第8話 過去編 ヴィオラ町 ラッテラパンファミリー
昔、まだヴィオラ町が二つに別れてなく、アスール クラロ町の土地も含めた大きな町だった頃、その夫婦は小さな病院を開いた。
父、母共に病院を経営し、兄弟はそんな両親に育てられた。
弟は特に問題なく普通の少年だったが、兄の方は少々変わった少年だった。
幼い時からなんとなく変な子供だった。
兄は周りから、『サイコパスではないか?』と疑がわられ、両親へ直接、『病院へ行った方が良い』と言ってくる者もいた。
それでも兄は、小学校も中学校も普通のクラスを卒業した。
勉学は特に問題なかった。
兄は医療にも興味が出ていたが、危険を避ける為、歯医者の方に進むようにと両親は進言し、病院の跡継ぎには弟の方へと託された。
しばらくして、高校、大学と卒業し兄弟は大人の階段を上った。
兄は両親の意思をそのまま受け継ぎ、歯科のへ道を進んだ。
それでも医学の方に対する興味を抑えきれず、親を説得し医学の知識も学び、親の病院を手伝う事もあった。
“サイコパス”と周りに言われ続けた兄は、平穏な生活をし問題は起こさなくなり大人しくなった。
しかし兄は昔から他の人が見えないようなものが見えると言ったり、意味不明な事を言ったりする事があった。
それらの症状はあまり改善しなかった。
夜中に歩き回り、独り言を呟いていた。
両親は何度も精神科へ連れて行こうかと話し合ったりもしたが歯科医の仕事はそれなりに真面目にこなしてくれた為、一回も精神科の受診はしなかった。
兄が結婚や子を望まないと思っていた為、全てが弟に委ねられた。
しかし兄は歯医者の受付をしていた女性と結婚した。
何があったか両親は分からなかったが、結婚してくれたのは予想外の事でとても嬉しかった。
その後、娘が二人産まれて、ある程度普通の家庭にみえた。
弟はプレッシャーが重たかったのだろう、最初は医学へは進まず、学校の先生や幼稚園の先生になりたいとそちらの方へ進み、資格を取った。
その後、父の勧めで医学の道も時間はかかったが、進んだ。
そんな兄弟の名は、弟はスティーブン・ホワイト、兄はルーファス・ホワイト。
ヴィオラ町に住む、ラッテラパンの兄弟だ。
弟のスティーブンは大学に通っている時、とある女性に出会い結婚した。
兄のルーファスが先に結婚してくれたおかげで、結婚については考えが楽になった。
兄の方が病院を継いでくれればと思っていたが、スティーブンは兄のルーファスに対して、昔から変な感じが拭えなかった。
仕方のない事だったが彼らの両親の期待が大きかった。
ルーファスの子供である姪子二人は、ごく普通の子供に見えるが兄の血が入っていると思うと、恐ろしく思えた。
ルーファスの妻は、いまいちどんな人なのか掴めない。普通の人にも見えるが、あの兄と結婚するような女だ。
普通に見えてももしかしたら兄のようにおかしな所があるかも知れないと、スティーブンは思っている。
“自分は普通に振舞わなければ、父や母の希望に沿うように生きなければ。”
スティーブンは頭がおかしいと言われながらも、好き勝手に生きている兄ルーファスが少々羨ましかった。
しかし、その気持ちを言葉にする事はなかった。
結婚相手は両親が気に入る女性を選んだ。
スティーブンとしてもある程度理解があって、両親に寄り添ってくれるとありがたかった。
もちろん自分の好きなタイプである事が前提だが、結婚相手選びは慎重にならざるを得なかった。
そして見つけた相手の女性は、まさに自分の理想通りだった。
結婚後、スティーブンと女性はごく普通の夫婦となった。
ヴィオラ町の隣、アーテル村で生活する事にして町にはほとんど行かないようにした。
乳児院で働く事にし、働きながら両親の希望をある程度聞けるようにした。
医学はそれなりに時間がかかるだろう。
どこまで応えられるか分からないが、とりあえず少しずつ進めていく事にした。
今は家や兄との接触は最小限に抑えたい。
スティーブンはそう思い、乳児院の仕事に力を注ぐことにした。
アーテル村にある乳児院は、0歳~3歳までのクラスと4歳~6歳までのクラスがある。
下の階と上の階で、経営者は違う。
乳児院と児童養護施設を兼ねている。
保育園と幼稚園をくっつけた感じだが、元々は保育園だったと、乳児クラスの先生が言っていた。
親がいない子があふれた為、保育園と幼稚園がくっついた施設として生まれ変わったらしい。
丁度、人手不足と言うので雇ってもらった。
夫婦でも構わないということだったので、二人そろって働かせてもらう事にした。
妻は、4歳~6歳の子供に音と触れ合ってもらう事に力を注ぎたいと言い出し、スティーブンも音楽の事を勉強し始めた。
