに、ルーファスを変わり者と理解しつつ、受け入れてくれる人がいるらしい。

まぁ、ほとんどが、ルーファスというより、父や母の事を、信頼してくれている人達だったが。

ルーファスは、アイリーンに近付くと、「家の中にいないから、外に行ってるのかと思って、外に出てきたんだ、良かった、無事か?」と尋ねた。

「ダディ、ごめんなさい、私のせいでダディが悪く言われちゃって」と、アイリーン。

「気にするな、全てはスティーブンのせいだ」

「兄貴、なんてこと」

「スティーブン、親父がずっと、おまえに会いたがってたぞ、最後にスティーブン、スティーブンとうるさかった」

「そうか」

「亡くなった今でもおまえを探している、寝室に寝てるから、行ってやれ」

「アイリーン、おまえは家に入ってろ、メアリーが探してたぞ」

「はい」

「あ、そうだ、スティーブン、おかえり」

「ただいま」

兄は今も孤独なのだろうか。

父に対して、どう思っているのか。

兄はやはり、顔を見ただけでは、気持ちが分からない。

心の奥底に、どんな気持ちを隠しているのだろうか、意外と寂しがり屋なこの兄貴。

スティーブンの心はルーファスの気持ちを探ってみたが、考えるだけ無駄なようだ。




スティーブンは実家の、父、母の寝室へ、アイリーンは、自分の父親の後ろに付いて、家の方へ向かって歩いた。

アイリーンは父に、「ダディも、おじさんが来る頃だと思って、外に出てきたの?」と聞いたが、「さあな」としか返って来なかった。

「いつも必ず、おじさんに一番に、おかえりって言うでしょ?」

「オレの唯一の弟だからな、あたりまえだろ」

ルーファスが家の玄関を開けると、冷血な顔の母が立っていた。

「あなたも、アイリーンも勝手に出歩かないで下さい、忙しいんだから、探す身にもなって」

「すまん」

「ごめんなさい」

二人の声を聞くと、無言で歩いて行った。

いつ見ても、まるで人形のような妻であり、母だった。




一方、スティーブンの方は、実家の父、母の寝室へ向かった。

母の姿が見当たらず、寝室へいるのかと思っていたら、寝室には誰もいなかった。

ベッドの布団の上に、父親が横たわっている。

ただ、寝ているだけに見えるが、体に触れて、生きてない事を実感した。

その瞬間、色々な事を思い出した。

普段は忘れていた事まで。

父の怒った顔、喋り声、自分を呼ぶ時の声、笑い方や笑っている時の顔。

兄の事を叱る時の父の背中。

とある夜、こっそり見た光景。

それは兄、ルーファスが、風邪をひいて寝ていた時の事だった。

うつるといけないからと、自分は父、母と一緒の部屋で、自分の布団をひき、眠る事となった。

すでに布団の中へ入り、眠っていたのだが、物音に目が覚め、意識だけ起きて、目はつぶったままだった。

いわゆる、狸寝入り状態の時だ。

父は寝室にいたが、母は兄の看病をしに、部屋を出ていた。

戻って来たらしく、ドアが開く音がした。

どうやらその時、目が覚めたらしい。

父の声はいつもと違って聞こえた。

「ルーファスは大丈夫か?あれは私に似て、臆病で寂しがりやだ、一人で寝れなくて、泣いてるんじゃないか?そうだ、私がルーファスと寝てこよう、ルーファスの面倒も見れるし、なんせ私は医者だ、私が近くにいよう」

「大丈夫ですよ、寝てるから、起こさないで、あなたに風邪がうつったら大変よ、病院どうするの?」

「病院より、ルーファスの命だ!!」

「お父さん!!大丈夫よ、熱も下がりつつあるし!!」

「いや、子供の熱は分からないぞ、安心できん、ちょっと行ってくる」

「お父さん!!」

父が起きてベットが軋む音がする、部屋を出て行こうとする父の足音がスティーブンの耳に届いた。

スティーブンは、うっすらと目を開けた。

「あら、起こしちゃった?」と母の声。

「全く、お父さんはダメね」と言い、母はベッドに座り、布団に入った。

その翌日、父は一晩中、兄と一緒にいたらしい。

病院は急遽休みになった。

朝、父は「ルーファスの熱が上がった、やっぱり私がついてて良かった、ルーファスも眠れず起きてしまった、ルーファスは昔から私の子守歌が大好きなんだ、今回も直ぐに眠ったよ」と、言って咳をし始めた。

