第28話 大団円とはいかず



 継成と仲直りができた。

 何年もかかった兄弟喧嘩だったが、いい感じに収束した方だろう。行き当たりばったりにしては、上手く立ち回れた。


「兄さん、兄さん。兄さん大好きだよ」

「はいはい、分かった分かった。俺も好きだ」

「兄さんの弟は誰?」

「継成」

「正解。賞品は弟の僕です」

「わーい、やったー」


 なんだ、このおかしな空間は。

 俺は遠くを眺めながら、棒読みで継成の相手をする。それでも満足気だ。相手をしてもらえるだけで嬉しいらしい。


「継成。寂しいかもしれないけど、一度店に帰りたいんだ」

「……まだ一緒にいたい」

「俺もいたいけど、ちょっと店が心配なんだよなあ。いつでも会えるから、な。もう絶対に逃げないと約束するし、頼む」

「約束だよ」

「ああ、約束だ」


 ここまでが長かった。店を放置しすぎているから、さすがに一度戻らないとまずい。

 約束すれば、ようやく抱きしめるのを止めた。しぶしぶ離れたので、俺はなだめるためにおでこにキスをする。


「言うことを聞いてくれたご褒美だ」

「ふぁ」


 変な声をあげて、継成が固まった。おでこを押さえて、ぼーっとしている。

 俺は継成の頭を撫で、屋敷から出た。


「それじゃあ、ちょっと行ってくるな」


 返事は無かったけど、まあいいか。



 ♢♢♢



「あー、タクシー呼べば良かったな」


 来た時に使った車を見つけられず、俺は電車やバスなどの交通機関を使って帰ってきた。思ったよりも遠くなくて助かった。


「まあ、髪を切っていたおかげで、通報も職質も受けずに済んだな。あー、視界が良好すぎる」


 もうすぐ店が見える。

 問題が解決したおかげで、凄く気分がいい。なんだか鼻歌まで自然と出て、足取りも軽かった。


「帰ったら、とりあえずゆっくり寝るんだ」


 至れり尽くせりだったとはいえ、気は休まらなかった。家でリラックスして眠りたい。今はそれだけしたかった。

 ゆっくり休めると考えたら、眠気が襲いかかってくる。


 ふわっと大きな口を開けてあくびをし、角を曲がる。そうすれば店が見えてくるのだ。

 時間が遅いから、もう榛原や四万、筑紫に佳人はいないだろう。そうでなければ困る。


 俺はあくびをしたまま、完全に気を抜いていた。でも、もっと警戒するべきだった。


「……は」


 大きな口を開けた状態で、俺は立ち止まる。でも、すでに大きな一歩を踏み出してしまっていた。

 角から姿を現した俺に、複数の視線が向けられる。それは全て知っている顔だった。


 俺も相手も、一瞬固まった。

 先に回復したのは俺だ。眠気はどこかに吹っ飛び、元に来た道を戻る。


「待てっ!」


 そう叫んだのは誰だろう。

 ただ捕まったらまずいとだけは分かり、俺はがむしゃらに走った。

 何人もの走る音が聞こえた。とにかく走っているけど、いつ追いつかれるか。


 まさか、みんなが店の前にいるなんて。

 いつからいたのか。どのぐらい待っていたのか。いくら考えたところで答えは出ないから、それよりも足を動かすことに専念するべきだ。


 ああ、誰かが俺の名前を呼ぶ。捨てたはずの名前を何度も呼ばれる。

 ずっと探されていたのだ。見つけた今、絶対に諦めるはずがない。


 夜遅くに、遠目だったのに、よく俺だと気づいた。ちょうど近くに街灯があったのが悪かった。気を抜いて顔が丸見えだったのも悪かった。


 どうして走っているんだろう。自分でも理由が分からない。

 継成の件が解決し、もうみんなと仲良くするのに障害は無い。姿を消して悪かったと、そう謝ればいい。これからは、また一緒にいられると。


 でもそれが出来なかった。もし受け入れてもらえなかった時、俺が不要だと言われた時、考えただけで恐ろしい。

 いや、そうなってもおかしくないぐらいの行動をした。探していた理由が、俺に復讐するためでも驚かない。


 ああ、会いたくなかった。

 このまま俺をいないものとして、忘れてくれれば良かった。でも、そうなったらそうなったで、傷ついただろうから俺はわがままだ。


 息が切れてくる。もう少し体力があるつもりだったが、最近の生活で弱くなっていたらしい。

 人数的にも向こうが有利なのに、さらに化け物並みに体力がある奴が多かった。

 縮まる距離。あと少しで追いつかれる。


 諦めるべきだと頭では理解している。余計な真似だと。

 でも、俺は諦めの悪い男だ。こんなことで終わらない。

 どうせ追いつくだろうと考えられているなら、意表を突くぐらい許してほしい。


 俺には地の利がある。

 そして闇雲に走っているわけではなく、ちゃんと計画を立てていた。

 そこまでは追いつかれるな。あと少し。もう少しだけ体力が持ってくれ。


 走って、とにかく走り続けて。

 俺は行き止まりに着く。袋のネズミだ。

 でも完全に壁というわけじゃない。その向こうには川があった。


「せっかく、買ってもらったんだけどな。継成なら許してくれるか」


 心ん中でごめんとだけ軽く謝って、俺は勢いを緩めることなく飛ぶ。

 悲鳴が聞こえたが、俺を止める理由にはならなかった。むしろ爽快だ。


 さすがに、ここまでは来ない。

 逃げ切ったら、とりあえずは継成のところに戻ろう。そして、どうするかゆっくり考える。

 一旦冷静になれば、どうすればいいかいい考えが見つかるはず。継成にアドバイスをもらおう。


 上手く川に着水し、流れに身を任せながら、俺はこれからのことを考えた。

 だから、同じように誰かが川に入ってきたのを見られなかった。


 誰だ。川に飛び込んだ馬鹿は。

 人のことを棚に上げて、俺はそちらを思わず見た。

 そうしている間に、水に入る音が次々と聞こえてくる。一体何人飛び込んでいるのだ。

 暗くてよく分からない。


 俺は水に流されるのを止めて、その場にとどまる。水に落ちた者が浮き上がる気配がなく、心配になってきた。どこかに頭を打って溺れたんじゃないか。


「お、おいっ」


 いつまでも出てこないみんなに呼びかける。周囲を確認しても分からない。

 どうしよう。

 探すべきか迷っていたところで、たくさんの腕が水中から出てきた。


「う、うわっ!?」

「「「「つかまえた」」」」



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