しばらくは下の階の乳児院で働くハムスターの老夫婦に色々と教えてもらいながら“青空クラス”というクラスを丸々一クラス受け入れる事になった。
しばらくすれば仕事も安定してきた。
経理などの事は全く考えておらず分からない事だらけだった。
スティーブンの妻は、桜という名前である。
桜は名前の通りアーテル国の両親の元に生まれた女性である。
スティーブンは、両親がこの国に移住した為、この地で生まれ育っているが血筋は両親同様、外国である。
それでも結婚を許されたのは、両親はすでにアーテル国の人間として生きてきたからだ。
桜も自分達の事を受け入れ、父母の生まれ故郷にも興味を持ち、旅行や留学先に選んだ土地だった。
音楽に力を入れるのに丁度良かった。
そのおかげで色々な名曲と呼ばれる物を知っていた。
熱心に子供達に教え込むと子供達にも伝わり、応えてくれるようになった。
そんな風に過ごしていたある日、スティーブンの元に悲しい知らせが届いた。
自分に仕事を教えてくれたハムスターさんが、亡くなった、という知らせだった。
元々、会った時はすでにおじいちゃん先生だった。
奥さんはおばあちゃん先生だった。
おばあちゃん先生の話では自分もこの境に仕事を辞め、後は息子夫婦に委ねるらしい。
悲しい別れだったが、最後、葬式に顔を出す事を伝え、おばあちゃん先生と別れた。
良い人だった事を思い出す。
それと同時に、自分の父、母と重なった。
年齢は違うが両親はいつかこの世を去り悲しい別れとなる。
順番で行けば、残されるのは兄と自分だ。
いつかそうなった場合、自分もこの場所を去らなくてはいけないのか、と、考えると、だいぶ悲しい気分になった。
そして、兄の姿が浮かんだ。
変わり者、サイコパスと呼ばれた兄は、両親の死を迎えた時、涙など流してくれるのだろうか?
それとも、獣人とは思えぬ感情でも、表すのだろうか。
まだ、獣人らしい心を持っていると良いのだが。
ここの国の人達は、様々な国から来た人や、元々、この国で生まれ育った者、色々な種族がいる。
他の国では違うのかもしれないが、この国では0歳~6歳までの子は、赤ちゃんと表現される。
幼稚園生などを“幼児”とする国もあるが、様々な種族がいる為、年齢で乳児、幼児を区別するのは、難しいのである。
育ちが違う、という理由もある。
ので、この国は0歳~6歳までを赤ちゃんと呼んでいる。
青空クラスは、幼児クラスと称されている方が、自然かも知れないが、大きく、くくられている理由がある以上、勝手な事は出来なかった。
青空クラスでは、子によって多少、成長の違いが出てくる。
楽器を教えていると、上手く使いこなし、ちゃんとした音が出せる子と、成長が間に合わず、言葉すらまともに話せない子も出てくる。
そんな子が、上手く楽器を演奏出来るわけなく、失敗が多くなる。
そうすると、上手く出来る子は、上手く出来ない子に対して苛立つらしく、争いが起きる事もある。
上手く出来ない子が泣き出す、なんて事はしょっちゅうだ。
慰めるが、そうすると自分も甘えたい欲求が強く出て、先生を独り占めしているなど言い出す事がある。
そうなってくると、先生一人では大変な時である。
妻の桜が先生として、クラスの子供達のお母さん役も兼ねているのだが、人手が足らなくなる。
そうなってくるとスティーブンも先生として、クラスに顔を出し、収拾出来るか試す。
何人もの子供の相手はとても疲れるが、親のいない子達は、甘える場所を失ってしまう。
スティーブンは、丸く収まらない戦いを見て、日々、頭を下げている。
『あぁ、またか』と思いながら。
そういえば、兄は“母に甘える”という事をしている姿を見た事が無い気がした。
“自分が兄だから”とも思った事もあるが、兄らしい事をしてくれたか?と思い返すと、全くといって良いほど、兄らしくなかった。
サイコパスだの、精神異常者だの言われて育った兄は、弟から見ても変人のただ、それだけだった。
母が言っていた事を思い出すと、自分が生まれる前から、ほとんど甘えるという事はしてこなかったらしい。
周りの言う事は、全く意味が違っていても、何となくその言葉を知っている、という理由だけで使っている事も多い。
そう言われたからと、調べてみたら全然全く当てはまらなかった、という事があったらしい。
だから人の言う言葉は、全て鵜呑みにしないように気をつけたと、両親は言っていた。
兄が一体何者なのかは、分からないが、どこか、何かが欠けているのは確かだった。
とても扱いにくい人物だった。
今もあまり変わらないが。
“兄も誰かに甘えたいとか、考えたりするのだろうか?”
