第30話 不思議な世界で
――ここは夢だ。
俺はそう自覚しながら、ふわふわとした場所をあてもなく進んでいた。
どうして夢だとすぐに分かったのかというと、まず空と雲がピンク色だからだ。夕焼けの景色にしては、ファンシーすぎる。
後は歩いているところが、でこぼこしたマシュマロの道なのもありえない。
足が沈み込むけど反発もある感覚が新鮮で、いつまでも歩いていたい。
進む先に、何が待っているのだろう。
俺だけしか生き物がいない場所で、心地いい気分で歩いている。ここにずっといられれば、悩みを抱える必要は無い。
「夢から覚めたくないなあ」
覚めたところで、待っている現実は決して楽しくない。
「いや、待てよ。ここって死後の世界だったりして」
勝手に夢だと決めつけていたが、死んでいる可能性も高い。筑紫に首を絞められ、そのまま死んだのかもしれない。
きっと誰も止めなかった。みんな、俺に対して裏切られたという顔をしていた。見殺しにされたとしても文句は言えない。
「地獄?」
そうだとしたら、なんてファンシーな場所だろうか。天国とは思えない。もし天国や地獄が実際にあるとすれば、俺が行くのは後者だ。
「鬼とかいるかな。そうしたら、一戦ぐらいお手合わせしてもらうんだけど」
戦える機会なんて、そうそうない。どれだけ強いか試してみたい気がする。勝てないとしても、いい経験になりそうだ。
「どこまで歩けばいいんだ?」
先が見えない。目的地が分からない。
いつか地獄の門が出てくるのだろうか。
ただ歩いているだけでは暇なので、俺は思い出を振り返ってみることにした。走馬灯の一種みたいなものだ。
でも、思い返せば思い返すほど、出てくるのはみんなとの記憶ばかりだった。
初めて会った時、喧嘩した時、馬鹿騒ぎした時、くだらない話をした時、その全てが大事な思い出として俺の中にある。
「あーあ」
自覚してしまった。どれだけ大事だったかを。こんなに大事なものを捨てられるわけがなかったのだ。
「土下座すれば許してくれたかな。無理か」
俺がしでかしたことの大きさは、土下座どころでは済まない。でも許してくれるのであれば、何度でもする覚悟はあった。
「もう、手遅れだしな」
死んでしまった今となったら、謝る機会も失われた。いつも自分は選択肢を間違えている。そのせいで、最悪な方向に進んでいるのだから笑えない話だ。
「……やり直すチャンスがあれば、もう絶対に間違えないのに」
そう呟いた途端、どこからかクイズ番組で正解した時に鳴らされるような音が聞こえてきた。
「は?」
そしてわけが分からないうちに、俺の足元にぽっかりと大きな穴が開き、油断していた俺は真っ逆さまに落ちていった。
♢♢♢
――今度はどこに来たんだろう。
ふわふわとした感触の中で、俺は横になっていた。まどろみから抜け出せず、頭も上手く働かない。
視覚にはまだ頼れないので、とりあえず手を動かしてみる。
柔らかいが、滑らかだ。手触りがいいので、俺はするするとなぞる。
指をすり抜けるのが面白くて、くすくすと笑っていれば、自分以外の気配を感じた。
ずっといたのか。全く分からなかった。俺は驚きながらも、警戒せずに笑い続けた。ここは地獄かそれ以外の世界だから、何をしたって構わないはずだ。
気配に向かって手を伸ばす。俺の行動を不審に思っているのか、相手は動かなかった。
普段なら諦めるが、今の俺はわがままでも大丈夫なメンタルになっていた。
「……て、にぎって……?」
ねだるようにわがままを言えば、一瞬の間があり、手に温かいものが触れる。その体温が心地よくて、俺は顔が緩んだ。
「……あったかい」
吐息混じりに感想を言えば、手が絡められる。
なんだろう。たくさんの人に触れられている気分だ。全然嫌じゃない。むしろ安心できる。
「ずっと、こうしていたいなあ……」
温かい場所を、自分で手放した自分が言える話じゃないけど。悲しくて涙をこぼす。
「……それなら、どうして手放したの?」
どこからか質問される。声がぼんやりとしていて、誰か判別できない。俺よりも、凄く苦しそうで悲しそうだ。
ああ、そんなふうに悲しまないでほしい。
「……ただ、ただおれがよわかった。きずつけたくなくて、まもりたかったのに、けっきょくきずつけた……ちゃんと、みんなにそうだんすれば、よかったのになあ。しんじてなかったわけじゃないのに」
今なら、本当のことを言える。なんとか言葉を紡いでいたら、息を飲む音が聞こえた。
「おれがちゃんと、ぜんぶむきあうべきだった。かぞくのことも……でも、もうておくれだ」
「どうして、そうおもう?」
さっきとは違う相手からの質問だ。でも、誰か分からない。
「……きらわれた。ゆるしてもらえない。とうぜんだ。おれはうらぎりものだから」
「許してもらえたとしたら、どうします?」
「そうだなあ。こんどはぜったいまちがえない」
「何を?」
「だいじなものからにげださない。ぜったいてばなさない。みんなだいじだから」
いくら反省したところで、もう俺の手には残っていない。
それが悲しくて涙が止まらなくなってしまう。
ここは本当に地獄だ。こんなに辛いことはない。罪を改めて自覚させられ、もう決して届かない仮初の温もりを与えられるのだから。
いつか消えてしまう温かさを離さないように、俺は指に力を入れた。
「……ごめんなさい」
伝えたい相手に届けられない謝罪を口にしながら、俺はぼんやりとまどろみの中に戻っていった。
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