第4話 アズーロ町 ペンギンファミリー

アーテル国のはるか遠い国から、海を渡って入国した一家がいる。

彼らは、たった今この国に着き、辺りを見渡した。

白と黒の毛をまとったそれらは、小島の造りが階段のようになっているのを見かけると、ジャンプ力だけでピョンピョンと飛び跳ねるように、上へ上へと上がり、島の一番上まで来た。

辺りは緑色の大地が広がり、建物が一棟建っていた。

他には、カラフルな色の小屋が目の前にあるだけで何も見当たらない。

一家は体を休ませる為、家族全員でその小屋を目指した。

中に入ると昔の写真と思われる物が貼ってある。

ある程度言語は学んできたが、その者が見つけた物は、この国の言葉なのだろうか。なんとも言い難い言葉や文字というより、架空の世界の作られた魔法の言葉のようなものが書いてあるように見えた。

はるか遠くから来た者達は、誰もその文字のような物を解読出来る者はいなかったが、そこには写真と一緒に文字が書いてあるだけである。

書かれている内容は『しょうこ♡さなえ』である。

少女が書いた文字らしく、丸みのある独特な文字だった。

写真に写り込んでいるのは、褪せた色合いで分かりにくくなってはいるが、ウサギの獣人とネコの獣人のようだ。

両方とも子供で、年は小学生くらいである。

仲良く遊ぶ友達同士なのか少女が二人、肩を並べてピースサインで横並びに写っている。

写真の感じから『しょうこ♡さなえ』というのは二人の名前のようだ。

名前と立ち位置は書かれている文字からして、しょうこという名前の少女が左側、ウサギの獣人の方で、さなえが右側、ネコの獣人の方なのだろう。

写真の色褪せ具合から、何十年も前の写真のようだ。

しかし、写真に写る者が誰だか分からない。よそから来た者は、あまり考えずその場から立ち去った。




一家の主である「お父さん」は、家族に危険が迫らないよう小屋の中を見回った。

そんなに大きくないが家族が休む分には丁度良さそうだ。

小屋は縦に伸びて上にもまだ部屋があるようだ。お父さんは、その二階なのかは分からないが、とりあえず上へ向かった。

上は下よりも部屋が狭いらしいが、お父さんはこの小屋を気に入った。

お父さんが下まで戻って来た時、家族は体を休ませていた。

お父さんは外に出てこの小島の他に何かあるのか確認した所、離れた所に大きな島がある事に気付いた。

そちらの方が良いかと思い、お父さんは再び海の方へ向かい大きな島を目指した。




「ひみつとうのひめさま!たいへんです!けらいのジェイドが、たべものをせっとうしたつみでにげました!」

「なに!それは大変だ!」

「ぼく、そんなことしない!このやく、やだ!」

「うるさい!おねえさまのいうこときいとけ!」

バシッという音と共に、フリントキャットの赤ちゃんは頬を叩かれた。

ここは「くじら島」という島で、フリントキャットの二家族とキヌネコの少女が住んでいる。

隣の小さな島は、「ペンギン島」という小島である。

とある者達が、長旅からたどり着いた地は、まさしく「ペンギン島」という名前の無人島だったのだ。

フリントキャットの男性が、くじら島は買ったのだが、ペンギン島は買わなかった。

元々二つの島はアーテル村が管理していたキャンプ場だったが、訳あって管理者がいなくなり無人島となっていた。

今では別の町と市が管理しているが、購入した男性がいる為、再び住所が与えられ、アズーロ町の一部となった。

管理している町はヴィオラ町とルージュ市となるが、住所はアズーロ町となる。ちょっとややこしい場所だ。

そんな場所で、フリントキャットの三つ子の赤ちゃんとキヌネコの少女は「ヒミツ島」と自分達の島を呼び、キヌネコの少女を「ヒミツ島のお姫様」三つ子は三人ともそれぞれ家来やらになっておままごとを楽しんでいた最中である。

フリントキャットの三つ子は、三人のうち、二人が女の子で、一人が男の子。女の子の一人は毛の色が白い毛と右側の耳の所に黒い毛の模様が入っている。もう一人は同じく白い毛に左側の耳の所に黒い毛の模様が入っている為、左右の毛の色で見分けられる。