ふと、スティーブンの頭にそんな疑問が浮かんできた。
兄の立場になって考えてみたら、何か分かるのだろうか?とも思ったが、変わり者の気持ちなど、そう簡単には理解できなかった。
子供達は相変わらず、泣いたり叫んだりしている。
今は兄よりも、目の前の子供達の事だ。
スティーブンは、何も言葉を発しない子の元へ行き、声をかけた。
「大丈夫か?」
返事は返って来なかったが、顔から気分を読み取った。
“あまり大丈夫じゃなさそうだな、目の瞳孔が開いている、怖いのか?”
「大丈夫じゃなさそうだな、そうか、怖かったか、先生がいればもう大丈夫だ、よしよし」
頭を撫でると子供は俯き、目の瞳孔も、元通りになった。
“とりあえずこのまま、落ち着かせるか”
スティーブンは、周りを見渡し、子供達の姿を一人一人確認して、声をかけるべき子と、そうでない子を見分ける事にした。
夜になって家に帰ると、自分の子供達が出迎えてくれた。
男の子と女の子の兄妹だ。
兄妹の仲は普通といった所だ。
性格も言動も、そこまで変といった感じはしない。
兄の子供達が普通だった分、自分達の子供達に兄の影響が出るのでは?とスティーブンは思っていた。
とくに、男の子の方はもしかして、と思っているのである。
兄の方には男の子はいない。
男の子は母親に似ると、聞いた事がある。
となると、兄の血を受け継ぐのは、女の子となるが、姪っ子も自分の娘もその傾向はない。
これから先、また子供が生まれれば分からないが、今の所、安心できそうだと、スティーブンは安堵している。
穏やかな家の中、これが普通の家なのだろうと実感する。
両親も、本来ならこのような感じで、穏やかな家で暮らしたかっただろう。
まさか、最初の子が変人だと、誰も思わないだろう。
兄の存在については、邪険に扱う事も出来ない。
「家族」という考えが働くからだ。
ただ、「家族でなければ」とも、何度も思った。
両親も、言葉には出さなくても、どこかで思っていただろう。
そして、その思いが消えないだろう。
スティーブンの中で、「兄がいなければ」という思いはもう、何度も何十回も、数えきれないほど考えた。
そして、あの変人の兄は今、何を考えているのだろうか。
妻の桜は、夕飯を用意していた。
子供達はテレビを見ている。
スティーブンはソファーに座り、自分もテレビを見る。
テレビに映る内容はアニメだった。
子供達はテレビを見て、楽しそうに笑う。
「ねぇ、いまの、パパもみた?」
「このアニメ、すごいおもしろいでしょ?」
二人から聞かれる。
「あぁ、面白いよ」
ニコニコと笑っている兄妹は、何も辛さも知らずに生きているように見えた。
“スティーブン、そのアニメ、面白いか?”
“おもしろいよ?なんで?”