「おっと、患者の風邪がうつったのかな?全く、あのばーさんは、うちのルーファスにまで風邪をうつして、ろくでもないばーさんだ」と言い、また咳をした。

普段、なにかと兄に対して厳しいのに、病気や怪我をすると、父は途端に心配性になった。

母が言うには、ルーファスが大事だからこそ、しっかり躾けるし、心配もする、と言っていた。

それが親なんだと、言っていた。

もちろん、誉めたり、甘やかしたりも、忘れてはならない、と、母は言っていた。

父と母で、役割分担をする、とも言っていた。

アメとムチね、と…。

そんな事を思い出していると、涙が流れてきた。

年老いた父の顔は、穏やかそうな顔をしている。

どこかで“ルーファス”と言う父の声が聞こえたような気がした。

“ルーファス、おとうさんの所へおいで、そうだ、良い子だな、おまえは将来、自分の好きな道を選べ。

父さんは、医者を継ぐしか道が無かったが、おまえの道は、まだ一杯選べる。

だから好きな道を選べ、な、ルーファス“

そう聞こえた気がした。

まだ、スティーブンがいない時期、ここの息子がが一人だけだった時、父は息子に同じように言った。

それを今、スティーブンは聞いた気がする。

まだ幼いルーファスの、一人息子の姿は、父にはどう見えていたのだろうか。

きっと、天使のように、見えていたのだろう。

父の寝室のベッドの所に、兄の幼い時の写真があった。

父に抱っこされて、兄はご機嫌な顔をして、写真に写っている。

父も、ものすごく笑顔だ。

ルーファスは幼い頃、ダディと呼んでいた。

父もまた、その声に反応しルーファスを見つめた。

その父の顔は、とても緩んだ顔だった。

きっと、父は今、夢の世界のような所で、幼き日の息子に似た天使とでも、一緒にいるのだろう。

そう思うと、心が穏やかな気持ちになった。

「ダディ、お疲れ様、そっちでゆっくり休めよ」

“スティーブン、ありがとう”