男の子の方は全身黒い毛で覆われている。

三つ子は、男の子は気弱で、女の子二人は気が強い。

キヌネコの少女は、全身白い毛だが顔の口周りの部分のみ、白さが若干違う毛色になっている。

白猫に間違われやすいが、白猫より若干アイボリーががっている毛色である。

そんなキヌネコの少女は、ぶたれた子の心配をしていた。

ペンギン島からの来客に気付かない三つ子と少女はおままごとの続きを再開させた。




白と黒の毛を持つ者は、海を渡りここまでたどり着いた。

やはりジャンプで海から上がったらしく、その足で疲れも見せず、真っ直ぐ歩き出した。

なにやら気配を感じその気配の方へ近付いた。

今まで彼らはその種族のみが暮らす島で生きてきた。

別の種族に会った事が無かったが、服を着て二本足で立っている獣人達は一瞬驚いたが、自分達も二本足で立っている。

きっと種族名や見た目が違うだけで、自分達の仲間かも知れないと思い声をかけた。

しかし、その存在に気付いた四人は、その場で固まった。

「ちょっとー、またジェイドを泣かせたの?いい加減に…!」

大人のフリントキャットの女性が外に出てきたらしく、喋りかけながら歩いてきたが、その姿を見て固まった。

良く知らない言語で話しかけてくる者に対し、女性は冷静さを取り戻そうとしながらも、声が震えてしまった。

しかし、その言葉は、その者に伝わったみたく、その者はその女性に話しかけてきた。

「驚かせてしまい、申し訳ない、そうです、私はペンギン、の獣人です、あっ、あなた方は?」

「えっと、私達は猫の獣人で、フリントキャットという種族です。えっと、一人の少女はキヌネコという種族です。しかし、驚きました。本当にペンギンの獣人なのですね。テレビでは見たことあります。確か寒い地域の大きな孤島に住んでいると聞いていますが」

「えぇ、そうなのです。我々は他の獣人とは離れて暮らしていました。あなた方はペンギンでは無かったのですね。ネコの獣人とは初めてお会いして、私達としてもビックリです。住まいの事なのですが。実は私は私の家族とペンギンしかいない孤島を離れ、海を渡りここまで来ました。

孤島では、ペンギンしかいなかったのですが、手狭になりまして、それで私は思い切って、孤島からそこまで離れて、誰もいない場所まで行き、色々学んでからその場を離れ、ここまで来ました。

ここへは新たな定住地を探しに来たのですが、まさかあなた達が先に定住していたとは知らず、これは失礼しました。」

「そうだったのですね。それで、ご家族は?」

「隣の小さな島にたどり着き、そこに小屋があったのでそこで休んでおります。」

「あぁ、その島なら誰も住んでいませんから大丈夫ですよ。私達はこの大きな島を買い、住んでいます。クルーズボートに乗って、大陸まで行き来して生活しています。もしならその大陸に行ってみては?あの、私の主人に案内させますから、少々お待ち下さい」

「ご丁寧にありがとうございます。助かります」

大人同士共通語で喋っている為、四人の子供達は、ポカンと口を開け、その白と黒の毛色の獣人を見つめていた。

母親に「あなた達は、一緒に遊ぶのは構わないけど、仲良くしなきゃダメよ。とくにラリマーとベリル。ジェイドはあなた達と同じ姉弟なのよ、泣かせちゃダメ。しろねこちゃん、あなたお姉さんとして遊んでくれるのは良いけど、ラリマーとベリルが悪い事したら注意してくれて構わないわよ。あなたももう、家族の一員みたいなものなのだから、カルセドニーが父親としてあなたと接しいてるように、あなたも遠慮しなくて良いのよ。養子であるコーデリアと同じような立場なのだから」

「…はい、エレスチャルお母さん」

しろねこちゃんと呼ばれた少女は俯き加減でそう口にした。

エレスチャルお母さんと呼ばれた女性は、微笑んでその少女を見つめている。

ペンギンの獣人である男性は、言葉が分からない為、黙って様子を見ていた。

しばらくしてカルセドニーと名乗る男が、ペンギンの獣人の男性の前に現れた。

男性は「私はチャーリーです。周りはペンギンの獣人しか住んでいなかった為に、苗字はありません。皆さまのような格好もしてはおりませんが、ペンギンの獣人ゆえに、この格好に合う服がありませんし、海に入る生活だった故に、身一つで家族とここまで海を渡り来ました。言語の方は母国語ですが、私はここへ来る前、共通語や世界の事を調べる為、孤島を出て少し勉強してきました。分からない事だらけですので、ご指導のほどよろしくお願いします。」

