第27話 変わっていく
食事を終えて、次はどうするかという雰囲気になった。普通に出かけてしまったけど、よくよく考えたら俺と継成の関係は、誘拐犯と被害者だ。こんなふうに、のほほんとしている場合ではない。
それに、少し気がかりなこともある。
榛原や四万の存在だ。出張買取に行く話はしていない。そのまま、数日店を開けない、家にいる気配がないとくれば、失踪届でも出されているかもしれない。
でも、そうなれば継成が揉み消すか。何も言わないから、きっとまだ騒ぎになってないだろう。早めに帰れば何とかなるはず。
俺は楽観的に考えていた。実際に、どうなっているかも知らずに。
「……ねえ兄さん、今何を考えてるの?」
意識を飛ばしていたのに目ざとく気づいた継成が、俺の顔を覗き込んだ。目からハイライトが消えている。どうしてこうもキレやすいのか。
「んー、そうだな。そろそろ真面目に話さなきゃなって。後回しにしても、最終的には向き合う問題だから」
俺は継成の手を掴む。
「ちゃんと話をしよう」
俺の手を振り払えず、悲しそうに継成は微笑んだ。
「……一旦、戻ろうか」
♢♢♢
無言のまま帰宅し、応接間に通される。
テーブルには、すでに紅茶が用意されていた。姿を見ていないが、どうやら存在はしているらしい。
俺に見せたくないのか、俺を見せたくないのか。どちらだろう。
「まあ座って」
「ああ、うん」
「せっかく用意してくれたから、冷める前に飲もうか」
「……そうだな」
テーブルを挟んで座り、向かい合った状態になる。視界良好になったおかげで、継成の顔がよく見えた。
カップにお茶を淹れているが、手元が震えて危うい。顔色も悪く、強ばっていた。
明らかに緊張している継成は、俺とどんな話をすると考えているのか。
ゆっくりと、かなりの時間をかけて淹れられた紅茶を飲む。渋みが全くなく、すっきりとした口当たりだ。茶葉もいいが、淹れ方が上手い。
これで少しは力が抜けるかと思ったが、継成は緊張したままである。
「あのな、継成」
「な、なにっ」
まだ名前を呼んだだけだ。それなのに、大げさに反応した。カップを持つ手が震えて、カタカタ音を立てている。
落としたら危ないからと、俺は継成の手を握った。
「継成、落ち着け。零すかもしれないから、ちょっと置こう」
優しく話しかけながら、力が入りすぎている指をほどいていった。テーブルに置けば役目が終わったので、手を離そうとした。
「にいさん」
でも継成がそれを止める。涙をにじませ、俺の指を握った。
「にいさん、ごめんなさい。あやまるから、たくさんあやまるから。ぼくをおいていかないで」
涙があふれて止まらない。子供みたいな泣き方だ。ぐずぐずとおえつを漏らして、俺の指を必死に掴んでいる。
その様子に母性じゃなく、兄性が湧いた。
継成はおれを好きだと言った。
でもそれは、やっぱり恋じゃない。
俺がいい兄ではなかったから、弟に対して劣等感に似た気持ちを向けてしまったせいだ。
優秀で将来有望だったとはいえ、俺とは違った重圧がかけられていた。
それなのに俺は、その苦しみを理解して慰めてやれなかった。兄失格だ。
「継成、悪かった。何も言わず目の前から消えるべきじゃなかったな。俺のことを心配して暴走した。やり方が良くなかっただけだ。俺が向き合わなかったせいだ。本当にごめん」
俺は手を握らせたまま、継成の隣に移動した。
「溜めていた文句、今なら聞いてやるから。吐き出せ。叫べ。ぶつけろ」
その体を抱きしめて背中を撫でる。胸元に寄りかからせるのは体格的に無理だったので、肩にあごがのった。顔が見えない方が、継成も言葉にしやすいだろう。
初めは遠慮して泣くだけだった継成は、俺の背中に手を回した。
「ぼ、くはっ、兄さんと仲良くしたかった! 昔は一緒にいてくれたのに、僕が跡継ぎにふさわしいって言われるようになって、兄さんはどんどん距離を置いた!」
「うん、そうだな。ごめん」
「跡継ぎとかどうでもいいっ。僕は兄さんの弟でいたかった。前みたいに仲良くしたかったのに、兄さんは家に帰らなくなった」
「歩み寄ろうとしてくれたんだな。それなのに気づかなかった俺が悪い」
「それでも、いつかは僕のことを認めてくれるって信じてた! 僕が兄さんを嫌ってないって分かってくれると思ってた! でも、でも……兄さんは、僕じゃない奴を弟の代わりにしたんだ!」
――ああ、そうか。
継成の怒りは、俺が榛原を弟みたいに可愛がったのが原因だった。弟として接してもらえなかったのに、俺が別の人物を可愛いがっていると知ってしまった。
俺の好意が別に向いている。それが我慢ならなかった。
やっと原因が分かり、俺はなんとなく脱力した。
俺が逃げざるを得なかった原因を、俺が作り出した。すれ違って、自分だけが不幸だと思い込んでいたせいだ。
「……継成、よく聞いてくれ」
大丈夫、まだやり直せる。
俺達は生きていて、時間もある。決別する必要はない。
不器用な兄弟喧嘩みたいなものだったから、最後にするのは仲直りだ。
「俺の弟は、継成。お前だけだよ。他に代わりはいないから。これからは逃げずに、今日みたいに一緒に出かけて、食事をして、たくさん話をしよう」
継成に話しながら、自分にも言い聞かせた。
ぐずぐずと鼻を鳴らした継成は、俺を強く抱きしめる。
「……もう、僕をおいてかない? 僕を見ないふりしない?」
「しない。……あーっと、毎日は無理だけど、ちゃんと会いに行くから。親父には会いたくないから、継成が店に来てもいい」
「そんなこと言われたら、僕毎日でも行っちゃう」
「それは駄目だ。仕事はちゃんとやらなきゃな」
「仕事で頑張れれば、たくさん褒めてくれる?」
「ああ、今まで出来なかった分もな」
俺の答えは満足がいくものだったらしい。鼻を鳴らすのを止めて、満足そうな声を出している。
「……兄さん」
「ん?」
「ごめんなさい」
吐息のように微かな声量で言われた謝罪に、俺は抱きしめることで意思を示した。
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