挿話その2 ヴィオラ町と闇の村 ラッテラパン夫婦

元々ヴィオラ町はアーテル村と一つだった。

それが土地を分ける事により、アーテル村とアーテル町になった。

それはまだこの国に国王がいなかった時の話で、一人の男がこの国に来てから色々と変わり、その男を国王とし、同時にグリューン村が出来た。

その時に現在この場所はヴィオラ町となったのだ。

市街地であるルージュ市と隣接するこの町は、ルージュ市で働く人達が住むのにちょうどいい所で人気の町である。

ラッテラパンの女の子、メアリーは生まれてからずっとこの町で生きている。

訳があって、小学校からルージュ市のインターナショナルスクールに通っている。

親が外国人である事も理由の一つだが、親が特殊というのも彼女がその学校に通う理由の一つだった。

メアリーは実家を出て姉と二人でアパート暮らしである。

彼女の実家はヴィオラ町の診療所で彼女の叔父が内科の医者、叔母が看護師である。

父は同じ敷地内にある歯科医と母は歯科衛生士である。

元々診療所自体は祖父が医者として患者を診ていたのだが、祖父は長男の方ではなく、次男の方へ診療所を継がせたのだ。

そんなメアリーの父は、診療所が閉まると歯科の方からやってきて、診療所の中へ入って行く。

母も一緒に診療所の中へ入って行くのが夫婦の日課だった。

その診療所内で何をしているのか、メアリーは考えたくもなかった。

両親は変わり者である方だ。

それは誰からもそう評価されてしまうほどのものだった。

いつも二人は一緒に動いている。

仲が良いのは、けして悪い事では無いが、その中の良さが不気味に映る時がある。

いわゆる秘密を抱えた夫婦として、娘であるメアリーにあまり多くを語らないからだ。

姉は色々と知っているようだが、「知らなくて良い事もあるわ」という言葉で濁し、多くを語ってくれなかった。

そんな姉のお陰で実家を出る事が出来た、というのもあって感謝しているが、メアリーにとっては自分だけ仲間外れでなんだか気分が悪いが、両親との距離は欲しかった為になるべく考えないようにしている。

そして、その実家は悪い噂が絶えない。

叔父夫婦はけして悪くはなく、メアリーの両親のみが悪いだけなのに、評判が叔父夫婦まで及んでいるのがメアリーにとってすごく嫌だった。

とある外人作家がこの国にお忍びで来て以来、その作者が行方不明になった時に、何かしら両親が関与している事に気付いている。

そして町の人からは、「ここの歯医者は、怪しい薬を処方してる」だの、「入ったら最後、出られない」などと噂している。

酷い時は「サイコパスを集めて何かしている」という人もいるくらいだ。

【サイコパス ファミリー】という小説を書いた作者が診療所周辺で目撃が途絶えたからだ。

【サイコパス ファミリー】は姉曰く母が読んでいたらしい小説で、「私は読まないけどメアリーはどうする?」と、言われた物を「読んでみる」と言い、姉から受け取った。

内容は子供向けではない為に、メアリーは少しずつ読んでいる。

作品自体、作り話であるのにも関わらず、やたらリアリティ溢れる作品である。

息が詰まり、長々と読んでいると本の中へ吸い込まれてしまいそうになる恐怖感がある。

メアリーは花などを愛でて読み進めているが、それは花屋で働き、フローリストという資格を持つ姉の存在を思い出すからだ。

姉はメアリーにとって安らぎを与えてくれる人で、姉だけが唯一の家族と思っている。


ルージュ市にある建物内で【社交ダンス教室】で働くフリントキャットの男性、セバスチャンは、生徒から変な噂を聞いた。

『いつも大会では二位の成績を収めている夫婦がいまして、それが忽然と消えてしまったっていう事でして、私はその夫婦とは知り合いでもなんでもないんですが、なんだか病院だかに行くと言ったっきり、消えてしまったそうで…』

確かそんな噂だった。

自分の生徒ではない事は確かだ。

二位の成績を収めるという事だったらしいから、もっと上級者だろう。

セバスチャンはそう思っていた。

プロの可能性もある。

とにかく、自分は知らない者の事だ。アーテル国はそこまでの大きさがある国ではない為、アーテル国にいる人達であれば、多少なりと自分の耳にも入るはずだが、聞いた事が無い夫婦の名前だった。

