第7話 アーテル村 モグラファミリー
アーテル村の丁度中央部に、極小ながらも縦長の家が建っていた。
“モグラハウス”と呼ばれているのは、モグラファミリーが住んでいるという理由と「土の中にあるモグラの家」にとても似ているからである。
その家からモグラファミリーの大黒柱のお父さんが出てきた。
家の敷地内に小さな家がある。
盛り上がった土の上に芝生が生えているような外観のその家は、お父さんが建てた、ちゃんとした小屋である。
その中にはハリネズミの赤ちゃんが一人で住んでいる。
今は家にいる時間だと思うが、物音がしない為、お父さんは窓から中を覗き込んだ。
住人は小さな寝袋で寝ているようだ、それを確認し、お父さんは空を見上げた。
空は相変わらず、どんより雲のかかる天気だった。
ハリネズミの赤ちゃんが一人でモグラさんチを訪ねて来た時、お父さんはすぐに小さい家を建てようと思いついた。
何かの事情があり、自分の家へ来たのだろう。
それなら全力で力になるだけだ。
お父さんはアーテル国の村長であり大地主である。
若い時に建築関係に興味を持ち、今では資格も取った。
お父さんの家は元々、先祖代々地主と村長をしている。
この村が作られた時、率先して動いていたのがお父さんの先祖の方で、村長さんをやってくれと村の人から頼まれたのがキッカケで、長々と村長兼大地主として、この土地に住んできた。
その事があり、お父さんはまだ自分の父親が生きていた頃、建築関係に進んだ。
その後、自分の父親の死後、土地と村長という肩書を継いだ。
そんなモグラさんが思う村長というのは、村の長である以上、村の事を沢山知らなければならない。
こうして朝、日が昇り始めた頃、お父さんは家の敷地内に住むハリネズミの赤ちゃんの様子を窺ってから朝の散歩に出かけた。
家から出て歩き始めた時、辺りを見渡すことを忘れてはならない。
家は村の中央に建っているが、その場に家を建てたのは先祖である。
村を見渡せるように、と思い、その場所を選んだという。
まだ村人も少なく、村長の周りに家を建てたいという者ばかりだった。
土地は全て管理していたが、いつからか管理しきれなくなってしまった。
そんな時、目の前に現れたのは、コアラさんの先祖の方だった。
外国からはるばるやってくる人々の方の為に、土地を売って欲しい、との事だった。
二人で話し合い、モグラさんチの所有する土地を半分、コアラさんに譲った。
それからずっと、コアラさんチとモグラさんチで、村の土地の管理をしている。
お父さんは、そんな昔話を思い出しながら、コアラさんチを見つめた。
コアラさんの土地は、全てコアラさんに任せている。
今の所問題は発生してない。
お父さんは次の場所へ向かった。
土地を買いたい、借りたい。
家を建てたい、借りたい。
そう相談されれば、相手と話し合いの席をもうけ話をし、売ったり貸したり。
土地の話だけでなく、村の問題が出来れば、解決出来るかどうか、確認しに行く。
解決出来なければ、それなりにまた動かなくてはいけない。
他の村や町なども、交流を深めたりもしなくてはいけないし、やる事は一杯だ。
建築の方の相談も来るし、実際、自分が家を建てるのを手伝う時もある。
お父さんは忙しく動いている。
散歩途中でも周りを注意して動き、何かあれば解決策を練る。
一時間ほどじっくり見て回り、家に帰宅した。
家の中に入ると、朝食の匂いが充満していた。
換気はある程度出来ているものの、小さい部屋の中に匂いはある程度残る。
けして嫌な臭いじゃない。
むしろ良い匂いだ。
食欲を掻き立てる。
「おはよう」と台所にいる妻に声をかけると、その声を聞いて妻が振り向き、「あっ、お父さんおはよう、と、おかえり、ね」
「ただいま」
お母さんはガス台の前で味噌汁を作りながらお父さんに話しかける。
顔は味噌汁を作る鍋の方を向いている。
「朝の散歩、どうだった?」
「これといって、異常ない」
「そう、良かった」
味噌汁が出来上がったようだ。
火を止め、お母さんは鍋から味噌汁を器に盛った。
木のぬくもりが伝わってきそうなテーブルは、足が短い。