「分かりました」

ペンギンの獣人であるチャーリーは、父親で妻と二人の子供がいて、その家族は隣の小さな小島にある小屋にいる事を伝えた。

カルセドニーは、まず自分の船にチャーリーを乗せ、大陸に向かった。

大陸では、まずヴィオラ町に向かい、何か着れる服を探そうと、町の中を歩いた。

物珍しいペンギンの獣人に、大半の人は目を丸くし、驚いた表情のまま、釘付けになっていた。

ブティックに入ると店主は驚いたものの、そう言う事ならと寸法を測り、服を作る事なら可能だと申し出てくれた。

お金は出来上がったら持ってきてくれれば良いという事で話がまとまった。

次に町長さんに会い、チャーリーは自身の事を相談した。

町長さんはチャーリーの話を聞いて、隣にいる男が島を買った時とは、訳が違う事と今の島の現状について説明した。

とりあえず生活していくには仕事や住まいが必要な事と、住民登録が必要だという事。その為の手続きにはやはりお金が必要という事を説明した。

チャーリーは魚屋さんを経営したいと言い出した。

漁をして沢山の魚を釣り提供したい、それが自分には向いていると話した。

住居は無いのだが、出来ればあの、今いる小島の小屋に住めるなら住みたいとも話した。

カルセドニーはお人よしの性格を前面に発揮したかったのか「それなら私が生活のサポートをするから、島を買い小屋に住みアズーロ町で魚屋をしたらどうか?」と提案した。

店舗などはお金が溜まったら買うとして、まずはこの国の生活に慣れてもらう事が先決と判断し、しばらく島と小屋をチャーリーに貸し出してはどうか?と町長にも話をし始めた。

それと、ぼそっと「あの島は私達が住んでいる島と同じ管理者だったはずです。それが私が一島だけ買った為に無人島となっているだけでごにょごにょ」と言い始めた。

チャーリーはアーテル語で話している二人の会話は、意味不明な言語に聞こえる為、黙って様子を見ていた。

すると「分かりました。カルセドニーさんには、面倒ごとも引き受けてもらっていますし、チャーリーさんには好きに居てもらって良いですよ。少しずつ、この国の生活に馴染んでもらい仕事してもらいますからね。」

「ありがとうございます、町長さん」

「では、チャーリーさん。カルセドニーさんとお話した結果、あの島で生活しても構わないという事にしました。書ける範囲で構いませんから、書類を今持ってきますので、それに書き込んでもらえれば構わないですよ。私の方で国に申請しときますから」

「ありがとうございます。助かります」

町長さんは一旦席を外し、必要な書類を用意し、筆記用具と書類をチャーリーに差し出した。

チャーリーは母国語で書ける範囲の事を書いた。

あまり読み書きは出来ないが、チャーリーは孤島を出る為に勉強してきた為、けして上手い文字ではなかったが何とか書けた。

町長も確認したが、読めないほどの文字ではなかった為、安心した。

なんせペンギンの獣人など、この国にはいなかった為、どんな獣人なのか誰も分からなかった。

チャーリーでさえそれは同じである。

仕方なく町長は、気を利かせてチャーリー達一家をアズーロ町の小島に住む者達として、受け入れる事にした。

住所はまだないが、あの島は好きにしていいと言われチャーリーは安堵した。

後はカルセドニーという男の言う事をよく聞いてくれと、町長はチャーリーに説明した。

カルセドニーは外に出た後、島に戻る間に自分の事と家族の事を話した。

船でまずはチャーリーの家族がいる小島へ向かい、チャーリーを下ろしカルセドニーはチャーリーと別れた。

チャーリーは小屋に入ると、家族が目を覚ましている事に気が付いた。

妻であるキアラに今までの事を話し、とりあえずはここにいて良いが、隣の島に住むネコの獣人の手を借りなくてはならない事やその他の事を話した。

家はこの島を買ったり出来るがお金が必要である事、今まではペンギンの獣人に合った生活をしていたが、今はこの国で暮らす以上この国の生活に慣れて行かなければならない事を話した。

元々ペンギンの獣人の家はあったし、普通に言語もあったし、食べ物だって魚が沢山取れた。

仕事はないが、自分達で自給自足の生活をしていた。

大陸のようには生活してなかっただけで、普通の獣人達と何ら変わらなかった。

ペンギンの獣人である故に服を着る文化は無かったが、布をまとった生活はしていた。

それを全部孤島に置いてきた為、今は何も持っていない。

お金も何もないが、しばらくはここで魚を取って暮らそうという事になった。

古いボートを譲ってもらえるようにボート屋に頼み込んでくれると、カルセドニーという男が言っていたとも説明した。

生活基盤を整える事が優先という事で合意したと説明し、明日再び家族でカルセドニーの迎えが来たら、大きな島の方へ行き、カルセドニーの家族たちに会おうという話までして、妻から「ここで暮らせるのね。分かった」という言葉が返ってきた。




翌日

ペンギンのお父さんの元に、カルセドニーがやってきた。

家族で行くのではなく、お父さんのみカルセドニーと出かけて行く事にした。

「実は頼んでおいた服が、家族分用意出来たらしいのでそれも取りに行きましょう」

「もう出来たのですか?」

「えぇ、あの店では洋服しか取り扱っていなかったので、別の店に連絡を入れてくれたようで、そこからペンギンさんでも簡単に着られる物を用意してくれたようです。ペンギンさんは、布を体に巻き付き、生活していたとおっしゃっていましたよね、それがヒントになって色々と図書館で布を服のようにまとう文化を調べてくれたみたいです。

