挿話その1 ルージュ市 ラッテラパンの女の子

ルージュ市の広い公園は今日も賑わっていた。

学校以外は、良くここに来るラッテラパンの女の子はいつも外国の本を持ってこの公園に来る。

食べ物も飲み物も沢山あり、本を読む事に疲れたら何でもあるのが彼女のお気に入りだ。

その彼女の元に、一人の少女が姿を現した。

「お姉さん、あの、緊急事態です」

ラッテラパンの女の子の目の前に現れた少女は、日の光を浴びて白い毛がふわふわと輝いていた。

「どうしたの?」

「ペンギン島に秘密の写真とちょっとしたお手紙を隠していたのですが、この間、新しい住人が入って来て、あの、海からの侵入者で、うかつでした」

「それで?」

「手紙を手元に取り戻したいのですが、もう相手に見つかってしまったかも知れません。えっと、その相手というのは、外国人でカルセドニーお父さんとも違う国の方のようで、言葉が通じません」

ラッテラパンの女の子は首を傾げた。

目の前の子はキヌネコの女の子で、名前がコロコロ変わる為、ラッテラパンの女の子は彼女の事を「ひみつちゃん」と呼んでいる。

「ひみつちゃん、その人達はどこの国の人だか、特徴とか分かる?」

「カルセドニーお父さんとは、共通語で話しています」

「なら、共通語は分かるのね」

「はい」

「それで、どんな種族の人なのかしら?」

「白と黒のペンギンさんです。ペンギンの獣人としか分かっていません」

「その人達って、今は何をして生活しているの?家族で越して来たのかしら?それとも独り身?」

「お父さん、お母さんと、子供が男の子と女の子が一人ずつです。年齢とか細かい事は分かりませんが、エレスチェルお母さんの話では、子供二人はお家学習らしいです。前も学校ではなく、お家でお勉強していたらしくて、お母さんが先生らしいです。この間といっても、まだ二日とかそのくらいしかたってないので、分かるのはこの辺ですが」

「そう」

ラッテラパンの少女は、少し考えてから、キヌネコの女の子「ひみつちゃん」に話しかけた。

「あのさ、ひみつちゃんが嫌じゃなかったら、私がその人の家に行って通訳しようか?」

「ひみつのお手紙でして、その、通訳してくれるのは嬉しいのですが、お姉さんにも内容は秘密にしたいので…」

「私はその手紙の中身は見ないよ。手紙ありますか?って聞くだけ」

「…それなら、あの、お写真も見たいので、小屋におじゃまさせてもらいたいのですが」

「その人に聞いてみようか?」

「はい!お願いします!」

「ひみつちゃん」はくじら島から船で本土に渡っている。

今日は買い物だと言っていたフリントキャットの男性カルセドニーの実の弟であるセバスチャンとロザリンド夫婦と乗ってきた。

夫婦は買い物に行く為、デパート前で別れたが、キヌネコの女の子は「デパートでセバスチャンさんと待ち合わせなので、そこまで付いてきて下さい」とラッテラパンの女の子に言い、二人でデパートへ行った。


デパート内では、おっさんたちがくたびれた姿でベンチを占領していた。

その中に荷物にまみれたフリントキャットの男性、セバスチャンがくたびれていた。

「セバスチャンさん、セバスチャンさん、起きて下さい」

「んっ…ぁあ、カルセドニーのしろねこちゃんか、お友達には会えたのか?」

「はい、あの、勝手なお願いなんですけど、お姉さんも一緒に連れて、ペンギン島へ行きたいのですが」

「あぁ、かまわねーよ、待ってろ、今、カルセドニーに連絡入れるから、うちの奥さんカルセドニーの店で宝石見てるからさ、まだまだ時間かかると思うから、先に二人を島へ連れてくよ」

「ありがとうございます」

「…あと、叔父さんで良いよ、しろねこちゃんはもう、家族の一員なんだから。さっ、それともカッコイイお兄さんって呼んでくれても構わないけど」

「…分かりました、あの、叔父さんと呼ばせてもらいます」

セバスチャンは微笑んで「しろねこちゃん」と呼んだキヌネコの女の子を見た。

彼女の事情は、兄のカルセドニーから聞いている。

詳しくは知らないが、島に愛着を持っているので離れたくないという少女。カルセドニーが主に面倒を見ているが、少しずつ皆もキヌネコの少女に話しかけたり、面倒を見るようになった。