イスも同じように足が短い。
いつも自分が座っている席に腰掛けると、味噌汁が目の前に置かれた。
白いご飯がよそられ、また、目の前に置かれる。
おかずはすでにテーブルの上に置いてあった。
極小の家はすごく狭い家という意味である。
縦長ではあるが、家の中は狭い。
そこに木のぬくもりが感じられるダイニングセットを置こうと考えたのは、インテリアコーディネーターの資格を持つ、モグラさんの妻だった。
モグラさんの妻は、本を出すほどインテリアに関してセンスがあり、また、選ぶものはその家に適した物を選んでくれる。
実にうまい人である。
そんな妻が選んだ家具は、どれも極小の家に丁度良く収まった。
モグラファミリーは、広い家を好まない。
その為、ずっと極小住宅に住むモグラさんの妻は、そんな家で暮らし、どのような家具が良いか、良く分かっていた。
だからこそ家は、極小であっても快適に暮らせた。
妻はインテリア関連の本を出したが、そんな妻だからこそ出せたのだろう。
広い家なら、それなりに家具を置いても大丈夫だが、狭い家だと置ける家具が限られてくる。
そこで妻が役に立つと、評判が評判を呼び、今ではそれなりに本の売り上げがある。
数冊であるが、シリーズ化もされた。
「村長さんの奥さんは、さすがね」と、よく言われるようになった。
二人はアーテル国では早婚が多いと言われる中、晩婚で結婚した夫婦だった。
しかし、特に問題なく、夫婦として暮らしている。
子供は十歳の男の子と六歳の女の子である。
小学校に通う子と幼稚園に通う子がいる。
その子供達もぞろぞろと起きてきて、ダイニングに集まってきた。
まだまだ眠たそうな顔を、一生懸命起こそうとして、目をこすったりしている。
子供達は両親の姿を見て、「おはよう」と声をかけ、両親たちも子供達の声を聞き、「おはよう」と声をかける。
それぞれの席に座り、目の前に味噌汁や白いご飯がよそわれた器が置かれる。
子供達もそれぞれ箸を手に取り、食べ始める。
お母さんも自分の分をよそい、テーブルへ置いてから空いている席へ座った。
先に朝食を食べていたお父さんは食べ終わると食器を下げて「ごちそうさま」と言ってダイニングを出た。
そのまま玄関へ向かい、再び外へ出る。
小学生の交通誘導を行う時間だった。
早めに学校へ行く子は、もうすでにチラホラと、歩道を歩いている。
子供達を守る為、自主的に危ない所へ行き、通学路に立ち、交通誘導をしながら子供達の姿を確認する。
それも“村長の仕事”とお父さんは捉える。
小さい村の中、毎日、何か起きては大変だと、見回りを欠かせずにいる。
朝の登校時間が終われば、また家に帰る。
建築家として仕事をしなければならない。
子供達、一人一人の様子を確認し、「いってらっしゃい、気をつけてね」と声をかける。
学校に通う子、全員の姿を見る訳じゃないが、ある程度多くの人が通る道を選んでいる。
午前、八時三十分を過ぎた頃、人気は消え、お父さんは帰路についた。
道で遅刻組の子供とすれ違うと、「気をつけて行きなさい」と、声をかける。
走って行ったりするので、非常に危ない。
学校は九時頃から始まるにしても、八時四十五分頃に校門が閉まる。
朝礼もある為、それまでに入っておかないと、先生から怒られてしまう。
子供の数は少なくても、規則は規則だ。
村長さん、地主さん、大家さん、建築家の土屋 竜男氏、夫、お父さんなど、沢山の呼び名があるモグラさんは、村民からはモグラさん、建築関係からは土屋さん、家ではお父さんと呼んでもらうようにしている。
何とかその三つなら、誰がどんな用事で呼んでいるのか、分かりやすいからだ。
家に帰ると、早速、妻から「お父さん、電話がありましたよ」と言われた。
妻の事は、家ではお母さん、外で家族以外ではウチの妻と呼んでいる。
お母さんは、家で家事とインテリアコーディネーターの仕事をしている。
「分かった」と、お母さんに言うと、お母さんは自分の仕事を片付けに、その場を離れた。
お父さんは茶の間にある電話に向かって歩いて行った。
お母さんはベランダに行き、洗濯物を干そうとしていた。
