第31話 ハッピーエンド?



「……どういうことだ?」


 目を覚ますと、何故か継成とみんなが言い争っていた。

 どうして揃っているのか分からず、俺は首を傾げた。

 地獄に行ったと思っていたけど、生きていたのか。さっきまでのは全部夢だったわけだ。


「あっ、兄さん。目を覚ましたんだ。良かった」


 ほとんど吐息のような声量だったが、みんなが勢いよくこちらを見る。少し怖くて思わず後ずさりしたら、継成が駆け寄ってきた。


「心配したんだよ。体は平気?」

「えっと、平気だけど……どうして継成がここに?」


 体を隅々と確認する継成に、どうしてここにいるのか尋ねれば、大きな舌打ちをして顔をしかめた。そんな顔をする子に育てた覚えは無い。育ててはないけど。


「兄さんが屋敷からいなくなっていたから、心配して探したんだ」

「そうだったのか。心配かけて悪かった」


「そいつのこと信用しない方がいいですよ。ここを見つけたのだって、持ち物にGPSを仕込んでいたからで。普通の弟はこんなことしないでしょう」


 継成に感謝していると、水を差すような榛原の声が聞こえてきた。

 GPS?

 聞き捨てならない言葉が聞こえてきたので、首を傾げていると再び継成が大きな舌打ちをする。


「僕の代わりでしかなかったくせに、口を挟まないでくれますか?」

「ああ!?」


 嘲るような継成の言葉に、カッとなった榛原が殴りかかろうとした。でもそれを他の人が止める。


「おまえきらい」


 その中の一人である四万が、継成を睨みつけた。眼光鋭いのにも関わらず、継成は涼しい顔だ。


「僕もお前が嫌いだよ。お前だけじゃなくて、全員大嫌いだ。兄さんの傍にいて、ずっと気に食わなかった。挙句の果てには、兄さんに危害を加えようとしたね。もう兄さんの前に顔を出さないでくれるかな」


 にこやかに、でも徹底的に拒絶する言葉を放つ。俺はオロオロとするしかない。


「どうして、お前が決める」

「兄さんと僕は家族だから。危険だと判断したら、遠ざけるのは当たり前でしょう。僕はあなたのことを許していません」


 筑紫を睨みつけるのは、俺の首を絞めた犯人だと知っているからか。そうだとしたら、ここまで敵意を向けているのも納得出来る。思っていたよりもブラコンな継成にとっては、文字通りみんなが敵なのだ。


「俺達のことを許さないって言ってるけどさ。人のこと言えないよな。そもそもの原因のくせに、偉そうな口を叩くな」


 いつもより雰囲気が険しい佳人が放った言葉に、さすがの継成も図星をつかれたのかぐっと黙る。

 それを足がかりに、さらに責めたてた。


「お前だって酷いことをしたのに、自分だけ棚に上げるなよ」


 継成の体が震えている。可哀想で、俺はそっと手を伸ばした。


「継成、大丈夫だから。そんな悲しい顔をするな」


 頭を撫でれば、継成はふにゃりと安心したように笑った。


「兄さん、ごめんね。僕のこと嫌いになった?」

「ならない。俺だって悪かったからな」

「大好き」

「俺も好きだ」


 やっぱり継成は可愛い。よしよしと頭を撫でていれば、何かが突撃してきた。ミサイルかというぐらいの威力に、俺は呻き声をあげる。


 腰の辺りに抱きついてきたのは榛原だった。ぐりぐりと頭をなすりつけてきて、痛いぐらいだ。


「どうした?」

「ずるい。どうして俺だって好きですっ」


 これには、さすがにきゅんとなった。可愛い。可愛すぎて甘やかしたくなる。

 俺は空いている手で、榛原の頭を撫でた。継成がさらさらなら、榛原はふわふわだ。どちらも手触りがいい。


 違いを楽しんでいたら、また何かが突撃してきた。先ほどより衝撃が大きくて、俺は一瞬意識が飛びかけた。

 榛原よりも体格がいい四万が来たら、その分ダメージもでかい。呻いていた俺に、四万が自然と上目遣いになって見つめてくる。


「おれもすき」


 可愛いが増えた。ダメージなんて吹っ飛ぶぐらい、可愛くてたまらない。

 これは撫でなくては、そんな使命感に襲われて、俺は三人平等に撫でていく。


「なあ」


 いつの間にか傍にいたのか、筑紫が話しかけてくる。俺はそちらを見た。

 首を絞められたのは、まだ覚えている。俺のことを許していないだろう。

 何を言われるのか構えていたら、強めに頭を撫でられた。首が取れそうなほどの力強さだ。

 嫌がらせなのか、優しさなのか分からずに戸惑う。


「首、平気か?」


 頭から首に手が移動していく。俺からは見えないが、たぶん痕になっているのだろう。


「平気だ。……悪かったな。今まで本当のことを言えなくて」

「いや。……言えない理由があったんだろう。聞かないで勝手に責めて悪かった」


 痕を消そうとするみたいに、すりすりと撫でられる手が気持ちよくて、目を細める。


「俺達はみーんな怒ってないからさ、戻ってきてよ。というか、もう俺達と一緒にいても問題ないでしょ。帰ろう」


 佳人が目の前に立ち、俺に手を差し伸べた。その手を取ってもいいのだろうか。俺に資格はあるのか。見つめたまま迷う俺の背中を押すように、みんなが寄り添ってくる。


「いいんですよ、俺達とまた一緒にいましょう!」

「……榛原」

「いっしょにいたい。またごはんたべよう?」

「……四万」

「話したいことがたくさんある。もう逃がすわけないだろ」

「……筑紫」

「一緒にいてくれないとおかしくなる。みんな、もう手遅れなんだ。だから諦めて」

「……佳人」


 許してくれるのなら、俺もみんなと一緒にいたい。その手を取りたい。

 俺は手を伸ばす。


「だーめ」


 でも継成が止めた。

 俺の手を掴み、自分に引き寄せる。


「兄さん、僕と一緒にいてくれるんでしょう。僕を置いてくの?」

「ぐ、ぬう」


 うるうると見上げられたら、見捨てられるわけがなかった。選べない苦しみに胸を押さえていると、榛原や四万が声をあげた。


「ぶりっ子しないでくださいよ。あくどいことをしているのは知っているんですからね!」

「おまえ、きらい」


 それに対し、継成は舌を出す。


「それはお互い様でしょう。そっちの会社もいい話は聞きませんからねえ」


 後から知ったことだが、実は継成が経営している会社と佳人達が経営している会社は、ライバル関係にあるらしい。それもあり、俺を探しに来た継成が現れた時、どういうことだと一悶着あった。


「兄さんは、僕と一緒に会社を盛り上げていくんです」

「そんなことさせるかよ」

「そうだ。俺達と一緒にいたいって言ってくれたんだから」


 言い争うみんなに置いていかれている俺は、ウロウロと視線をさ迷わせていることしか出来なかった。


「兄さん」

「どっちを選ぶんだ、なあ」


 うわ、こっちに矛先が向いた。

 みんなが俺の答えを待っている。たくさんの視線にさらされて、俺はこめかみに汗がつたう。

 選べなんて急に言われても困る。とにかく叫びたい気分だ。


 ――俺はもう関係無いって言っているだろ!


 いや、関係あるのか。



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俺はもう関係無いって言っているだろ! 瀬川 @segawa08

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