第7話 武士の魂
幻想的な美しさに一馬は躊躇いながらも部屋に入った。彼の手に留まっていた蛍も光の線を描いて飛び立っていった。警備員に叱られることも、幽霊に脅かされると言う恐怖心さえ無くなっていた。
蛍に誘われるようにして奥の部屋に行くと、やがてうすぼんやり人影が見えた。それは前に見た童女だった。近眼の彼にも確かに3人の童女が暗闇の中に立っているのは見て取れた。そしてその童女に囲まれて長い袂の着物を来た女性が、座敷に座っているのが見えたのだ。女性は長い黒髪を肩に垂らし中央は髷風に結い上げ小枝の櫛をさしていた。地模様のある浅黄色の着物に濃い紫の打掛を羽織って佇んで、童女たちと戯れているかのようだった。一馬に気が付かない様子でひとしきり遊び終わると、その伏していた目を上げて静かに彼のほうを見つめた。
暗闇の中に薄ぼんやり見えた女性の顔はどこまでも白く、切れ長で吸い込まれそうに澄んだ目は深い湖のように憂いを湛えていた。物憂げな表情は変わることなく、唇は桜の花びらのように薄い色を添えていた。
「あなたは」
恐れも忘れ、ふり絞るように尋ねた一馬だが声は震えていた。
「どなたなんですか」
女性は清らな澄んだ声で静かに答えた。
「私は天姫」
その瞳は瞬きもせず、真っ直ぐこちらを見つめたまま今度は女のほうがゆっくりと尋ねた。
「あなたは?」
手に冷たい汗を感じながら彼は答えた。
「僕はこのビルの34階のアクトって会社に勤めている奏一馬と言います」
「なぜ、ここにへ来たのですか」
「あ、あのエレベーターの中に蛍が居て、ここから来たのかと思い、返しに来たんです」
女性は非常にゆっくり言葉の一つ一つを確かめるかのようにかすかに微笑んで言った。
「蛍は戦で亡くなった武士たちの魂。あなたはなんとお優しい。」
やがて3人の稚児がおいでおいでをのしぐさをしながらするすると歩き始めると、見えない力で導かれるように一馬はそのあとに続いた。すると、エレベーターのところに出てなぜか扉が開いていた。振り返ると離れた場所に立つ天姫が無表情だがはっきりとした口調で言った。
「二度と、ここに来てはなりませぬ。」
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