第2話 幻の女性

朝早く出勤した一馬はエレベーターから34階を押すと、40階が目についた。


(41階建てって言ってたけど40階までしかエレベーターは無いんだな)


興味本位で34階を通り越して40階まで行ってみた。エレベーターはいったん止まったが開くことなくそのまま下に降りた。


そのまま会社に出向き制作に取り掛かったが、どうも気が散って仕事が捗らない。夕刻7時を過ぎるとほかの社員が帰る中、一馬はもう少し仕上げていきたいからと有住に残業を申し出た。


「わかったけど早く帰るんだぞ。ビルは12時過ぎるとエレベータは止まるし警備室に届を出さないと出入りができなくなるからな。」

「はい気を付けます。お疲れさまでした」


一人になったあと集中できたので仕事はは捗ったが、時計を見るともう12時近い。まずいと思って慌てて道具をしまい会社のカギを閉めてエレベーターに乗った。1階を押そうと思ったが、なんとなく再び最上階が気になった。


40階を押すとエレベータはそこで止まり内側から開いた。


暗闇の中に現れた部屋は想像を絶するものだった。


窓から1メートルくらい内側に欄干をかたどった木作りの囲いがあり、内側は床板が敷き詰められ、天井は丸く木を組んである。床板の真ん中に三間ほどの畳の部屋が一段高く組まれており、黒地に金箔で月が装飾してある屏風が見えた。窓の外は東京の夜景をものの見事に360度見まわすことができるが、ところどろこが花頭窓になっていて切り抜かれたシルエットのようだ。見事な天守閣がそこにあった。


これほど美しい天守の中は見たことが無い。

畳の茶室の隅には一つだけほんのり灯った灯篭が置かれていた。薄暗闇の中に浮かび上がる光景にを息をするのを忘れるくらい見入っていた。


音をたてないように部屋の中に入ると、かすかに茉莉花の香りが漂ってきた。誘い込まれるかのようにその香の方向を辿って行くと、暗闇の中から古い武家風の着物を着た女性の姿が浮かび上がった。一馬の体は膠着した。


「まさか」


花頭窓から外を見ていたその女性は、ゆっくりとおもむろに一馬のほうを振り返った。



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