家族の一員と言い始めたのは、カルセドニーの妻、エレスチャルが最初だった。

それからセバスチャンもそう言うようになり、今では皆がその認識で暮らしている。

ラッテラパンの女の子は、彼女と出会い、話をしていくうちに、彼女は秘密が好きな子と思っていたが、家族と思われる男性から「しろねこちゃん」と呼ばれていると、初めて知ったと同時に、あぁ、やはりこの子はいくら仲良くなっても、本名を明かしてくれないんだと思った。

過去を話す時、たまに暗い表情で語る時がある。

人のそういう部分は、なんとなくあまり深く根掘り葉掘り聞かない方が良いと思っていた。

自分にも暗い過去があるから、それは他人から簡単に触れて欲しくない、そう思っている。

きっと彼女にもそういう部分が存在しているのだろう、ラッテラパンの女の子はキヌネコの少女に自分の面影を重ねて見つめた。


ラッテラパンの女の子は、ひみつちゃん事、キヌネコの少女より少し年上である。

ルージュ市にあるインターナショナルスクールに通っている。

ひみつちゃんと出会った時、彼女はクロネコの男と一緒だった。

ラッテラパンの女の子はその時も公園で一人、外国語で書かれた本を読んでいた。

その姿を見て、ひみつちゃんは外国人だと思ったらしい。

話しかけるのを躊躇していたが、その目線にラッテラパンの女の子が気付き、彼女からひみつちゃんへ声をかけた。

それから急速に仲良くなり、今ではひみつちゃんがわざわざ探しに来るまでとなった。

お互い自分の事をあまり話さなかったが、なにか居心地の良さを感じ二人は一緒にいる。

いつだったか「誰だって秘密の一つや二つ、抱えてるわよ。語りたくない事を無理に語ってもね、いい思いはしないし、大丈夫よ」

そう言ったのが、ひみつちゃんの心に響いたのだ。

それから二人は「お姉さん」と「ひみつちゃん」と呼び合っている。

二人は船の中でも、仲良く話していた。

日常の事を喋っているだけなのに、なんだかとっても楽しい時間だと、お互い思っているようだ。終始笑い合ったり、驚いたりと表情がコロコロと変わった。

ふと、ひみつちゃんはお姉さんの名前が気になった。

お姉さんと呼んでいる為、彼女の名前を知らなかったのだ。

「お姉さんの名前は、なんてお名前ですか?」

「メアリーよ、メアリー・ホワイト」

「めありー、ほわいと?ほわいとは、白ってことですか?」

「そうね、この国の言葉ではホワイトは白よね」

「めありーは、ママにあっ!」

「どうしたの?」

「…ママに読んでもらった絵本のお姫様と同じ名前です」

笑顔がひみつちゃんの顔から消えて、なにか雲がかかったかのように暗くなった。

「そう、小さい頃に読んでもらったのかな?」

「はい…」

セバスチャンも何かを悟った。

彼女、ひみつちゃんが「ママ」という場合、本当の母親の事を指すからだ。

タバコを咥えながら運転していたセバスチャンだったが、ふと海を見つめ、波の音に耳を傾けた。

秘密ばかりで、ほぼ自分の事を語らない少女の、ほんの一瞬見せた顔…。

それは少女の最も知られたくない、本当の母親との記憶。

そして、少女の元には姿を現さない母親の秘密。

穏やかな波音が聞こえる海の上、クルーズボートの音だけが響いている。


ペンギン島に船が到着すると、メアリーとひみつちゃんが島に下りた。

島を歩いていると一人のペンギンが歩いてきた。

子供用のキモノを着ている。

ひみつちゃんは会った事があるらしく、カルセドニーお父さんに会話の間に入ってもらった、と説明してくれた。

メアリーが近付いてきた子に話しかけた。

ペンギンの子供もひみつちゃんに会った事があると説明し、その時の話をしてくれた。

その事をひみつちゃんに説明すると、ひみつちゃんはうなずいた。

ペンギンの子は、男の子と女の子がいるが、目の前にいる子は女の子の方だったらしい。

ペンギンの女の子は「こんにちは、グレタです」と挨拶してきたため、メアリーが先に挨拶を返し、ひみつちゃんに説明し、ひみつちゃんはアーテル語で返事を返した。

それをメアリーが通訳し、三人はそれぞれ握手を交わした。

ひみつちゃんがメアリーと話し、メアリーがグレタと話した。グレタはちょっと待っててと言い、小屋へ走って行った。


しばらくしてグレタは戻ってきて、紙を手渡した。

それをひみつちゃんが確認すると、中身は秘密の手紙で、それはひみつちゃんが探しているそのものだった。

「お姉さん、これです。ありがとうございます」

「そう、良かった」

「はい」

そこでグレタがそれは何か聞いてきた為、メアリーが説明した。

するとグレタはもう一つ見せたい物があるからついてきてくれという為、二人はグレタについて行った。

小屋の中はひみつちゃんの記憶のまま使われていた。

ある程度、知らない物もチラホラしているが、それはここに住むペンギン一家の物だろう。そして、グレタが案内してきた場所は、ひみつちゃんにとって、心かき乱される物だった。