ここではそういう文化は無く、皆、洋服を着ているので、ちょっと珍しい物らしいんですが、昔の民族衣装のような物らしいですよ。」

「そうなのですか、民族衣装…なるほど、私達が今まで着ていたものも、古い民族衣装のような物でした。皆着ていたので、あまり何も考えませんでしたが、確かに私達が身にまとっていた物は古い歴史があるようで、幼い時から着ていたので私達にとっては当たり前の物だったんですが、やはり別の国に来ると新しい発見ばかりで驚かされますね」

話をしている間に、本土に着き、二人はまずはブティックへ向かった。




ブティックでは、見た事ある顔と見た事無い顔が出迎えてくれた。

一人はブティックの店長だがもう一人は知らない人物だった。

「やぁ、どうも」

そう言い男は腕を伸ばしてきた。

この国の者ではなく、隣の国から来てくれた人らしい。

この国には仕事で来ていた為、丁度良かったと男は話した。

「あなたがペンギンさんですね。なるほど!いやー、わたくしも初めてお目にかかれました!では早速わたくしどもの商売を始めさせていただきます。これはキモノという物でして、わたくしの国でも珍しい物です。わたくしの住む国というより、さらにそのお隣の国の物で、わたくし達は文化を共有しております。

私達の文化をお隣の国の方に教えたり、その国で発展したりした物を逆にわたくし達に教えてもらったりと、小国ですが技術の発展などが優れている国でして、実に商売人としては、楽しく文化に触れさせてもらっています。

そういえば、いくつかこの国でもなじみ深い物がありますね。わたくし、あの国で作られている「せんべい」という物が好きなんですよ。まだお食べになった事無いでしょうから、ぜひとも「せんべい」を味見してはいかかでしょう?」

ペンギンさんは気のない返事をした。

すると今度は、男は立ち上がり、

「ではこの辺でキモノのご紹介をしましょう。このように袖が大きく、前合わせに着ていただく物です。話によると布をまとっていたとの事でしたので、そういう方ならキモノは着やすいと思いますよ。前合わせにしたら、帯という物で締めるのですが、こうやって前で結んでもらっても、後ろで結んでもらっても結構です。前で結ぶ時はこうして結び、えー、後ろで結ぶ時は、慣れない時は人に結んでもらえると楽でしょう。私は慣れていませんので前で結びますが…、どうですか?着られそうですか?」

「試してみたいです」

ペンギンさんは大人の男性向けのサイズと色柄物だというキモノを手渡され、さっそく広げそれを羽織ってみた。

着心地良くさらりとしている。

洋服と違い、袖が大きくペンギンの大きな特徴である「羽根のような形の腕」の部分がするっと入って行く。

言われた通り、前合わせにして「帯」という物を腹回りでちょっとグルグル巻き前で結んだ。

確かにこれなら簡単に着られそうだ。着脱も楽である。

体も一応足もあるのだが腹肉の下に覆われている。それでズボンという物は履けない為、布を巻く生活をしていた。

他の獣人とは体の作りが違い、多少なりとも文化も違う。

しかし、これは簡単に受け入れられそうだった。

「わたくしはこれに似たユカタという物をお風呂上りなんかに着るのですよ。そうすると体を締め付けないし、リラックスできるのですよ。そのまま眠る事も出来ますし」

「そうですか、便利な物があるのですね」

とペンギンさんは、

「早速買い取りたいのですが、なんせ私はお恥ずかしい話なのですが、なにも持たず引っ越して来たもので、お金という物を持ち合わせていなくて、その…」

ペンギンさんが歯切れの悪い言葉で切った所、ブティックの店主は、隣の国から来た商いに変わり、話し始めた。

「大丈夫ですよ。この国では、移り住んでくる人は後を絶たないので、そういった人たちをフォローする為に国からサポートを受けています。私の店でも契約をしていますから。ペンギンさん、今日はそれを着て帰って大丈夫ですよ。あとご家族にもお渡しください。あっ、お金は、次回からお支払い下さい。今回はモデル料としてサービスです。服が無いと町を歩くのに、なかなか歩きづらいでしょう」

ペンギンさんは、

「そうですね、我々の種族が珍しいことと、服をまとってない者は、奇抜な目線で見られますので、非常にありがたいです。」と返した。

これで今までよりはまだ、町を歩きやすくなる。

ペンギンさんはそのキモノを着たまま、店主と隣の国から来た商いに頭を下げた。

そして商いが持ってきた「風呂敷」という物にキモノを包んでもらい、カルセドニーと共に店を出た。




町の端っこ…というよりヴィオラ町とアズーロ町の境界線の所まで来た。

「この、船着き場で船を貰いましょう」

カルセドニーはそう言い、キモノという物を羽織ったペンギンさんを見た。

「よく似合っていますよ、そのキモノ」

「ありがとうございます」

「着にくいとかありますか?大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です。とても着やすいですよ」