“オレには、全く分からないからさ”
“ふーん、へんなの”
そこで兄は黙ったのだった。
スティーブンは、兄との会話を急に思い出してしまった。
その時の兄の顔は何かを言いたそうな顔をしていた。
しかし、無視をした。
アニメに注目したかったからだ。
兄はその時、自分の横で黙ってテレビを見ていた。
両親は、仕事で遅くまで帰って来ない。
変人の兄は、気が付けばいつも近くにいた。
“もしかして”
今思い出した、思い出の兄の姿。
兄は両親がいなくて、寂しがるスティーブンの近くには、必ずいてくれた。
そして決まって一緒にアニメを見た。
兄は全く、面白そうにしていなかったが…。
“変人だと思っていたが、兄としての自覚はあったのかも知れないな。今まで、全く気が付かなかった。”
スティーブンは兄に対して、変人感覚が抜けず、ずっと普通じゃない、と思っていた為、兄の事は良く思っていなかったが、今の一瞬だけ、視野が狭くなっていた自分を恥じた。
“もう少し、考えを改めてみるか、確かに兄は変人だ、でも、どこかでちゃんと、獣人らしい感情を持っているのかも知れない。”
そう、思い始めた。
兄の行動に対して、何となく考えが変わった後、スティーブンの家に、姪っ子から電話がかかってきた。
電話の相手はアイリーンだった。
アイリーンは二人いる姪っ子のうち、姉の方だ。
妹はメアリーという名前である。
「どうした?」と聞くと、震える声で『グランパとグランマがたいへんなの』と返って来た。
姪っ子が言う、グランパとグランマというのは、スティーブンの両親の事だ。
また、兄絡みか?と聞くと、『ちがう』と返ってきた。
『とにかく、家に来て』と言われた。
夜のこんな時間に?一体なんだ?と思ったが、仕方なく「分かった、今から行くから、アイリーンはメアリーと一緒にいなさい」と言うと、『分かった』と言って電話が切れた。
アーテル村からヴィオラ町まで、交通手段はバスしかないが、バスはもう走ってないだろう。
“仕方がない、タクシーで向かうか”
スティーブンは、家にタクシーを呼び、ヴィオラ町へ向かった。
家に行けば理由はすぐに分かった。
病院内に響く妊婦の声。
スティーブンは“なるほど”と思った。
病院の裏に回り、兄の家を目指した。
大人の姿は見えない。
多分、患者についているのだろう。
しかし、産科も無い病院に、妊婦とは随分な話だ。
病院の裏口から中に入ると、兄がいた。
「どうした?」
「スティーブンか、あぁ、クラリッサがアイリーンに指示を出していたのは見たが、おまえがここにいるという事は、クラリッサの指示ではなく、アイリーンの独断か、ちょっと外で話そう」
クラリッサとは、兄の妻の名前である、という事は、電話は姪っ子の独断である事を兄は悟ったのだと気付いた。
兄の言う通りにする為、スティーブンは兄の後ろを歩き、外に出た。
病院を少し離れると公園に入った。
「これ、家の鍵だ、娘がおまえに電話したという事は、危険だと思ったからだな、確かに今、随分な状況だ」
「うちは産科なんてないだろう?」
「そうなんだが、バカな夫が連れて来たんだ、救急車も呼ばず、歩かせてきた。歩くのは困難だが、少しずつ、休み休み連れて来たんだろう、腕を引っ張ってな」
「状態は?」
「かなり悪い、難産な上に、夫がバカだからな、ありゃ奥さんも中の子もダメだ」
「そうなのか?」
「まぁ、あまり出回っている話じゃないが、夫側がな、DVなどしてる」
「DV!?妊婦にか?」
「あぁ、まぁ、他にも問題はありそうだがな、それより、おまえ、あの計画を覚えてるか?」
「計画?」
「あぁ、オレが考えた計画だ、地下に巨大シェルターを作るってやつ」
「なんだ、その話か、そういうの止めてくれよ、近所の目が気になって仕方がない」
「そんなのオレは気にしない、気にしてどうする?奴らなんて、楽しい噂話が出来れば良いだけだぞ」
「うちは病院なんだ、分かるだろ?」
「何がだ?患者が来なくなるって話か?それなら気にしなくて良いだろう」