という事は、隣国から入ってきたとかそんな感じの可能性もある。

噂は信じられないが、ルージュ市と隣接したヴィオラ町の診療所である事を聞き、なんでわざわざそんな所で?と思いどんな所なのか見てみたくなった。

この国の特徴で、至る所から外国人が入国してくる。

この間もペンギン一家が自分達の島の隣にある小島に引っ越して来たばかりだ。

今更、どこの国の人が入ってこようと、セバスチャンにとってはどうでも良い事だが、よそ者がそんな町医者を知っている事には驚いた。

生徒の噂はそれだけではない。その診療所、特に歯科の方の噂は、悪い噂が絶えない。

診療所もなんだかんだ関わっているだろう、診療所の敷地内に入ると、帰ってくることがないだとか、診療所だと、噂される場所が気になってしまう。

なぜなのか…、ただそれだけの好奇心でしかないが。


診療所に着くと、薄暗く中に入ろうという気は起きない。

なぜここが不気味なのか、実際来てみると目に見えて分かる。

確かに診療所にしては暗すぎる。

幽霊などの類が出てもおかしくないような場所だ。

通りは普通で住宅街にある診療所で、近所の人からすれば結構便利なのでは?と思うが、そうでは無いらしい。

“人気が無い廃病院”と表現した方が正しい様にも思えた。

(うわぁ、ここかよ、カルセドニーは絶対に入れないな)

診療所を見つめ、セバスチャンは歩みを進め、診療所の出入り口の前で立ち止まった。

(中が真っ暗じゃねえか。本当に誰かいるのかよ、扉は開いてるし、入れるけど、入らなくて良いなら入りたくはない!)

しかし、真相を探りに来た以上、入らなくてはならない。

セバスチャンはグッと体に力を入れて、中に入って行った。

中はいたって普通だった。

受付には人形みたいな顔の女性が座っていて、どんな用で来たのか聞かれた。

受付前の待合スペースは、普通の病院と変わらない。

「少々、そちらでお待ち下さい」と、氷の女王でも喋ったのでは?と思うほどの声で女性はセバスチャンへ告げた。

セバスチャンは言われた通りにする為、受付に背を向け、待合スペースの長椅子に腰掛けた。

受付をしていた女性は立ち上がり、待合スペースまで出てくると、そのまま奥へと進んでいった。

奥は薄明かりしかついておらず、女性の姿は消えていくように姿を消した。

待合スペースも、受付の部分も薄明かりしかついていないし、なにより誰もいない。

本当にこんな所が診療所として存在していて良いのかと思うほど、不気味な場所である。

しばらくして、男がセバスチャンの元へやってきた。

先程の女性も一緒だ。

男は歯科医の恰好で顔にはマスク、女は薄ピンクのナース服姿だ。

「あんた、患者ではないそうだな」

「えぇ、少々奇妙な話を聞きまして」

「この病院は、様々な噂をたてられている」

「そう、らしいっすね」

「で、あんたはその噂について、なにか聞きに来たのか?それだけなら帰ってくれ」

「実は、失踪した社交ダンスをしていた夫婦がいるって聞きまして、なんでも常に大会では二位の成績を収めてるとかなんとか」

「あぁ、その二人なら私の患者です、今はとても楽しそうですよ」

「なんだ、それ?」

「良いですか?うちは良くない噂の絶えない診療所ですよ?それでも話を聞きたいというなら、我々の後についてきて下さい」

「…はい」

一瞬ためらったが、セバスチャンは二人について行く事にした。


診察室と書かれた部屋に入り、患者が座る丸椅子に腰かけた所で、男は話し始めた。

「うちは、昼間…といいますか、一般的な病院と歯科のように、午前午後と時間を分けて、診療所では内科と歯科を診ています。そして、その二つの診療が終わったら、この診療所を使い、別の患者を診ています。」