「よかった。この国の人ではなく、まさか隣の国の方がいるなんて、私も初めてでビックリしました。隣国は、大国として知られていて、随分面積も大きく、人口も多いらしいです。

その国の横に小さな小国があるようで、そこの文化らしいですよ、せんべいって。そのようにアーテル国の隣は、大国ゆえに色んな文化が入ってくるようです。それが広まり、アーテル国にも広まって、チラホラあの方のように、隣の国から商いさんが来るようです。

昔はこの国と隣の大国は戦争していたらしいのですがね。今は全くその面影はありません、戦争や隣の国の事に関しては、私としても詳しくないのですが、もしご興味があるのなら、おじいさんが隣国出身で、戦争でこの国に来て以来住み着いた、という知り合いがいますから紹介しますよ。せんべいもあると思います」

「そうだったのですか、教えてくれてありがとうございます」

「私も実は、この国ではなく別の国から来た者で、まだまだ知らない事だらけです。ようやく少しずつですがこちらの言葉を覚えてきました。

この国はいろんな国から人々が出入りしますから、共通語も喋れる人も多いですし、他の国から来たと分かると直ぐに親切にしてくれる人が現れてくれますよ」

「そうですか、あなたも別の国の方だったのですね」

「えぇ、私が実際そうだったのでペンギンさんのお役に立てればと思っています」

「それはありがたいです。あなたのような人に出会えて光栄です」

二人は改めて手を握り、握手を交わした。

ペンギンさんは正直不安だったが、彼なら安心して付き合えると思い始めた。

人当りの良い感じが、顔や態度に出ている。

親切でとても優しい方だというのは、薄々感じていたが、その感覚に間違いなさそうだ。



船着き場では、一人の男性が立っていた。

「カルセドニーさん、こんにちは」

「モグラの村長さん、こちら、ペンギンの獣人であるチャーリーさんです」

「チャーリーさん、初めまして。私はここから少し遠いのですがアーテル村の村長をしている、土屋という者です。ここは昔、アーテル村が管理していた船着き場で、「赤城」という者が船着き場を管理していたのですが、どうもこうダメな男で、元々の管理人であった男はここの職場を辞めたので、私がここを代わりに管理しています。カルセドニーさんとは、ちょっとした縁がありまして、こうして今日は来ています。」

「モグラの獣人さんですか、お初にお目にかかります、えーっと…すみません言葉がまだ上手く喋れなくて…トチヤさん?」

「村長で良いですよ」

「村長さんですね、分かりました」

「失礼ですが、ペンギンさんはどの言語までをお判りですか?」

「母国語と共通語です、母国は我々、ペンギンの獣人しか住んでない島国でしたのでそこでは母国語を、その後私だけ共通語を習いました。まだ上手く扱えない所はあると思いますが、聞くのも上手く出来てない部分もあると思います。失礼のない様にと思ってはいます」

「そうでしたか。ではこれからもっと共通語が学びたいとかあれば、ぜひアーテル村にいる私の友人を訪ねて下さい。カルセドニーさんもよく知る人物ですので、御用の際はカルセドニーさんに紹介してもらうといいですよ。私とその方で、アーテル村でお待ちしていますから」

「ご親切にどうもありがとうございます」

「いえいえ、困った時はお互い様ですから、あまりお気になさらず」

「ありがとうございます」

村長とカルセドニーは二人で何か会話をし、チャーリーは二人の後に続いた。

船が沢山ある所を三人で歩いて、端まで来ると、手漕ぎボートが置いてあった。

「これなんかどうですか?手漕ぎボートは今、若者には流行らないらしく乗る人が少ないのです。しかしこれは魚釣りの客には重宝するらしく、置いときたいのですが数は減らそうと思っていた所なので、一隻無料で持っていってもらえないかと思っています。」

「無料でいいんですか?」

「えぇ、処分するのもお金がかかりますし、今はボートも進化するもので、色々なボートを置いとかなくてはいけないのです。利用者が少ない物は処分するか、業者を雇って別の国に運ぶかとしなきゃならなくて。それもまたお金や手間がかかりますし、このボートも使える物なので、欲しい人に無料で譲ろうかと思いまして」