父の顔は、そう言いたそうな顔に見えた。




葬儀などは、着々と準備が進んでいるそうで、スティーブンはとくに何もする事は無かった。

妻にも連絡し、夜には子供達を連れてこちらに来る、という事になった。

スティーブンは、父の近くに椅子を置き座っていた。

なんだかんだ、思い返せば兄の事をしっかり考えていた。

兄の事を思っての行動だったのだろう、と思い直せた。

その後、ルーファスも部屋に入って来て、父の元へ座り、父の思い出話を語り合った。

兄は弟の方がと言い、弟がいや、兄の方がと、お互いがお互い、父の愛情を受けた話で盛り上がった。

結局父は、どちらにもちゃんと愛情をもって接していた。

父のベットの所に、自分達の幼い時の写真が、何枚か写真立てに入れられ、飾られている。

近所から変な噂ばかりたてられ、辛かった事しか思い出せないかと思ったが、忘れていただけで、ちゃんと家族として楽しい思い出もあった。

ふと、兄が弟に対し、「おまえは、これからどうするんだ?」と聞いてきた。

「もちろん、親父の後を継ぐよ」

「家とかは、どうするんだ?」

「そのまま住むよ」

「一つ提案なんだが、この家に住まないか?広さは充分だろ?」

「まぁなー、でも、引っ越しとか大変だしなー」

「子供は、下はまだお座りやハイハイの時期か、双子が生まれたんだったな」

「あぁ」

「そうか、確かに大変だな」

そう言って、ルーファスは部屋を出て行った。

「全く、ルーファス、自分の自分の気持ちはちゃんと言わないと、相手に伝わらないぞ!!」

スティーブンはルーファスの後を追った。

「ルーファス、母さんはどうする?この家に一人か?」

ついてきた弟から声をかけられ、ルーファスは弟を見ないようにしながら答えた。

「どうすれば良いんだ」

「ルーファスはどうしたい?」

「オレは…」

「オレ、戻って来た方が良いか?引っ越しは大変だが、部屋が手狭で困ってた所なんだ」

ルーファスはスティーブンを見つめた。

「ルーファス、引っ越しを手伝ってくれないか?」

「良いのか?」

「病院を継ぐためだ、しょうがないだろ」

「分かった、手を貸す」

「OK」

二人は子供の頃からやっている、兄弟間での、決め事が決まった時の行動をとった。

普通に握手ではなく、当時流行った物の真似事だったが、そのポーズがカッコイイと思い、真似始めたのがキッカケで、そのまま今でも使っている。

テレビや漫画などの影響は、実に恐ろしいものだ。




あっという間の二日間だった。

父親は今、墓の下に眠る事となった。

あっけなく遺体は消え去った。

誰もがそこに居たはずの人を想い、涙し、居なくなってしまった空間に、ぽっかりと穴が開いてしまったと、感じていた。

愛する者がいなくなり、皆、現実を受け入れなくてはならない。

いつまでも悲しんでもいられない。

今後の事を考えなければ。

スティーブンも不安だらけだが、他の人もそれなりに不安を抱えている。

子供達は、大きい子はじいちゃんが死んだ事を理解し、泣いたりしているが、下の子達はまだ小さい為に理解はしていないのは当然で、キャッキャとはしゃいだりしていた。

スティーブンが実家に帰った日の夜、スティーブンの妻や子供達が到着し、夜、子供達が寝てから話し合いが行われた。

話し合いの内容は、やはり母の事や病院の事だった。

スティーブンの妻、桜は、あっさりと同居の許可をした。

スティーブンにとって、不安の要素は少しだけ改善したように感じられた。

後は、乳児院の方だけだ。




葬式が済んだ後、家に帰り、早速引っ越しの準備を始める事になった。

引っ越しはまだ先の話だが、荷物整理など、出来る事からやっていく事にした。

上二人の子供にも手伝ってもらう事になり、子供は知らない事に、興味と不安があるようだが、手伝ってくれるのはありがたかった。

青空クラスは今、大きなステージに立つ事が決まり、練習を始めたばかりだった。

ここで二人が仕事を辞めてしまうと、全てダメになる。

引っ越し準備は妻に少し負担してもらい、スティーブンはとある所に行く事にした。




アーテル村は今現在、毎日の通勤で来ているだけだが、それなりに知っている村である。

村長さんの所へ行き、乳児院を辞めなくてはならない事を話した。

村長さんは、実に残念だと言い、新しく人材を雇うと約束してくれた。

実はもうすでに、あてはあるのだが、本人たちの意思を無視できないと、村長は言っていた。

村長の話によると、アーテル村の隣の村で、経営破綻する乳児院があるらしく、子供達も行き場が無いとされ、どうにか手を貸して欲しいと、話をされたらしい。

そこで、うちの村ではもう、手に負えない為、市街地のような大きい町に相談し、別の乳児院に入る子がすでに動いている、という話だった。