お母さんはあまり日に当たるのが好きじゃない。
アーテル国は、どんより天気の事が多く、助かっていた。
雨が降らなければ、洗濯物は乾いてくれるし、このくらいの天気が良いわ、と、思っていた。
お母さんがベランダにいると、家のチャイムが鳴った。
慌てて中へ入り、玄関まで行った。
チャイムを鳴らした人物は、黙って待っていた。
毎日、毎度、朝起きたら朝ご飯を食べる為、その人物はそこに来るが、時間だけは決まっていなかった。
玄関を開けると、外にはハリネズミの赤ちゃんがいた。
赤ちゃんといっても、幼稚園や保育園に通うような年齢の子である。
お母さんの顔を見るなり、「おはようございます」と挨拶をした。
「あら、いらっしゃい、台所に先に行っててね、洗濯物を終わらせてくるから」と、言うと、お母さんは大きくドアを開けた。
「はい」と子供が返事をし、中に入る。
それを見てお母さんは、子供が家の中に入るのを見守ってから玄関を閉め、ベランダに戻った。
台所では、ダイニングテーブルの赤ちゃん用のイスに座って、お母さんが来るのを待った。
茶の間ではお父さんが電話をしていた。
洗濯物がようやく片付き、お母さんは台所へ入ってきた。
この子を家の敷地内で暮らさせて、いくらくらい日にちが経っただろう。
まだ、二、三ヵ月くらいだろうか?
それとも、来てまだ間もなかっただろうか?
何せ、毎日忙しく仕事を片付けているので、精一杯だ。
お母さんは、まぁ、良いか、と思い直し、残っていた味噌汁を温め直し、おかずも冷蔵庫から出し、温めた。
ハリネズミの赤ちゃんは、幼稚園に通ってはいない。
自分の子は先ほど、学校へ行き、幼稚園に通う子は幼稚園の指定の場所に連れて行き、後は集団で歩いて幼稚園に向かう。
それを見送り帰って来た。
朝ご飯の用意、朝食、洗濯機の中に洗濯物を入れ、スイッチを押し、子供を学校に行かせ、その後すぐに下の子の幼稚園へ行く準備をし、家を出る。
帰ってきたら洗濯物を干し、その前に今日はお父さんあてに電話が来たのでそれを取り、要件を聞いた。
そして洗濯物を干した。
その途中にこの子供が来て、家にあげ、ベランダに一回戻り、また台所へ戻って来た。
そして今は子供の為に食べ物を温め直した。
テーブルに再び食事が並べられる。
子供は全て並べられると、「いただきます」と言って食べ始めた。
幼稚園なり保育園に連れて行くなら、一緒に朝ご飯を食べさせるが、そういう事はしていない。
この子は、家の敷地内に住んでいるだけで、自分達の子ではないからだ。
施設に預ける事も考えたが、お父さんはそれをしなかった。
代わりに家を建ててやった。
小さいが本格的に生活が出来る。
子供に一人で生活させる為の知恵をつけさせた。
厳しいが、そうする事で夫婦の話し合いは終わった。
どこも満杯という答えが返ってきた為、しかたがなかった。
まだ、出来ないことは沢山ある。
少しずつ出来るようになったら、また新しい事を覚えさせることにした。
どこも、手一杯である。
朝ご飯を食べると、家を出て行った。
「何かあれば、直ぐに連絡してね?」と言って見送った。
「はい、ありがとうございます」と言い、ハリネズミの赤ちゃんは出て行き、玄関の戸が閉まった。
重たい戸は、お母さんが少し手を貸し、姿がいなくなってから手を離し、バタンと戸が閉まった。
お母さんも家事をする為、家中を歩き回る。
お父さんはいつの間にか電話が終わっていたようで、仕事をする為、書斎に行ったのだろう。
お母さんはお母さんで、家で仕事をする為、自分の部屋がある。
家事の合間にインテリアコーディネーターの仕事をしている。
外に出て仕事をする事もあれば、家で済ませる仕事もあるからだ。
一旦、部屋に籠ったと思えば、お茶をすすりにキッチンへ。
その後、お父さんの書斎へ。
お茶と茶菓子を差し入れ、お母さんは自室へ戻った。
近所の人や知り合いから、家で仕事をしていると、とか、お父さんといつも一緒だと、とか、言われた事は何度もある。
“見知らぬ子を受け入れて”とも言われる。
人が良いだのなんだのと、羨ましいわぁ、と言う人もいる。
