第25話 継成が現れた理由
俺はあの時、あいつらの前から消えたが、継成からも逃げた。
たぶん、俺が家に帰るのを望んでいただろう。一人になった俺をどうするつもりだったかは知らないが、ろくなことにはならなかったに違いない。
とりあえず当面の生活ができるぐらい金を引き出し、俺は何も言わず家を出た。継成が学校でいない時間を狙ってだ。いたら逃げられないことぐらいは分かった。
その後は防犯カメラなど、どこへ行くのか追われないように気をつけながら、あてもなく遠くへと向かった。
そうして、辿り着いたのが千種古書店。みんなからも継成からも逃げて、俺は潜んで生活していくつもりだった。
でも、どうしても切り捨てられなかった。本当に潜んで生活するつもりだったなら、冷たく対応するべきだったのに。
こうして継成が目の前に現れて、ようやく俺は後悔した。
♢♢♢
「驚いたよ。帰ったら兄さんがいなくなっていたんだからさ。お金まで持っていったから、すぐに逃げたって分かった」
ベッドにいる俺の手を握り、継成は微笑んだ。俺は反応せず話だけ聞く。それなのに気にしていない。メンタルが強すぎる。
「兄さんがいなくなったって言っても、誰も心配しなかったよ。使用人はいいとして、父さんまで放っておけと言った。兄さんがいなくなっても、だーれも心配しなかったんだ。残念だったね」
「っ」
俺のことを誰も気にしていない。分かっていても、いざ突きつけられると胸が苦しくなる。
継成の方が優秀で、俺は遊び歩いていたとしても、息子であるのに変わりないから心配ぐらいはしてくれると勝手に思っていた。期待に応えられなかったのだから、いないものとして扱われて当然だ。悲しむのはお門違いである。
「でも僕だけは、兄さんをずっと探してたよ。少しずつ兄さんの足取りを掴んでいったけど、まさかこんなにかかると思わなかった。逃げるのが凄く上手だね」
楽しそうに笑っているが、言っていることはストーカーと同じだ。俺が逃げた時点で、諦めてくれれば良かった。どうしてここまで執着されているんだ。心当たりがない。
「古書店を引き継いだのは良いよ。前の人は旅に出て、遠くにいるみたいだから。でもさあ、なんであいつらが一緒にいるの? 店の手伝いなんかさせちゃって。僕から逃げたくせに、どうしてあいつらを受け入れたのかな」
急に雰囲気が変わり、握られた手に力が込められる。ギリギリと骨を折ろうとするぐらいの強さだ。
「一人でいるならまだ許せたけど、兄さんは何も分かってないね。もう自由の身になったと勘違いした? そんな日は一生来ないよ。兄さんは僕のもの」
うっとりとした継成に、まだ俺は恐怖で固まっていた。拒否したいと頭では考えていても、体が言うことを聞いてくれないのだ。
♢♢♢
「見張りはどうしたんだ!」
そう怒鳴りながら佳人さんは、手近にある机を強く蹴った。木製の机は古かったのもあり、壁に当たって砕ける。でもそれを気にすることなく、佳人さんは筑紫さんを睨みつけた。
「それが……少し目を離した隙にいなくなったと報告が」
「少し、目を離した隙に、いなくなった。ふざけんな。何があっても見てるように言ったよな。そいつら脳みそ入ってんのか。言われたこともちゃんと出来ねえのか」
「俺からも、ちゃんと言って聞かせた。悪気があってしたわけじゃ……」
「悪気があろうと無かろうと、そいつらはとんでもないことをしでかしたんだよ。注意するだけじゃ足りないレベルでな。俺からも直々に説教するから、早く連れてこい」
「佳人、お前おかしいぞ。なんでそんなにキレてるんだ。たかが古書店の店主がいなくなったぐらい、なんてことないだろ。それに子供じゃないから、すぐ帰ってくる」
筑紫さんは、どうして佳人さんが怒っているか分からないらしい。そこまで千種さんを重要視している意味も。
俺でさえも、なんで佳人さんが取り乱しているのか不思議だった。
筑紫さんが千種さんがいなくなったと報告しに来た時、すぐにでも古書店に行きたかった。筑紫さんにどういうことだと詰め寄りたかった。
でもそれを全て佳人さんが行ったので、俺は冷静になれた。状況を把握してからでも遅くない。とにかく、何が起こったのかだけでも知るんだ。
俺は四万さんと目配せした。
まずは情報収集だ。佳人さんの様子を見ながら、千種さんがどうなったか情報を得る。
筑紫さんが発した言葉に、佳人さんがどんな反応をするのか。ただでさえ怒っているのに、火に油を注ぐようなものだ。
馬鹿な俺でさえも、その言い方はまずいと思った。爆発は時間の問題だった。
「おかしいのはお前だよ。たかが古書店の店主がいなくなっただけ? 子供じゃないから、すぐに帰ってくる? そんなこと言ってるから、目を離す隙が出るんだよ!」
「ぐっ!?」
見事な回し蹴りが、筑紫さんの腹に入った。力加減がされていないから、筑紫さんは壁に激突するぐらい吹っ飛んだ。腹を押さえたまま、呻いて動かない。
この中では強い筑紫さんでさえ、一撃だった。俺達が適うわけがない。佳人さんを止められる人なんて、ここには誰もいなかった。
まだ立ち上がれない筑紫さんに追い打ちをかけるように、佳人さんはまた蹴ろうとした。彼を止められるとすれば、あの人しかいない。それなのに今ここにいない。
筑紫さんが死んでしまう。でも俺達は動けない。
千種さんのこともまだ解決していないのに、歯がゆくてたまらない。拳を握ったところで、どうにもならなかった。
誰もが目をそらす中、蹴る寸前で佳人さんは止まる。
「なーんてね、さすがにもうやらないよ。ここで戦力を失うわけにもいかないしさあ。人手は多いに越したことはないよね」
それは人手が足りていれば、止まらなかったと言っているものだった。
誰もが呼吸さえも潜めている。次のターゲットにだけは絶対になりたくないからだ。
そんな俺達を見回して、佳人さんは笑った。
「今すぐ、古書店の店主がどこに行ったか探せ。もし見つからなかったら……全員殺す」
その言葉を合図に、一斉にみんな飛び出した。
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