そこで働いていたカワウソ夫婦が、近々この村に引っ越してくる、という事まで、決定しているらしい。

そこでもしなら、カワウソ夫婦に頼んでみる、と、村長さんは提案してきた。

それならぜひ、お願いしたいと、スティーブンは村長さんに頭を下げた。

村長さんの家で、必要な話を全て終えると、スティーブンは家に帰り妻に話をした。

妻は理解してくれる能力が高い。

あっさりOKを貰った。

妻の桜のモットーは、人は助け合うもの、自分が出来る事があれば手を差し伸べてあげたい、だ。

あなたとの結婚もこの仕事も、自分にとって幸せな空間、だから大事にしたい。

そう思ってのOKらしい。

桜は出会った時から、決断するのが早く行動力のある女性だった。

スティーブンにとって、そんな彼女だからこそ、大事なパートナーとして選んだ。

この辺に関しては、スティーブンの目に狂いはなかったようだ。

さぁ、後は残りの時間で、すんなり行くよう、二人で手を合わせ、問題を一つずつ片付けていくのみだ。

スティーブンの不安は、少しずつ解消していった。




現在、スティーブンは実家に帰り、町医者をやっている。

病院の建物などはそのままだが、診療所と名称が変わった。

スティーブンの母とルーファスの妻、クラリッサがまだ資格を取っていない桜の代わりに、看護師や受付の仕事をしてくれた。

桜はお手伝いとして、病院に来ている。

幸い、学校も保育園も変わる事は無かった。

子供達も相変わらず元気である。

アイリーンとメアリー姉妹も、問題なく二人で暮らしているらしい。

時々、二人の母親、クラリッサが二人の様子を見に家へ行ったりしている。

人形のようにしか動かない人だが、ちゃんと母として、妻として、今も生活している。

同じ敷地内の兄の歯科も、少なめかも知れないが、人は来ているらしい。

診療所となった病院の方も、とりあえず来てくれている。

今まで働いていた乳児院の方は、カワウソさん夫婦に任せる事となり、少々一緒に働いて、仕事を覚えてもらったが、元々乳児院にいたからか、仕事を覚えたりするのが早かった。

ハムスターさんチにも手伝ってもらったおかげで、子供達も園も、問題なく引き渡す事が出来た。

今ではカワウソさん達が、力を入れて演奏を教えてくれていると、ハムスターさんから手紙が来た。

演奏会は、病院が休みの時にある。

今からとても楽しみだとスティーブンは思っている。




病院の前では、相変わらず噂好きのオバサンが、病院の噂を話していた。

散々、ルーファスの事を、サイコパスなんじゃないか?と、言っていた人の息子は、つい最近、殺人の罪で捕まった。

その時もルーファスのせいだの、散々悪口を言った後、家族で姿を消した。

ルーファスを変人扱いする人は消えないが、だいたいどこも、その家の方が問題を抱えている、という事実が明らかになった。

ルーファスが言うには、昔からこの土地は闇が深い者が集まりやすい、との事だった。

どこからともなく、住み着く住人は皆どこか、心に闇を抱えていたり、何か問題を抱えてやってくる人が多いとも言っていた。

もちろん、全ての人が当てはまる訳じゃないが、そういう人達、という人は、何か引き寄せられているらしい。

類は友を呼ぶとか、そんな感じだろうか?と、スティーブンは思った。

この国全体、そうらしい。

スティーブンはアーテル村やヴィオラ町の街並みを思い出していた。

空は大体、どんよりしていて、人々もどことなく元気がない様に見える。

元々、この国に生まれ育った人と、他国で生まれ育った人が入り混じるこの国は、周りの国からは、異文化の入り混じるハチャメチャな国と噂されている、と、どこかで聞いた事がある。

良い風に捉えるか、悪い風に捉えるかは、その人次第である。

そういえば、父も母もこの国の出身者ではない、スティーブンはそう、思い出していた。

隣の国から森を抜けてこの国に来た、と言っていたが、なぜこの国に来たのかは、一度も聞いた事が無く、知らなかった。

父か、または母か、それか二人に何かあったのだろうか。

自分が生まれ育った国を出て、暗い森を抜けて、こちらで結婚した理由。

何となくだが、ルーファスがこの疑問のカギのような気がした。

ルーファスについては、遺伝的な何か、と聞いている。

詳しくは聞けてないが、もしかしたら父か母も、この地に救いを求めてやってきたのかも知れない。

自分の中にある、闇と向き合う為、または闇を拭い去る為に。

そう考えたら、辻褄が合う気がした。

結局、負の連鎖はルーファスが受け継いでしまった。

そして今、父は亡くなり、母一人となった。

ルーファスとスティーブン、そして二人の妻に子供達。

いつか負の連鎖は、止まるのだろうか?

それとも、またどっかで顔を出してくるのだろうか?