“羨ましい”という言葉の裏には、どんな言葉が隠されているのやら。
どんな家だって家庭だって、それぞれに事情がある。
家事をやらなきゃいけないし、地主など言われても、働かなくてはならないのには変わりない。
『アンタの家はお金持ちなんだから、ちょっとくらい良いでしょ?』と、変な言い訳を良い、家賃や土地代を払うのをしぶるひともいる。
地主だろうが、大家だろうが、お金持ちだろうが関係ない。
働かなくてはならないのだ。
子供が一人、家の前でしゃがんでいた事もある。
両親の帰りを待って、知らない家ではなく、知っている人の家の前で、寂しそうにしていた。
『村長さんのお家だから来た』と、言われれば、入れない訳にはいかない。
だから仕方が無く、招き入れた。
お人よしではない。
ハリネズミの赤ちゃんの事もそうだ、身勝手な親のせいで、一人ぼっちになってしまった子を、ほっとく事が出来なかった。
『裕福なお家に拾われて、良かったわねー』なんて言う人がいる。
何を勝手に言っているんだと思う。
『ウチでは絶対に出来ない』と言われれば、心の中で“絶対に出来ないではなく、絶対に関わりたくない”とか“絶対に助けない”とか“絶対に受け入れない”だろう。
そして、押し付けてくるのだ。
『村長さんに、相談してみなさい』
『言ってみなさい』
『話しかけてみなさい』と、言うのだろう。
“村長へ押し付けよう”が、心の声だろう、と、思っていた。
お父さんが朝、夕の子供達の見回りも、事故が多いと口々に言いながら、誰も何も言わないしやらないからだ。
もちろん、村長だからこの村を守るためにやっている事だが、なんだか嫌味を含んだ言葉を聞いてしまうと、だったらそっちで解決するよう動いてくれればという気持ちにもなる。
お父さんは村長、地主、大家、建築家。
お母さんはインテリアコーディネーター、村長夫人として、仕事やその役割には責任とやりがいなど、必要な気持ちはちゃんと持っている。
好きでやっている部分もある。
しょうがなく、という部分もあるかも知れないが、それでもやるからにはやるべきことをやり、手を抜かないようにしている。
多少、手を抜いたら?とも言われるが、手を抜いても大丈夫なら手を抜くが、手を抜けない部分ばかりなので、そのままやっているのだ。
生真面目と言われたり、疲れないの?とも聞かれるが、そういう性分なのでしかたがない。
そして、そう心配するなら、手伝ってくれるのか?とも、お父さんもお母さんも、お互いの心の中で思っている。
言ってしまえば、そこに答えが丸見えなので、言わないようにしている。
『村長さんの仕事、奪っちゃったら悪いからー』という言葉の裏に、『やりたくない』という言葉が、見え隠れしているように見える。
お父さんもお母さんも、だから働き者と称されている。
“村長として、皆の為に”という言葉が頭をよぎるが、実際、ひいじいさんの好きなセリフだった。
それが、じいさん、父親と受け継がれている。
お父さんは、子供達には自由にしてもらいたいと思っていた。
やりたい仕事があったら、そっちの方面へ行ってもらいたい。
そう思っている。
実際、今現在、皆の為に、とは確かに思うが、それを押し付けたくはなかった。
自分が押し付けられて嫌だったからだ。
時代は変わりつつある。
子供達にには、子供達の時代があるだろう。
そこで、古い考えばかりではなく、新しい時代に合った考えを持って欲しいと、思っていた。
「ふぅー」と大きなため息をつき、お父さんは書斎から茶と茶菓子の入っていた袋が乗った物を持って、台所へ来た。
ゆのみをシンクに入れ、ゴミはゴミ箱へ。
菓子皿はテーブルの上に置いた。
仕事ばかりだと息がつまる。
ちょっとした気配りはお父さんにとって、すごく嬉しかった。
茶の間に行って椅子に座り、テレビをつけるとニュースが画面に映った。
今時のニュースは、事件、事故など、いわゆるニュース番組というものと、若者や主婦向けをターゲットにした情報番組のようなものがあるが、簡単なニュースを読み上げると【話題沸騰!!】などという言葉がテレビ画面に踊った。
これはいわゆる、若者や主婦をターゲットにした番組なのだろう。
