第6話 蛍の行方
一年余りの月日が流れた。一馬は毎日会社に通う中、ビルを外から眺めて見るのを好んでいた。抜けるような晴天の日、天空を突き刺すようにすくっとそびえたつビルを。桜の木の下から眺めるのも好きだったし、夏の雷の日の光景は映画のようにドラマチックだった。夜の光景は圧巻でライトアップされた中にバベルの塔のごとくそびえ立つビルは見事だったが、人間の限界はどこまで続くのかを考えさせた。
「あんなビルのてっぺんだったら、幽霊の一人や二人住んでても不思議はないよなあ」
しかし、もう二度と上の階にはいかないようにしていた。これ以上興味本位で行ってみても誰かに話すこともできないし、もし幽霊が仮に存在したとしても、静かに暮らしている魔界の住人を、面白半分に騒ぎ立てるのもどうなのかと漠然と思っていた。
いつものように仕事を終えて帰ろうとエレベーターに乗った時のことだった。エレベータの中に何やら小さな動くものが飛んでいてやがて一馬の手の甲にとまった。目を凝らして見ると、なんと薄い光を伴った蛍だ。
(こんな、高層ビルのエレベーターにホタル?)
蛍は羽を振るわせ小さく発光した。
思いを巡らせてみた。
40階の欄干の外に堀のようなものがあり、そこに池があった気がする。
(あそこに蛍が産卵して飛んできたのかも)
まさかと心で打ち消したが、指は40階のほうに向いていた。
(はかない命だから逃がしてやろうか)
着くと扉が開いた。思いがけない光景が目に飛び込んだ。
薄暗い天守閣には無数の蛍が飛び交い、薄い光を伴って今までに一度も経験したことのない神秘的な光の幻想が広がっていた。
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