第9話 摩天楼の恋人

「ほんっと、一馬は最近おかしいよ。たぶらかされてるよね。隣の八幡宮でお札でも貰って体中にでも貼っといたら。」

新橋の焼き鳥屋で相変わらずビールを飲みながら麗奈が言った。


「どうせ、信じてくれないから言うの嫌だったんだよなあ。やっぱりだよ」


「100歩譲って40階に誰かいたとしても、もう二度と行くのをやめなよ。危険だし、先代のオーナーさんが作ったんなら住居不法侵入でしょう。悪いこと言わないから首突っ込むのはやめれ。酒不味くなる」


しかし翌日どうしても気になった一馬は、またしても40階のボタンを押していた。そしてまたしても扉は開いた。そして、見ると、今度は数人の着物をきた女たちが欄干から堀に糸を垂らして釣りをしていた。釣っているのはなんと魚ではなく、桔梗、木蓮、紫陽花、蓮華の花であった。


人々は一馬が入って行くのを気にする様子もなく、楽しそうに花見の宴に身を任せていた。奥の座敷まで行くと、天姫が座っている。一馬に気が付くと少しだけ笑みを浮かべた。


「来てはならぬと申したのに」


「あなたのことがどうしても気になって」


「なんとすがすがしい物言いをする若者でしょう。実は私もあなたのことが気になっていました」


「天姫様、あなたはどなたなんですか」


「むかし此処に住んでいました。男達はくる日も来る日も戦に明け暮れて死にたえ、女達だけが残りここに住み着きました」


美しい目をきりりと開くと天姫は言った。


「この天守閣は人が近づかぬ。私たちはこの数百年も静かに暮らしききた。月を愛でて天の近くに住み、時の調べを聞いて死した魂を弔い過ごしてきました。何も望まぬ、ただ平穏に日々を暮らしたいだけでございます」


その日から一馬は夜になると毎日天守閣に向かった。雨の日は浮かび上がる摩天楼の群を共に眺め、曇りの日は靄の中のような別世界を楽しみ、晴れの日は青い空の大きさを実感し、自然の中で天姫との時間を共有していた。天姫と過ごす時間がこの上なく美しくかけがえのないものになって行った。一馬は次第に天姫に惹かれていった。こんな日か一ケ月ほど続いた。



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