「今、話題の便利グッズ!!」と、アナウンサーの喋り声が聞こえる。
緩やかな午後を迎えようとしていた。
お父さんのお腹は、まだ“ぐぅ~”と鳴らない。
お腹が鳴ったら“男の料理”をやるつもりだ。
最近テレビで、チラホラ見かける【男の料理番組】を見て、やってみたくなったからだ。
誰に食べさせる訳じゃない。
自分で作って自分で食べるだけだ。
不味くても誰に迷惑がかかるわけではない。
もちろん、やるからには材料も自分で選び、ウマい飯を作るのが目標だ。
家にはそれなりに準備しておいた食材がある。
お母さんに言って、あらかじめ「これは使わないで欲しい」とお願いしてある。
お母さんも協力してくれている為、お父さんは好き勝手出来る。
お父さんはお腹が空くのが楽しみだった。
玄関のチャイムが鳴った時、お父さんはテレビに向かって独り言を言う普通の親父だった。
チャイムに気付き、お父さんは玄関の方を見つめた。
立ち上がり、誰が来たのか確認してから玄関のドアを開けた。
「やぁ、司くん」
「こんにちは」
玄関のチャイムを鳴らしたのは、ハリネズミの赤ちゃんである、名は“司 アダムス”
赤ちゃんがモグラさんの家を訪ねてきた時に名乗った名前である。
『つかさ あだむす』と聞いても、一瞬反応出来なかったが、それが名前であると、本人から言われた為、ハリネズミの赤ちゃんの名前は“司 アダムス”なのだろう。
司という字は、司本人が持っていた持ち物にそう書いてあったからだ。
六歳の司は漢字や他国の言葉が分からず、話をする事は出来ても、文字を書いたりは出来なかった。
女性の文字で書いてあった文字を、モグラさんが読んで家族に伝えたのだ。
そこからハリネズミの赤ちゃんは、モグラさん一家からは、「司くん」と呼ばれている。
その司のお腹が、くぅ~っという間抜けな音が鳴った。
司は恥ずかしそうにお腹を押さえて、モグラさんの顔を見た。
昼が近い。
司は腹が減って、チャイムを鳴らしたようだ。
ちょっと早いが、子供がお腹を空かせてるならと、モグラさんは家の中に司を招き入れた。
今日は自分が料理をすると説明しすると、司はやけに遠慮したような受け答えをした。
モグラさんはその理由を分かっていた。
司はなんとなく“お父さん”という存在に怯えているのか、男の人には少し距離を作る。
アダムスという苗字からして、父が外国人なのだろう、どういう経緯でどうなったのか、詳しい事実は知らないが、現在、司の元に両親はいない。
という事は、両親は司を置いて、どこかへ消えたのだ。
そういう子供であるからこそ、モグラさんは面倒を見ている。
遠慮など…とは思うが、六歳の子が子供らしくいられないのは、環境のせいでしょうがない事と捉えている。
ふと、白い毛の猫の子供を思い出す。
今は幸せに暮らしているようだが、あの子も問題児だった。
コアラさんと面倒を見ていたのだが、猫らしく?すぐに行方を眩ませるのが得意だった。
もう小学生だった為、ある程度の意思疎通が図れたので良かったが、今回は年齢も低く、会話やらなんやらが上手く行かない。
この年代の子は、母親のような年代の女性の方が、安心できるのだろう、いわゆる保育園や幼稚園の先生といった人にならある程度、心を開きやすいのだろうが、男の人となると、女性よりも体が大きかったりして、怖いイメージも抱きやすいようだ。
男の人とのコミュニケーションが少ないと、そうなってしまうのもしょうがないものである。
司と目線を合わせるようにし、会話をしていくと、徐々に司も小さい声で反応してくれる。
ダイニングで待っているように指示を出すと、「はい」という小さな声が返って来た。
台所では、お父さんがご飯を作る為、手際悪く動いている。
冷蔵庫から食材を取り出し、調理器具の出し入れはスムーズにいかず、ごちゃごちゃ、がちゃがちゃと音をたてている。
やたら独り言が多く、「なんだこれ」や「あぁ…」と落胆する声がダイニングにも聞こえてきた。
司は不安に思ったが、モグラさん、とくにお父さんは少々苦手で会った為、言葉をかける事が出来ない為、黙って椅子に座っている。