「全く、いつもそうだ」
「なぁ、そんなに色々と気にして、疲れないか?」
「兄貴に常識とか話しても、ダメだったな、話はこの辺にして、アイリーンとメアリーの様子を見てくるよ」
「あぁ、すまねえな」
兄の言葉はときより変で、ときより普通になる。
意味不明な物を作ったり、実験として、何か色々と生き物を捕まえては殺したり。
人の気持ちに寄り添えないとも言われたり、言動が変だから、不気味など。
今回も、精神異常者の為のシェルターを作る、と言っていた。
実家とは離れているが、両親に孫を見せる為、遊びに来る時もある。
今回、話していた内容は、三ヵ月前に聞いた。
元々、遊びに行くたびに、計画は聞かされていた。
またか、と思ったが、とりあえず言えるべき事は言い、言った所で無駄なのは分かっている。
スティーブンは、ため息をつき、兄の家へ入って行った。
鍵を開けて中に入る。
物音を聞いたのか、アイリーンが顔を出した。
「アイリーン、大丈夫か?」
「うん」
「メアリーは?」
「ねてる」
「そうか」
「ダディは?」
「さっき、一緒に公園で話したよ、叔父さんだけ、アイリーン達の様子見にこっちへ来たんだ、多分、病院の方へ戻るだろう」
「ダディはホントは、とてもしんぱいなのよ、そして、とてもこわがりさんなのよ」
そう言ってアイリーンは、スティーブンに抱き着いた。
「君たちの部屋へ行こう」
そう言ってスティーブンは、子供部屋を目指した。
アイリーンはごく普通の女の子だが、どことなくアイリーンとメアリーの父であり、スティーブンの兄、ルーファスに似ている所がある。
ルーファスより、普通の感覚を持っているようだが、やはり少々、不思議な感覚で生きているらしい。
メアリーは、姉よりさらに、普通の女の子だ。
今は部屋ですやすやと寝息をたてている。
「さっきまでねてたんだけど、家のカギが開いた音が聞こえて、目がさめたの、おじさんだと分かったから、そっちに行ったんだ」
アイリーンの言葉を聞きながら、子供部屋に入る。
「とりあえず、ここで叔父さんと一緒にいよう」
「うん」
病院の音が結構響いてくる。
騒がしいというのは、だいぶ失礼かもしれないが、結構、尋常じゃない。
確かにこれは、子供にとっては苦痛だろう。
状況も分からないだろうし。
メアリーは深く眠っているが、アイリーンは目が覚めたと言っていた。
二人はくっついて、離れないようにしていたのだろう。
妹を落ち着かせ、自分も目を閉じた。
しかし、眠りは浅かった。
姉という立場で、あまり甘える事が出来ないのだろう。
大人には少しくらい甘えたい。
とくに、自分を理解してくれる人には、余計そう思うだろう。
兄、ルーファスがそうだったのだ。
変わり者だの言われ、本人にしては、そこは気にしない所でも、他の部分でバランスが崩れる時がある。
それは「兄らしくしていろ」という言葉だ。
父はよく、兄に「変人と言われて嫌じゃないのか?もう少し、周りの人の事も考えろ、弟の見本になるように、兄らしくしていろ、弟にはおまえと同じように、変人扱いされないようにしろ、変人は二人もいらない、おまえだけで充分だ、せめて兄らしく、弟を守れ、分かったな」と言っていた。
ルーファスは意外に憶病で、その部分を人に見せる事はしない。
変人と言われても動じないが、普通の子供らしくしろと言われると戸惑う。
そして、何より弟の傍にいるのが好きだった。
理由は簡単である。
「おまえは、オレになにも言わない、なにか言ってくる事はあっても、親父みたいにうるさく怒鳴らない」からだ。
父に怒鳴られ、母に叱られ、居場所のないルーファスは、弟、スティーブンの傍に寄り添う事で、癒しを求めた。
怖くても人のぬくもりがある。
弟を守るように見せて、実は自分が怖いから、くっついていたいのだ。
しかし、それを素直に口には出せない。
だから弟のせいにするのだ。
「こわいだろ?一緒にいよう」と、お決まりの言葉を言って。
なぜかスティーブンにだけは、兄のその気持ちに気付く事が出来た。