グレタは古い写真を指し、「これは何か分かる?」と聞いてきた為、メアリーが近くに寄り見ると、ウサギの獣人とネコの獣人が映っているのが見えた。

ネコの獣人に見覚えある姿が浮かんだが、彼女以外にもキヌネコは存在するだろうから、彼女の血縁者と判断しない方が賢明と思ったが、どことなく似るその姿は、写真といえども血縁者のように見える。

親子とも見えるが、今の彼女には「本当の母親」という存在は傍にいないようだ。

メアリーは何か思う所はあるが、今回はその思いをどこかにしまい、関係ないという顔をしてひみつちゃんを見つめた。

「あなたも見てみる?」とだけメアリーは言い、ひみつちゃんを引き寄せた。

ひみつちゃんは写真に引き付けられるように見つめ、うっすらと涙を浮かせてしまったが、バレないようにと目をパチパチさせた。

何かあるのだろう、そうメアリーは察したが、彼女には彼女の事情がある。

メアリーは見て見ないふりをして、「古い写真だから、誰だか知らない人かもね」とひみつちゃんに言った。

写真は女子小学生二人が映り込んだ写真である。

ひみつちゃんはもちろん、誰だか分かったが、メアリーがそう言った為、「そうですね、知らない人です」と答えた。

他の写真も何度も見た事ある写真である。

写真の存在は知っているが写り込んでいるのはどれも“知らない人”とひみつちゃんは嘘をついた。

グレタには、古い写真だが、写り込んでいる人には大切な物だろうから、このままここへ飾っておいて欲しいとお願いし、人物の名前は読めるが知らない人だと、メアリーが説明し、グレタは「分かった、家族にも話して大切に飾っておくわ」と言ってくれた。

それと、二人はまた遊びに来て欲しいとも伝えてくれた。

この国の事をもっと知りたいのだとも言われた為、三人はまた会う事となった。

二人はグレタと別れ、セバスチャンの元へ戻った。

セバスチャンは二人を乗せた船を操縦し、三人はルージュ市へ戻って行った。


しばらくは二人で話していたが、ひみつちゃんがもう帰ると言ったので、二人は別れた。

メアリーは一人今日あった出来事を思い出していた。

あの写真の『さなえ』という人は、どこかひみつちゃんと似ている。

親子かまたは親戚の誰か…そう思ったが、他人の空似という可能性もある。

しかしひみつちゃんの顔から、何か知り合いのように感じた。

それを彼女は隠すようにしたが、ほんのりと涙を浮かべたのはきっと意味があるのだろう。

秘密ばかりの少女である。

隠したい物があるのだろう、自分のように。


メアリーは家があるヴィオラ町を歩いていた。

病院の近くを通り、姉と住むアパートへ向かう途中だった。

前を見て歩いていたメアリーは、ふとそこにある診療所の方へ目を向けたがその後、直ぐにまた前を向いた。

この診療所は薄暗く、あまり人が寄り付かない。

評判が悪いのもある。メアリーは悲しそうな顔で道を歩いた。

母が良く歌ってくれた歌を小声で歌いながら歩いた。

アパートはこの診療所の近くである。

姉と二人暮らしで住んでいるが、姉がそのアパートを選んだ。

本当はもっと遠くへ行きたかったが、姉が「このくらいの距離で丁度良いのよ」と言うのでそれに従った。

アパートに帰っても誰もいないだろう、姉はデパートで花屋の店長をしている為、帰りがいつも遅い。

帰ったらいつもみたいに本を読んで寂しさを紛らわそうと考えた。

本は今も手元にある【サイコパス ファミリー】で良いだろう。

作者はこの本を書いた後、謎の失踪を遂げている。

誰にも知らせたくない、メアリーの秘密。

それは、その【サイコパス ファミリー】の作者の失踪に両親が絡んでいる事である。

メアリーの両親は変わり者といえば変わり者だ。

彼女はそれが嫌で両親から逃げたいと思い、姉と家を出た。

しかし、姉はあまり遠くへは連れてってくれなかった。

両親は親戚家族とあの診療所の敷地内に住んでいる。

抱えた秘密は、もしかしたらメアリーの方が大きいかも知れない。

それでも、メアリーは誰にも悟られないよう、これからも生きていくのだった。


              挿話その1 終わり

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