「別の?」

「私の方で、運営とは別に精神科の方を、と言っても普通の精神科ではないのですが」

「精神…」

「そうです、精神の方です。ちょっと前に来た患者は大会で二位の成績を収められるような方です、そのように素晴らしい方こそ、私達の精神科の患者さんです、頑張りすぎた結果心が壊れ、別世界を夢見ます。そんな方々がこの診療所の敷地内にいます」

「精神が壊れた?」

「えぇ、一位を取れないからと、頑張っても努力しても、同じ結果しか得られず、辞める事も出来ない頑張り屋さんで努力家な人達です、我慢に我慢を重ねた結果、心が壊れてしまった人達です、私はその患者がいる場所を、闇の村と呼んでいます」

「闇、の、村」

「はい」

「…」

セバスチャンは何かを言おうとしても言葉が出なかった。

だからこの病院は、入ったら出てこれないのか。しかしそれは、精神が壊れた“闇の村に足を踏み入れた人達”だけ、なのかと思いその後の言葉が浮かんで来なかった。

「この話は、私と妻だけしか知りません。あとは二人いる娘のうち、一人だけですね。なので口外しないようにして下さい。厄介ごとは困りますから」

「そうですか、わかりました。はい、約束します」

セバスチャンは立ち上がり、頭を下げてから診察室を出た。

早急に家へ帰ろう。くだらない妻の話を聞いていた方がましだと思い、スタスタと早歩きで診療所を出た。

もちろんこの話は誰かに話す事はしない。

自分の立場だった場合、大会に出れるほどの実力を持ちながら、常に二位の成績しか取れないのなら、その場合自分達だって心が壊れてしまうかもしれないからだ。

比較的、明るく社交的な自分達はそうはならないだろうが、人はどこでどう転ぶか分からないからだ。

他人には理解されない所で、見えない場所がもろく崩れていくとしたら、それはもう、誰にもどうする事は出来ないからだ。


診療所の中では、電気が消えドアも閉まっていた。

ナース服を着た女性はとあるドアを開け、下を見つめた。

下へ続く階段があり、壁は青紫色だが、暗くて良く見えない。

オレンジ色の明かりがポツポツついている。

医師は下にいるようだ。

階段を降りて再びドアを開けると、その部屋は真っ暗だ。

「あなた、どこにいます?」

「直ぐ近くに」

「あぁ、ここにいらっしゃったんですね」

「…今日来た者は患者じゃなかったな」

「そうですね」

二人の会話が途切れると、暗闇から声が聞こえる。

『あっはははははは!ここは殺しても殺しても罪にならない!殺し放題だ!』

『ねぇ?早く買い物に行きましょうよ!ここはいくらお金使っても無くならないのよ!今まで夫の借金でお金なんていくらあったって足らなかったのに、ここは最高だわぁ!!』


ここの診療所、特に歯科医の男とその妻はどこかおかしい。

そう噂される夫婦がいる。

元々はそうでは無かったとか、子供が生まれた後だとか、診療所を継ぐだの継がないだのの話が出た時だの、ハッキリとした時期は分からないが、とにかくいつからか夫婦の悪い噂はたち始めたら消えなくなってしまった。

あの診療所はいたって普通だ、歯科の方もそんなに悪くはないという人も少なからずいて、ここはそういう人達が来てくれる為、経営には困っていない。

噂は一部分を大きな声で言っているに過ぎなかった。

それでも、ここの診療所はとても静かで不気味である。


メアリーの姉のアイリーンは、仕事を終えて帰宅途中だった。

実家前を通ると必ず考えてしまう事がある。

両親についてだ。

自分もいつか、両親のようになってしまうのでは?と常に不安なのだ。

せめて妹だけはと実家を出る決意をしたが、もしも自分になにかあって両親のようになってしまった場合、頼れる人がいないと困る。

幸い叔父は父のようにはならなかった。

叔父が後はどうにかしてくれるだろう。

それで遠くへ行きたがっていた妹を遠くへは連れていかずに、実家と近い場所のアパートを借りた。

しかし、妹にもいずれ真実を話さなくてはならない。

その時の妹の反応が怖いが、どこか今の段階で何かを悟ってくれていればいいのだが…。

アイリーンは自分達の住むアパートを見つめた。

「メアリー」

思わず口走った妹の名前は、吹き荒れた風にかき消されていった。


              挿話その2 終わり

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