第29話 感動の再会?



 他にいた人達によって、俺達は川から引き上げられた。

 俺を捕まえるために、榛原、四万、筑紫、佳人まで川に飛び込んだ。全く命知らずもいいところである。

 危ないから説教しようと思っていた俺だったが、何故か正座をさせられている。


「どうして逃げたの?」


 腕組みをした佳人が、代表して話しかけてくる。俺は誰の顔も見えずに、自分の膝を見た。


「ねえ、どこに行ってたの。また俺達から逃げようとしたよね」

「それは……」

「違うとは言えないでしょ。明らかに逃げたんだからさ」


 それについては、なんの弁解も出てこない。

 俺は気まずく目をそらすと、小さな声で言った。


「……今まで、ごめん」

「それは、何について謝ってるの?」


 何について、か。全部だ。

 俺の行動は、きっと全て間違っていた。そのせいで、色々な人を傷つけた。


「確かに怒ってる。凄くね」


 佳人の声は静かなものだった。その分、大きな怒りを感じた。

 ここでお別れだ。俺が手放した。覚悟した別れが、決定的になっただけ。


 覚悟を決めて、俺は決別を待った。足を強く掴んだ。爪を食い込ませた太ももが痛い。


「……俺達はそれだけ頼りなかった?」


 佳人の震えた声。俺は思わず顔を上げた。

 そこには、今にも泣き出しそうな佳人の顔があった。


 ――いや、佳人だけじゃない。

 榛原も四万も筑紫も、みんな泣きそうな顔をしている。すでに涙も見えた。

 怒られるよりも、逆に胸が痛くなった。


「いなくなったのには理由があったんでしょ。でも俺達になんで相談してくれなかったの? 相談してくれれば、絶対に力になったのに」


 ――そうだ。俺は、頼るべきだった。

 榛原が襲われて、他の誰かも狙われる可能性があった。みんなを守るためだと、俺は勝手に判断して姿を消した。

 突然消えて、どう思うかも考えずに。


 目頭が熱くなる。俺が泣く資格なんてない。

 唇を噛みしめて、みんなを見ることしか出来なかった。


「俺達と会った時、話してくれても良かった。待ってたのに。でも、ずっと隠したままで……」


 それぞれが店に現れた時、俺は身元を隠した。正体を分かっているような含みを見せた佳人が来ても、ごまかして結局言わなかった。


「俺達は……大事な仲間じゃなかった?」

「そんなわけっ」

「そういうことでしょ! 必死に探して見つけたのに、知らないフリをした! ここにいるみんなは、まだ古書店の店主だったって気づいてない! それをどう説明するの?」


 驚きが場に広がる。俺はどこか冷静な頭で、まだ言ってなかったのかと違う意味で驚いた。

 みんなが店に来た時点で、もう俺のことをバラされたと思っていた。

 でも違った。バラされるとしたら、たぶん悪いタイミングだ。


「え……千種さんなの?」

「ちくさが……」

「……嘘だ」


 ああ、みんなの顔が見られない。

 呆然とする声に耳を塞ぎたくなった。でも俺は全く動けない。


「……わる、かった……」


 ここまで来て認める以外ない。俺は謝罪を口にした。とてつもなく小さな声だが、ちゃんと届いてしまった。


「ふざけんなよっ!」


 真っ先に動いたのは筑紫だ。俺は胸ぐらを掴まれ、無理やり顔を上げさせられた。

 間近で見た筑紫は、顔を怒りで染めていた。その中に、悲しみや裏切られたといった感情も見えてしまった。


「あんた、ずっと俺達を騙してたのかっ。必死になってる俺達を見て嘲笑ってたのか!」

「ぐっ」


 うめき声しか出せないぐらい苦しい。でも俺の苦しみなんて、みんなが感じていたものと比べたら無いに等しかった。

 このまま首を絞められて殺されても良かった。殺されるなら本望だ。

 俺はとてつもなく苦しかったが、ゆっくりと目を閉じた。



 ♢♢♢



 その体から力が抜けたのを見て、さすがにまずいと俺は筑紫の手を掴む。でも怒りで周りが見えていないせいで、息を荒らげたまま力を緩めない。

 自分も冷静じゃなかったけど、混乱している人が他にいると逆に鎮まってきた。


「筑紫、止めておけ。死ぬ」


 呼びかけても届かない。駄目だ。完全に我を忘れている。


「筑紫っ」


 話しかけるだけじゃ埒が明かない。俺は掴んだ腕を強く引っ張った。そして、こちらを向いた筑紫の頬を殴る。

 力技だが、こうでもしないと目を覚まさないと思った。


 バキッという音とともに、筑紫が吹っ飛ぶ。命の危機だから、加減なんて全く出来なかった。

 吹っ飛びはしたが、筑紫じゃ頑丈だから気絶まではしなかった。切れた口から血が出ている。それを拭いもせずに、俺を睨んできた。


「……何すんだよ」

「それはこっちのセリフだ。今何してた。まさか殺そうとしてた?」

「……裏切り者には死だ」


 こんなことを言ってるが、本心じゃないのは分かっている。混乱しているだけだ。

 特に筑紫は、千種に対して酷い言動をしていたから、そのことを思い出しているのかもしれない。


「頭に血が上ってたのは俺も同じだ。そもそもの原因になっているから強く言えない。でも、殺したらそこで終わる。何があったか聞けないままでもいいなら、もう止めないけどな。そうじゃないだろ。どうしてこんなことになったのか、ちゃんと聞きたいだろ」


 殴ったおかげで、冷静に考える頭を取り戻したらしい。目はぎらついているが、もう危害を加えることは無さそうだ。俺は視線を筑紫から外した。


 首を絞められ酸欠になり気を失っているのを、榛原と四万が介抱している。目をつむり顔が紙のように白い。でも呼吸はしているから、救急車を呼ばなくても平気なはずだ。

 ただ、ずぶ濡れだから要注意である。


「ほんとうにちくさだったの」

「……ずっと一緒にいたのに、全然気が付きませんでした……」

「おれだって。きづくきかいはあったはずなのに。おしえてくれなかったからって、せめられるたちばじゃない」

「そうですね。何があったのか、ちゃんと聞いてから判断します」


 俺達よりも二人の方が、先のことをきちんと考えていた。目尻からこぼれた涙を指で拭っている姿は、慈悲を感じさせた。



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