スティーブンの脳裏に、姪っ子の姿が浮かんだが、今の所、二人の姪もおかしな所はない。

うちの子供達が受け継ぐのか。

それに気付いた時、どう接すれば良いのか。

スティーブンは考えた。

しかし、やっぱり、考えても無駄な事に気付かされる。

解決出来るなら、きっとルーファスだって、普通になっているはずだ。

噂話だってそうだ。

消せるならとっくに消している。

重要なのは、とりあえず自分の人生を生きていくだけだ。

病院の外にいる、噂好きのオバサン達はいつ家へ帰るのだろうか。

朝早くから、どこからともなく現れては、一日中、周りをウロチョロしている気がする。

患者一人一人に話しかけては、噂を広げようと、頑張っているようだ。

ずっとこの場所に張り付いて、噂話をして飽きないのだろうか。

毎日同じような会話をしていて、他に何か話題は無いのか?とも思うが、ビックリしてしまうほど、これしか噂とやる事が無いらしい。

全く、あきれ返るほどだ、と、スティーブンは思っていた。

この日は、妻の桜も受付に立っていた。

桜は桜で、今度行われる演奏会が楽しみだと話していた。

子供達が頑張った結晶なんだと話し、カワウソさん夫婦にも、スパルタ教育を継いでもらい、大満足、といった所だ。

患者にも、今度、こんなコンサートがあるのだと、話していた。

行けたら、気が向いたら、としか答えてもらえなくても、一人、嬉しそうだった。

こういう活動で、少しでも子供達が幸せになれれば、との思いで、今までやってきたらしい。

乳児院は人数が一杯、一杯である。

空きが無い状態であるにも関わらず、問い合わせは殺到していた。

一時的でも、と、短期間を希望していた親も、やっぱりもう少し長く、と言ってずるずる引きずっていた親もいる。

結局、そういう親とは音信不通になった。

親の愛情無く育つ子は、どことなく変わっていく子が多い。

そうならないようにと思い、出来る限りの事はしてきたが、やはり実親というものは、とても大きいものがある。

血の繋がりは、結構、子供に影響がある。

結局、父や母にとても似ている分、こうはならないと思っても、負の連鎖がやってくる。

園を卒業して、自分の幸せを掴む、となった時、上手く行かなかったと、報告してくる子もいるという。

救いの手を差し伸べてくれる誰かを探し、彷徨っているそうだ。

スティーブンの聞いた話の中では、何人かいるんだ、戻ってくる子が、との事だった。

他の場所では、どうなのかは知らないが、スティーブンの知っている範囲ではそうらしい。

心の闇というものは、誰にでもあるらしい。

それが出るか、出ないかだ。

ここの国の獣人達は、出てきた人達。

いつも、ルーファスが言う言葉だった。

「なんだか、普通の病院より、精神病院でもやったら良かったな」

病院の中でスティーブンはそう呟いた。

患者は居ない時間帯である。

噂話をする人達も、姿が見えなかった。

「腹減ったら、ちゃんとハウスに戻って、餌くってくるのか」

そう言ったのは、ルーファスだった。

「精神病院なんて、そんなの必要ない。闇だらけだからな、みんな気付かないだけで変人さ、まぁ、オレもだけどな」

「自分から、そんな事言わなくても」

「オレは、親父が育ててくれて、良かったって思ってるぜ、こんな獣人でも、生きられるすべを教えてもらったからな」

「兄貴は、どちらが何かこう、あれなのか知ってるのか?」

「何が?」

「父さんと母さんが、この国に来た理由とか、その、兄貴のその、アレとか」

「あぁ、知ってるぜ、母さんからの遺伝だ、それで反対されたけど、諦めきれずにこの国に来て、結婚したんだ。父さんも、まぁ、変わり者だったんだろうけどな。おまえは、父さんに似てるな、オレも、父さんにの所、あるけど。隔離遺伝もあるし、一概にどっちとは言えないだろう、おじさんに似たり、おばさんにも似るからな」