お父さんは料理を作り慣れていない為に、失敗が多かった。
そんな時はお母さんが簡単な物を作り、それがその時の食事になる。
司も何度か「お父さんが料理を失敗した」という言葉を聞いた。
その時のお母さんの顔が怖かったのを、司は覚えていて、体が震えたが、今日もそんな目に合うのだろうかと、さらなる不安が募る。
「よっ!はっ!」との声が台所から聞こえ、フライパンだと思われる音が聞こえてくる。
しばらくして、香ばしい匂いがダイニングにも届いてきた。
お母さんもダイニングへ顔を出し、「あら、いらっしゃい」といった所で、司の方を一旦見てから、お母さんは台所の方を見つめ、「匂いは美味しそうね」と呟いた。
台所からお父さんが顔を出し、小さい皿にチャーハンが乗った物を司の前に差し出した。
「司くんはお腹空いてるだろう?先に食べてなさい、大人の分はアレンジするから」
「アレンジするの?やめてよ!」
お母さんは抗議したが、お父さんは聞く耳持たずで、「これからが本番だ!男の料理だからな」と言って、台所へ戻ってった。
皿には子供用スプーンも乗っかってた為、司は「いただきます」と言い、チャーハンを口に含んだ。
味は薄味で、べちゃべちゃだが食べられない物ではない、お腹が空いているので、そのまま食べ続ける。
お母さんは心配そうな顔で、司を見つめるが、なんとか食べている為に、台所のお父さんの元へと歩いて行った。
チャーハンが出来上がった所で夫婦がダイニングに入ってきた。
司はまだ食べていた為に、出来立てのチャーハンの匂いを嗅いで、これは確かにさっきとは違う匂いだと気付いた。
お母さんは多少不満そうだが、お父さんは満足げな顔をしている。
二人がそれぞれの席へ座ると、チャーハンを食べ始めた。
見た目はまぁまぁ、匂いは普通のチャーハンよりなんだか強い匂いを発している。
パラパラではなくべちゃべやで、味は…
「あぁ、なるほどね、男の料理って感じだわ」とお母さんが呟いた。
お父さんは「うん、成功した!これは美味い!」と、自分で作ったチャーハンを絶賛していた。
洗い物はお母さんがやるらしい、皿やフライパンを洗いながら、眉間に皺が寄っている。
まぁ、しょうがない事だけど、後片付けまでやってくれたら良いのに、と思ったが、口には出さずとも、顔にはそんな気持ちが表へ出ている。
お父さんは食後の休憩とし、司を伴って茶の間でテレビを見ている。
洗い物が終わったら、お母さんも合流するつもりである。
忙しい夫婦の、貴重な時間だった。
モグラさん一家の敷地内に住まわせてもらっているハリネズミの赤ちゃん、司も、本当の両親ではないが、三人でいる時間は、幸せな時間だった。
親の事は忘れた訳ではない。
今でも、心の片隅では両親が迎えに来てくれるのでは?と思っている。
今の生活でも良いのだが、やはり帰れるなら自分の家へ帰りたいと思っている。
母親に甘えたい…。
そんな気持ちは毎日、いつでも湧いてくる。
そして消えてくれないで、心の中に沢山の居場所を作っている。
自分用のお家を建ててもらい、気に入っているが、母親にも見てもらいたいとか、父はどういうだろうとか、そんな事ばかり考えている。
しかし、毎日気を遣うが、いつでも優しくしてくれるモグラさん一家が大好きだった。
午後からは、お父さんもお母さんも、残りの仕事を片付け、また村長と主婦の仕事も片付けなくてはならない。
子供達が帰ってくると、また賑やかになる。
お父さんは夕飯を食べた後は、村を見回る仕事がある。
夜は夜で、危険がないか不審人物がいないか、見て回らなくてはならない。
家に明かりが灯り、テレビの音や人の話し声が聞こえる中を歩くのだ。
会社帰りの人とすれ違ったりもする。
なかには、村長と気付けば挨拶をしてくれる人もいる。
何気ない日常であるが、知らぬ間に事件、事故が起きる日もある。
見回りが役に立ってないのでは?と思う事もあるが、やめようとは思えなかった。
それは、村長だからという理由がある。
第七話 終わり
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