「そうでしたか、ではこれにします」

「ありがとうございます」

そこでカルセドニーは、「良かったですね。乗り心地を試してみてはどうですか?」というので、チャーリーはカルセドニーの言う事に従った。

手漕ぎボートは、オールを両手で持ち、力は結構いるが、漕ぎ始めるとスーッと進んだが、慣れないうちは操作が難しかった。

しかし、波の動きやタイミングなどをつかみ、コツが分かってくると、少しずつ焦げるようになった。

周りを海に囲まれた寒い国で暮らしていたペンギンの獣人は、船に乗り慣れている。

泳ぎも得意だが、生活の為、船を所有している者もいてチャーリーは乗せてもらっていた。

自分で漕ぐ練習もしなくてはと思っていたが、結局母国では、船に乗る事はあっても漕がずに移住してしまった。

元々、海辺での生活が彼に染みついているせいか、しばらく漕いでいると、すんなり動くようになった。

海から再び戻ると、カルセドニーから私がクルーザーで誘導しますから、今日はそれに乗って帰りますか?と聞いてきた為、そうすることにした。

村長に握手とお礼を良い、カルセドニーとチャーリーは帰って行った。




 チャーリーは、小屋に帰ると妻の姿を探したが小屋にはいなかった。

子供達に聞くと、魚を取りに行っていると返ってきた。

それなら、と早速子供達に風呂敷を開け、キモノと帯を渡した。

女の子はピンク色の生地にカラフルな色の花柄が入っている物。男の子には、紺色の無地の物を渡した。

チャーリーが二人にキモノを着せ、帯を締めた。

着慣れない物なので、前で結ぶことにした。

自分のキモノは濃いグレーの無地のキモノで、チャーリー自身とっても気に入った。

妻のキモノは、水色に紫の花柄の物である。

妻が帰ってきたら、説明すれば着られるだろうと考え、妻の分は再び風呂敷で包み、二階部分に持っていった。

子供達には触らないようにと声をかけ、チャーリーは妻の帰りを待った。

子供達は小屋の外で遊んでいる。

キモノを着せても難なく遊べているらしい。

子供達も気に入ったようで、特に娘のグレタは、遊んでいる最中でもキモノを気にして触っていた。

嬉しそうな顔をしているのを見ると、チャーリーも嬉しくなってきた。

キモノという物に出会えて良かったと思った。

元々の国では、無地の布を巻き付けていただけで、グレタは少し不満そうだった。

テレビで見るのは、島から一番近い大陸にある、いわゆる隣の国の物だけだった。

その国で着ている服も民族衣装で、それをヒントに母国の偉い人は布を巻き付けて服のように着たという昔話が伝えられている。

その、一番近い国の民族衣装をグレタはうやましいと言っていたのだった。

ペンギンの獣人が住む国を出た理由は色々とあった。ここに来てまだ数日だがカルセドニーや他の人に暖かく迎えられ、優しさに触れて、ここへ来て良かったと思い始めている。

また、島暮らしだがここを利用して良いという事なら、それもありがたい事である。

島暮らししかした事が無かった為、無人島を探していた結果、ここを見つけてやってきた。

まさか大きな大陸と同じ国の所有物だとは知らなかったが、話を聞けば聞くほど、他の国から来る者のサポートが充実しているらしい。

それはありがたい事だ。自分達も馴染むのには時間がかかりそうだが、受け入れ側が自分達を邪険に扱うような所だったら、また新たに移住場所を探さなくてはならない。

しかしここは、そうではなさそうだ。特にカルセドニーという名の男は優しく親切である。

彼も島を買ったという事は、何かしらの理由があるはずである。

それはまだ知らないが、後で話す機会があれば、聞きたいと思っている。

そのうち、家族にもカルセドニーを紹介したいと思えた。




しばらくして妻のキアラが魚を採って戻って来た。

チャーリーは妻にもキモノを渡して着てみるように言うと、「体を乾かしてから着るわ」と返ってきた。

採ってきた魚は、チャーリーが人数分に分けた。

あまり食事の時間などは決めていない。

今までは、皆で漁に出かけ、各家庭で取った魚を食べてきた。

その為、漁が終わったら新鮮な魚を食べる。

そういう感じにしてきた。

他の獣人がいない為、のんびりした時間の中、ペンギンの獣人は暮らしてきた。

学校があるわけではなく、子供達はそのご家庭で個人個人が独学で教えてきた為、国での暮らしに困らない程度に子供達は学んできた。

チャーリーは知らない事を知るのが好きだった。

だからこそ、大人になったら色々と学びたいと思っていた。

それで母国を出て、もっといろんな物を見て触れたいと思っていた。

だから語学も、母国を離れる準備も苦ではなかった。

家族を巻き込んでしまうのは、正直申し訳ない気持ちもあったが、キアラがあなたの好きにしたら?私もこの島から離れて生活してみたかったし、グレタもなんだか他の国に興味があったみたいで、物知りじいさんの所へ行って、話を聞いていたみたいだし、賛成してくれるんじゃない?問題はオスカーかしらね。島暮らしがすごく気に入っているから、と言ってくれた。