「そうか」

「父さんは、それだけ母さんを愛してたんだろ、あれでも結構、愛情深い父だった」

「まぁ、思い返してみると、確かにな」

「スティーブン、医者の仕事、辛くなる前にオレに相談しろよ、代わりの人を見つけてくるから」

「そんな“やわ”に見えるか?」

「イヤ、見えないけど、人はいつどうなるか分からん」

「辛くなる前にか、なかなか難しそうだな」

「まぁ、桜がいる間は、大丈夫だろうな」

「桜には、何度も助けられてるよ、本当、良くやってくれるよ」

「良い嫁さんだな」

「あぁ、オレにはもったいないくらいにな」

その時だった、病院の裏口が空き、中に誰か入ってきた

カツン、カツンと音を立て、その足音は二人の元へやってきた。

「ダディ、お花持ってきた」

「んっ、あぁ、アイリーンか、クラリッサに渡してくれ」

「分かった」

ヒール音が再び、病院内に響く。

足音の正体は、ルーファスの娘、アイリーンだった。

アイリーンは市街地にあるデパート内の花屋で働いている。

同じ花屋には、クリョーンキャットの女性、アリッサも働いている。

今回は病院に飾る花を持ってきてくれたようだ。

大きな花束を持って、ここまでやってきた。

その花を持って、今から歯科の方の母親の元へ届けに行く為、静かに歩いて行った。

スティーブンは、姪の仕事っぷりを、その父親に聞いた。

「ルージュ市のあのデパート、結構人も来るし、大変だろう?大丈夫か?」

「なんとかやっていけているようだ、アイリーンの話では、一緒に働いてる子は、何かと騒がしいらしいが、悪い子ではないようで、勤務時間に遅刻してくる以外は、問題ないようだ。さらに、最近では、その子の妹やら誰か、知り合いが店に顔を出してくれるようで、より賑やかで楽しい職場となっているそうだ」

「そうか、それは良かった、メアリーはどうだ?あんまり姿を見かけないが」

「あいつは病院が嫌いだからな、まぁ、元気にしてるよ、おまえが行く祭りに行くそうだ、クラリッサと、桜とおまえの子供達を連れて行くんだと、張り切っていると、クラリッサが言ってたな」

「クラリッサが?祭りに行くのに張り切るタイプだったのか?」

「何言ってんだ、桜だよ、張り切ってるのは、クラリッサは義姉さんが行くなら、と言ってるだけだ、アイリーンは仕事だから、子供達を連れてくならメアリーも連れて行く事にしたらしい、メアリーも、それならと行く事にしたらしいな」

「あぁ、桜か、メアリーに会えるなら楽しみが増えたな」

一瞬、あの、冷たく人形のようなクラリッサが、はしゃぐ姿を想像したが、物静かに「楽しみ」と言う姿しか、浮かんで来なかった。

桜がうかれてたのなら、話は分かるが…。

スティーブンは、ホッと胸をなでおろした。

あの、綺麗だが、人形のような顔で、生きているように見えない、冷静沈着な彼女のそういう顔は、想像出来なかった。

しばらくして、ルーファスは、スティーブンの元を去って行った。

毎度、毎度、気が向けば、顔を出してくれる。

気分転換になって、とても良い時間だった。

スティーブンは、兄も同じ気持ちだろうと、考えていた。

兄の事だ、他人と上手く付き合えず、ストレスがたまるのだろう。

だから余計に気を使わない相手が欲しいのだろうと思っている。

午後も相変わらず、噂話をする為に、どこからともなく、人が集まってきた。

午後の診察を、今か、今かと待っている人も中に入ってきた。

今は病院というより、スティーブンが入ってから診療所にしているが、昔からここを利用する人からは、「病院がここしかないから、助かるよ」とも言われることもあった。

スティーブンは、病院という名が昔から根付いている為、病院と自らも言う事もあるし、患者にそう言われても、ここは診療所と、言い直しを指せなかった。

町の小さな病院だから、と来てくれる人が大半だったからだ。

どんな噂が立とうとも、無くすことは出来ないと考えている。

診療所でも、役立っているからだ。

家族経営で細々と仕事をして、生活していく。

これがスティーブンの今の生活スタイルだ。

乳児院の時も、今の生活でも、他人と向き合っていくスタイルは変わらない。

生まれてきた所が、結局自分にとって最善の環境だったんだと、スティーブンは気が付いた。

スティーブンは、今も昔も、自分らしく生きている。

              第九話 終わり

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