第26話 本当の望みとは




「兄さんと食事なんて久しぶりだね。それに、いつもはテーブルに並んでいたから、こうして向かい合うと顔が見れて嬉しい」

「……そうか」

「兄さんは肉より魚の方が好きだよね。ちゃんと知ってる。だから最高級の品を用意させたんだ。美味しい?」

「……ああ、美味い」


 本当は味がしないが、正直に言ったら作った人に害が及ぶ。継成ならやりかねない。それは嫌なので、無理やり飲み込みながら頷いた。


「離れている間、色々考えた。兄さんを見つけたらどうしようか。食事をして、どこかに出かけて、一緒に寝たい。他にもやりたいことがいっぱいあるんだ。たっぷり時間はあるから、全て叶えようね」


 食事をしながら話すのは行儀が悪いが、他に誰もいないから気にしなくていい。それよりも、テンションが高い継成の様子がおかしかった。

 一緒にいた頃、継成はここまでテンションが高くはなかった。もっと大人びていた。わがままを言わず、涼しい顔でなんでもやる。そんなイメージだった。


 でも今ははしゃぎすぎなぐらいで、無理に明るく振舞っているように思えた。でも嘘を言っている感じでは無い。

 時間が経つにつれて、怖い以外の感情も出てくる。

 逃げることばかり考えていたけど、もう少し継成の様子を見てもいいかもしれない。


「食事が終わったらどうする予定だ」

「え?」

「したいことがあるんだろ。そんなに暇じゃないんだから、すぐに動くべきだと思うけど。それとも、今日はやることないのか?」

「ううんっ、そんなことない。一緒に出かけたいっ」


 まさか俺が好意的な反応をすると思わなかったのか、継成は驚いて、そして破顔した。年相応の、含みのないわ笑い方に俺は手を伸ばしかけた。でも抑えて止めた。頭を撫でる関係では無い。撫でても困惑させるだけだ。


 初めの頃よりも、味を感じられるようになった。味がすれば、絶品の料理だ。ようやく食事らしくなったので、俺は食べるスピードを少しだけあげた。



 ♢♢♢



「やっぱり兄さんは、髪が短い方が似合うよ」

「……そうか? 目つきの悪さが強調されるだけだろ。それにしても、髪まで切れるのか。手先が器用だな。随分、視界良好になった」

「いつか、兄さんの髪を切りたいと思ってたから練習したんだ。他の人に触らせたくないからね」

「あー、はは……そうか」


 目の前にある鏡に映る自分は、数年前の姿と瓜二つだった。伸びっぱなしだった髪を切っただけで、不審者から一般人に変身した。

 ただ短くしただけではなく、今風にアレンジされている。器用な継成を褒めれば、闇のある言葉が返ってきたので、俺は笑ってごまかした。


「兄さんは自分を卑下するけど、僕は兄さんの顔が好きだよ」

「そう言うのは継成だけだって。継成の顔を好む人の方が多い。俺は人を怖がらせるのに向いているんだよ」


 万人に好かれるタイプの顔じゃない。まあでも髭を剃ったおかげで、少しは見られる顔になった。


「次は兄さんの服を選ぼう。兄さんに似合う服を、ずっと前から考えていたんだ」

「次は服か。そんな時間あるならいいけど」

「兄さんに割くための時間なら、たっぷりあるから心配しないで」

「……もう仕事してるんじゃないのか……?」


 俺が逃げている間に、継成はもう後継として仕事をしているはずだった。そんなに休めるほど暇じゃないはずだが。

 思わず呟いた言葉に、継成が反応した。


「ああ、自分の会社を経営しているから、そこら辺は自由なんだよね」

「会社?」

「そう、父さんとは別にね」

「……俺がいない間に何があった?」


 俺の質問に、継成は黙り込む。そして後片付けを終えると、俺の腕を引いた。


「話をするのは後でね。店が閉まっちゃう前に行こう」

「わ、っと。分かったから引っ張るな」


 腕を引っ張られたせいで、俺はバランスを崩しながら着いていくことになった。

 そこは触れられたくない話題なのかと、俺はそれ以上は聞くのを止めた。話を聞いて、俺のメンタルも破壊されそうだ。余計なことには首を突っ込むべきじゃない。



 ♢♢♢



「兄さんは柄シャツとかラフな格好が好きだけど、もっとフォーマルな服も似合うと思ってたんだよね。背が高いから、凄く様になってる」

「動きづらくないか?」

「運動するわけじゃないんだから、動きづらいとか関係ないよ。こういうのも大人の嗜みだからね」


 先ほどまでは見たことのある自分だったが、今は別の姿になっている。

 見慣れない姿に、俺は居心地が悪くてたまらなかった。ジャケットを着た俺は、髪型まで整えられていて、まるで若社長みたいだ。


 自分からすると、どこかうさんくさくてたまらない見た目だ。でも継成はべた褒めである。たぶん俺が全裸でも褒めてきそうだ。


「これも買って、後は……もう少し遊び心があるタイプも着てもらいたいんだよね」

「おいおい、さっきもそう言って服を買ったよな。そんなに着られないから、今日はここまでにしよう。な?」

「えー、でも」

「そろそろ腹が減らないか?」


 まだまだ終わらなさそうな気配を察知し、俺は話題を変えた。これ以上の着せ替え人形にされたくない。我慢の限界だ。


「そうだね。僕もお腹空いてきた。店を予約してあるから移動しようか」


 話を変えた俺に、継成は素直に頷いた。すでに店を予約しているとまで言う。手際がいい。このスマートさは、確実にモテるだろう。


「あ、お会計」


 服を着たままで店を出かけた俺は、支払いがまだだったと踏みとどまる。どのぐらいの値段か。俺に払える範囲ならいいが。


「大丈夫だよ。もう払ってあるから」

「は、嘘だろ。いくらだった? 教えてくれ払う」

「いいのいいの。僕が兄さんに貢ぎたいだけだから。遠慮しないで。こうして出かけてくれるだけで、僕はこの上なく幸せを感じているよ」


 自然と継成と手を繋ぐ形になり、俺はエスコートされながら、ドキドキとしていた。

 それは恐怖ではなく、違った感情だった。



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