確かに息子のオスカーは、ペンギンの獣人しかいない島を気に入っていた。

仲間が沢山いるからだ。

そこで子供達に意見を聞いたところ、グレタは「テレビに映るような綺麗な布を私も着てみたい。キラキラしていて綺麗。そういう布をまとう事を、『オシャレ』っていうのよ」と返ってきた。

オスカーはやはり、友達や仲間と離れてしまうのは嫌だと返事した。

しかし、大陸には沢山の獣人が暮らしているのをテレビで見ていたらしく、世の中にはいろんな獣人が生活しているんだって。まぁ、大陸の生活も気にならないわけじゃないよ。獣人が沢山いるなら、寂しくなさそうと、返事をしてくれた。

それで一家は、チャーリーが色々と一人で動き、母国を離れ、知らない場所へたどり着いたという訳である。

ここに来て、家族の顔を見ていると、分からない事だらけという顔はしているが、それぞれにそれぞれのお気に入りの場所を見つけつつあるらしい。

チャーリーはここに来て家族と離れている時間が多かったが、それでも家族に何か問題が起きてないか様子を見ていたが、今の所大丈夫そうだ。

これからここでの生活、色々とあるだろうが、今の所は良いスタートをきれたようだ。

チャーリーは安堵した。




妻がようやくキモノに手を伸ばしたようで、チャーリーにこれはどうやって着るの?と声をかけてきた。

チャーリーは一旦自分の帯を解いて、キモノを脱ぎ、妻の横に立ちこう着るものなんだと実際着て見せた。

「前で合わせて、『帯』というのを巻いて結ぶ。結び目は前でも後ろでも良いらしい。そう、前の合わせは左右間違えないようにして、そうだ」

妻もキモノを着ると、手で生地を触り、「素敵な布ね。色も柄も良いわね。気に入ったわ。子供達のも可愛いし、似合ってる。あなたも似合うわね」

「ありがとう。さぁ、ご飯食べよう、お腹空いたし、魚の鮮度が落ちてしまう」

「そうね、美味しいうちに頂きましょう」

二人は、魚の前で今か今かと、母が着替えてくるのを待っていた。

全員揃い、一家はご飯の時間となった。

グレタは母のキモノに釘付けになり、気になっているようだった。

魚を一匹食べ終わると、「お母さんのキモノ、ステキ!あっ、オシャレね!」

「ありがとう、グレタ。グレタのも、とってもキラキラしてて素敵よ、オシャレ!」

「ありがとう!すごく気に入ったの!これで私もお姫様のようでしょ?」

「そうね、可愛いお姫様だわ」

「ふふっ、お父さんのキモノも、オスカーのキモノも、みんなステキ!オシャレよ」

父とオスカーもその言葉に「グレタありがとう。グレタが一番オシャレだよ」という言葉と「グレタが一番キラキラしているな」という言葉を返した。

キモノが好評で良かったとチャーリーは思った。

これもカルセドニーやあの店の店主だという男と、隣の国の商いという男のお陰だ。

今度、あの店でキモノを買う時は、奮発しようと考えた。

それには沢山お金を稼がなくてはならない。明日は入国手続きやら、色々とまた町を歩かなくてはいけない、疲れそうだがこの国で暮らしていくのに重要な事である。

チャーリーは食事の後、疲れをねぎらうのと、明日に備えて、ゆっくりして、体を休ませた。




翌日

チャーリーは貰ったばかりのボートに乗り、市街地側の方へボートを進めた。

今日は一人で行動しなくてはならない。

この土地は初めてな為、キョロキョロと辺りを見渡してしまう。

とりあえず進んでみるしかない。チャーリーは真っ直ぐ進んだ。

沢山の人とすれ違った。色んな種族と出会い、向こうもペンギンの獣人の姿に驚くものの、ジロジロと見るくらいで特に何もなかった。

先へ進むとカラフルな建物が目に入った。

文字は読めないが人が出入りしている姿を見ていると、紙袋を持っている人がいるのを見て、お店だという事は分かった。

この辺で色々な手続きが出来ると聞いている。

少し進んでみると、チャーリーでも読める看板が目に入った。

看板を読んで見ると、目当ての建物はここで合っていると分かった。

建物の方へ進み、前にある看板を見て中に入って行った。

何か声をかけられ、チャーリーは母国語で喋った。

女性は自分は案内係だと説明してきた。

案内係の女性はチャーリーから事情を聞き、チャーリーを受付まで案内してくれた。

そこで案内係は離れていった。

受付で事の顛末を話すと、色々な書類を出された。

これを沢山記入したり、書けた書類は別の所に出したりするらしい。

チャーリーは、記入して言われた所の窓口まで持っていった。

ちょこちょこと案内係が手伝ってくれたおかげで、スムーズに事が運んだ。

最後に島を管理している者から話があると言われ、チャーリーは仕切りのついている場所へ案内されて、その椅子に座って待っていてくれと言われ、一人椅子に座りその人を待った。