ふと、アイリーンの寝顔に、兄の幼い日の寝顔を重ねてみた。
「アイリーン、君の父親は怖いか?」
「ダディより、グランパやグランマの方がこわい」
目を瞑りながら、応えてくれた。
「眠れないか?」
「グランパとグランマがどなってるから」
「君は本当に、兄貴にそっくりだ」
「ダディの子供だから、当たり前でしょ?」
「そうだな」
そう言って、スティーブンはアイリーンを抱きしめ、体を横たえた。
床に転がるしかなかったがしょうがない。
アイリーンもスティーブンを離さない。
変わり者にも、それなりに感情はある。
獣人として生きている。
普通の人に比べて、欠けている部分はあるかも知れないが、それを理解して付き合えば、どおってこともない。
兄と一緒にいて思うのは、兄も多少、普通の感覚を持っている、という事だ。
皆、それを受け入れられないだけだ、そんな気がする。
スティーブンも、たまに人の気持ちが分からない時がある。
人はけして、全て同じじゃない。
だからこそ、多少理解出来ない人物もいる。
それは、しょうがないのでは?と思っていた。
子供達と接してると、実に様々な子がいるのが分かる。
子供だから、絶対にこうだろうは通用しない。
大人でさえ、色んな人がいる世の中だ。
子供だってそうである。
普通という型にははまらない子もいる。
普通にはまり過ぎている子もいる。
ようは、全て個性の範囲なのだ。
ただ、それだけだ。
「スティーブン、オレはそんなにおかしいのか?」
「うん」
「どの辺が?」
「色々」
「ふーん、おまえはじゃあ、なんでそんなオレと一緒にいるんだ?」
「さみしいから、かな」兄がとは、口に出来ないと、分かっていた。
「スティーブンは寂しいのか、そっか、じゃあずっと、一緒にいてやるよ、離れるなよ?」
「うん、大丈夫だよ」
「この家、出るのか?」
「親父やおふくろが、うるさいからな、それにもう、寂しくないから」
「また、いつでも遊びに来いよ?二人で喋ろうぜ」
「おう、分かった、またな」
「シェルターを作ろうと思う」
「何のだよ」
「この世界は、精神異常者は、存在自体、消されるから」
「たんに、異常者は怖いんだろ、良く分からなくて」
「だから作るんだ、隔離しとけばイイだろう、闇が深い者同士、一緒に居られるハズだ」
「なんだそりゃ」
「スティーブン、いずれ娘達はこの家を出て行くと思う」
「そうか」
「オレは無理だから、娘達を守ってくれ、とくにアイリーンをな」
「分かった」
「おまえだけが、オレの理解者だ、助かるよ」
「変わり者も、大変だな」
「別に、その辺は、なんとも思わない」
「兄貴」
「なんだ」
「結婚するよ」
「良かったな」
「相手は、この国の生まれの人だ」
「へぇ」
「親父達も賛成してくれた」
「珍しい」
「俺の事は、とくにうるさく言って来たのにな」
「同じ国同士の者じゃなきゃ、ダメだとか言うと思ったんだが」
「俺も思ったよ」
「おまえには、甘いな」
「兄貴は、俺以上に厳しくされたもんな」
「そうだな」
「兄貴、大丈夫か?」
「何がだ?あぁ、スティーブン、幸せになれよ」
ずっと、真っ暗闇の中、昔の記憶だけ蘇り、兄弟の会話のみが、頭の中で再生されていた。
幼い日の事
学生生活が終わった日の事
長期休暇で、帰って来た日の事
スティーブンが結婚する時の事
しっかりとした日時とかは覚えてないが、二人の子供部屋で話をしていた。
それだけは覚えている。
いつか、気付いた事がある。
父親こそ、今は普通だが、兄以上に変人だったのでは?と、それを、祖父母に締め付けられ、教育され、その性格を表に出せなかったのでは?
それが息子に移り、好き勝手させたい気持ちと、世間体を気にした祖父母の思いとかがぶつかり、怒りになった。
たまに自分に対して、言い聞かせるように、兄に言う時がある。
小さい時は、意味不明だったが、大人になってやっと分かった気がする。
父の葛藤。
だから兄は、父に散々言われても、好き勝手、生きてきたのでは?
母もその辺、理解してるのでは?