しばらくして、一人の男が仕切りの奥まで入ってきた。

「丁度良かった、チャーリーさん。連絡が来たので仕事の休み時間を利用して出てきました」

その男はカルセドニーという名の男だった。

「カルセドニーさん、わざわざすいません」

「いえいえ、私にも関係のある話ですから」

そこで、また別の男が入ってきた。

カルセドニーは、チャーリーの隣に座り、役所で島の管理をしているという男と向き合った。

男はカルセドニーと島の事で連絡を交わしている為、チャーリーよりカルセドニーと話していた。

チャーリーの事情を聞き、カルセドニーが間に挟まって話が進んだ。

結果、あの島にそのままいてくれて構わない。

仕事に関しても了承します。場所が決まり次第また連絡を下さい。

お金が貯まるまでは『外国人手当』という物を利用し生活して行って下さいと、そこまで説明され、チャーリーはほっと一息ついた。

そこでまた、色々な手続きをする為、書類に必要事項を書かされ、チャーリーはようやく解放された。

カルセドニーは、一緒に食事を食べませんか?私が出しますからと言い、チャーリーを食事へ連れてってくれた。

チャーリーもその申し出は、とても嬉しかった。

二人で公園まで歩き、カルセドニーのお気に入りの移動販売の店まで行き、公園内で二人はお昼の時間となった。

店員が「ボブ、ピザはもう少しこう…」と話している声が聞こえたが、チャーリーは賑やかな感じがなんだか嬉しくなった。

楽しそうに会話する店員同士の姿を見て、仲間と楽しく喋った時を思い出していた。

寂しい気持ちが心を覆ったが、カルセドニーが気を利かせてくれたおかげで寂しさが少し緩和した。

彼には助けてもらってばかりだ。いつか恩返しが出来れば良いとチャーリーは思った。




カルセドニーという男は、夕飯はバーベキューをしませんか?折角なんで、私達が住む島に来て欲しいと思っています。

私の家族と、私の弟家族しかあの島には住んでないので、紹介したいと思っています。

どうですか?と聞いてきた。

そうですか、私もじゃあ、家族にどうするか聞いてみますと返事をして、その会話は一旦途切れた。

バーベキューなどやった事の無い事で、正直どうするか迷ったが、カルセドニーの家族に会っておくのは必要な事だろうと思っている。

家族も参加するよう、説明するつもりだったが、家に帰り家族に話をすると直ぐに参加したいと返ってきた。

一旦、チャーリー一人で大きな島へ向かい、カルセドニーの家へ向かった。

「私は仕事ですが妻が今日は休みなので、家にいると思います、妻にどうするかを話してくれれば良いので、妻にも私からチャーリーさんが訪ねてくると話しておきます」と言っていたカルセドニーの言葉通り、尋ねるとカルセドニーの妻、エレスチェルが出迎えてくれた。

家族の了承が取れたので、夕飯時にお伺いします、何時頃こちらへ来れば良いのでしょうか?と聞くと、大体夜の七時くらいです、皆さんに会えるのを、楽しみに待っています、と、返ってきた。

チャールズは、会釈してその場を離れ、一旦家族の元へ帰り夜の七時を待った。

チャールズの家族も楽しみにして待っている。

これからこの国で暮らして行くのだ…。

今日、必要な手続きをしてこの国の住人となった。

これから仕事などもしていかなくてはならない。

子供達は今まで通り独学で学ばせ、妻にはその

先生をしてもらうつもりだ。

出来ればカルセドニーに色々と教えてもらいたい。

その為にも今日の夜は重要な社交場だ。

チャーリーは期待と不安で時間が過ぎるのを待った。




夜七時、大きな島の方で音楽と人の集まりがあった。

カルセドニーの家族とカルセドニーの弟家族である。

それと、キヌネコの「しろねこです」と名乗った少女が一人。

その少女は意味深な顔を浮かべてペンギンさん達を見つめていた。

少女の中に、誰にも話していない秘密として存在している思い出がある。

話でしか知らないのだが、とある写真は少女の血縁者の写真で、少女はそれを見に行ったり、小屋の中で寒い夜を過ごした事がある。

母親が目の前から消えて、まだ間もない時だ。

その小屋にまさか、誰かが住み着くとは思ってもみなかった。

しかし、誰にも言えない秘密の為、少女はその思い出を再び心の奥へしまった。

“さなえおばさんとしーちゃんのお母さんの写真、あの場所に飾ってある写真、大事に飾ったままにして欲しいな”という思いと共に。


              第四話 終わり

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