何も知らないままなら、兄を頭のおかしい奴扱いして、手元に置いておくのは気になる。
母は、手放さず、自分の手で育てた。
近所には、嫌な事言われ続けながら、今まで生きてきた。
父と母、何かを隠すかのように、普通の人を生きてきた。
“この国は、我々のような者でも、受け入れてくれる所だ”
昔、父が母と話していた時の言葉だ。
“だからいずれ、ルーファスも大丈夫だろう、ここにいれば”
廊下で聞いた、父の言葉だった。
今になって思う。
案外、血筋なのかも知れないと。
父に似るか、母に似るかで別れるが、分かる事はただ一つ。
どちらに別れても、理解し合える。
うちは多分、そういう家庭なんだ。
だから自分達も、そして姪っ子達も大丈夫だ。
父と母もきっと、隠している部分に、何かあるのだろう。
どことなく似る、家族の面影は、受け継がれていくのだろう。
スティーブンは、そう思っていた。
目を開けた時に見えた、アイリーンの顔。
“兄貴、大丈夫だ、寂しがらなくて良い、俺がいるよ”
部屋をノックする音がした。
「オレだ、スティーブン、起きてるか?」
「今、起きた、大丈夫だ」
「下に下りてこい、朝食、軽く食ってけ」
「分かった」
アイリーンを起こさないように、体を起こし、スティーブンは部屋を出た。
下に行くと、兄嫁のクラリッサの姿があった。
随分、冷たそうな女だった。
「おはようございます、娘が迷惑かけたようで、すいません」
「いや、別に構わないよ」
「お気遣い、ありがとうございます」
スティーブンは人形と喋っている気分だった。
“兄らしいな、人じゃないみたいだ、愛想というものが見当たらない、しかし、兄には丁度良いのだろう。”とスティーブンは考えている。
「兄貴、飯食ったら帰るよ、大丈夫か?」
「あぁ、落ち着いてきた」
「んじゃ、ま、食うか」
そう言って、ダイニングにある椅子に座り、食事を始めた。
スティーブンは、自分の目の前に座った兄を見た。
兄、ルーファスは自分の妻を見て会話している。
「ストロベリージャム、それと、ミルクとシュガーをくれ」
「はい」
ルーファスとスティーブン、二人の目の前には、パンとコーヒーが置いてある。
こんがり焼かれたパンに、バターを塗って、コーヒーをブラックで飲む。
それがスティーブンの食べ方だが、兄はジャムとカフェオレスタイルらしい。
どことなく、妻に甘えているように振舞う兄は、昔よりどこか丸くなった気がする。
「なに見てんだ?口に合わないか?」
「いや、大丈夫だ、おいしいよ」
「そうか、あっ、クラリッサ、これ食べたら少し休む」
「分かりました」
スティーブンは朝食を食べ終わると兄達の家を出た。
兄は自分の嫁に、母に甘えられなかった幼少期の思いをぶつけているように思えた。
母に甘えられなかった分、妻に甘えるのは別におかしい話ではない。
兄の奥さんも良く分かっているようだ。
スティーブンは、家に帰宅し、妻、桜に説明した。
妻は一言、「大変だったわね」と言い、家事をしに戻った。
あれだけの叫び声を出せるなんて、よほど苦しかったのだろう。
DVや色々と問題のあった夫婦だった。
夜の、静かな時間に病院で叫ばれればだいぶ響く。
今回は、色々と巻き込まれた、と、思うものの、変わり者のいる病院で起きた事となれば、近所は騒がずにはいられないだろう。
元々、噂好きの人達が、あの辺には一杯いる。
昔は、あるない関係なしに、噂をたてられた。
兄の事以外にも、沢山の噂がたった。
病院をやっているのが、そんなに気に食わないのだろうか?
噂を流して何になるのだろうか?
スティーブンには、意味が分からなかった。
毎日、仕事をし、休日は家族と過ごしたり、忙しい日々をおくっていた。
あの件以来、やはり噂は増えた。
毎日、毎日、色々と言われてるのだろう、子供達の様子も気になり、一人で会いに行くが、日に日に噂が広がっていっているように思える。
それでも患者は来てくれるみたいだが、何となく減った気がする。
皆、大きい病院へ行ってしまうらしい。
兄の言っていたシェルターが完成したと、兄が言っていたが、見せる事はしない、と言われたので、一回も見た事はない。
あまり見る気も起きなかったので、兄が見せる事はしない、と言ってくれたのには、正直嬉しかった。
スティーブンはこれから先、未来について、思いを巡らせた。
平穏無事な日常であって欲しい。
スティーブンの願いはただ一つだった。
第八話 終わり
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