第24話 継成の策略




 思えば、継成の部屋に入るのは初めてだ。

 まだ仲が良かった幼い頃は、乳母が面倒を見ていたので、専用の部屋があった。

 大きくなり一人部屋になった時には、すでに俺と継成の間に大きな溝ができていた。そのため、部屋に入る機会がなかったのだ。


 シックにまとめられた部屋は、大人びた雰囲気を醸し出していた。置かれている家具も根が張りそうで、学生の部屋とは思えない。

 このぐらいの年齢であれば、漫画やゲームなどに夢中になる人が多いのに、あるのは参考書や小難しい本だけだ。ジャンルを問わず専門家レベルの本が並んでいて、俺は違いを見せつけられている気分になった。

 最低限の物しか置かれておらず、まったく生活感がない。継成の本質を表していると、俺は勝手に推測した。


「兄さん久しぶりだね」


 勉強をしていたのか、机に向かっていた継成は顔を上げた。友好的な態度に、やっぱり疑うのは考えすぎだったと、俺は継成犯人説を取り下げようとした。

 さすがに、そこまでするはずがない。第一、そんなことをして何になるのだ。継成にとって、メリットがあるとは思えない。


 頭が良すぎて、いつしか人間味を感じられなくなった継成を怖がりすぎだ。血の繋がった弟であることに変わりないのに。

 俺は力を抜いて、なんとか笑みを作ろうとまでした。


「僕からのサプライズは気に入ってくれた?」

「……は?」


 でも結局、中途半端な状態で終わる。

 いけしゃあしゃあと、とんでもないことを言いやがった。俺はすぐに理解して、継成を睨みつけた。


「自分が何言ってるのか、分かっているんだろうな」

「分かってるに決まってるよ。まだそんな温いことを言ってるの」


 継成は反省した様子も、後ろめたそうな顔もしていない。やっぱり、俺とは違う考えを持っている。理解できるわけがないのだ。


「なんで榛原を襲わせた?」

「へえ、榛原って名前なんだ。大層な名前だね」

「ふざけるな。真面目に答えろ」


 あくまでもふざける継成。俺は頭に血が上って、継成に近づく。ゆったりと足を組んで待つ姿は、いつの間にか成長期を迎えていて大人になりかけていた。

 座っているから目線が低いが、立ったら俺の身長を追い越していそうだ。この前は気づかなかった。


 俺は数歩離れたところで止まる。明るい中で見た継成は、顔立ちも整っていた。俺はどちらかと言えば武骨な方で、たまに怖がられる時もある。

 でも継成はまだ未成年だからか、どこか中性的で、まるで絵画のような美しさを持っていた。

 まじまじと見ていたら居心地が悪くて、俺はそっと視線をそらす。


「兄さん、こっちを見て。僕を見て。この前、ちゃんと言ったよね。もう忘れちゃったの」


 離れた距離を埋めるため、継成が近づいてきた。伸ばされた手を避けることが出来ず、俺はぎゅっと目を閉じる。

 頬に触れられた。そのまま撫でられた。手から嫌な意図が伝わってきて、俺は思わず鳥肌が立つ。本当は振り払ってしまいたかったけど、自分から触るのも嫌だった。


「兄さんには僕だけいればいい。それなのに、あんな低俗な奴らと一緒にいて。兄さんに悪影響が出ちゃうよ。兄さんも兄さんだ。家に帰ってこないで楽しそうにしちゃってさ」


 するすると、ほとんど息継ぎもせずに話していく継成が怖い。俺は声にならない悲鳴をあげた。


「兄さんが、これからもずっとあいつらと関わっていくつもりなら……他にも怪我をする人が増えるかもね」

「そ、れは脅しか?」

「脅しになるかどうかは、兄さんの行動次第だよ」

「……俺は、どうすればいい?」


 継成は出来の悪い子供を見る目をした。クスクスと笑い、口元を手で隠している。


「まだ分かってないの。兄さんは駄目だなあ。誰とも関わらないようにしてくれればいいよ。兄さんと関わった人を、僕は許せなくなっちゃうから。周りの人を、これ以上傷つけたくないでしょ?」

「分かった、分かったよ。分かったから。みんなには手を出さないでくれっ」

「頼み方としては態度が大きいし、そんなに周りの人が大事なのかって思ったらムカつくけど……まあ、及第点にしてあげる」


 尊大な態度だけど、俺は何も言えなかった。継成の機嫌を損ねたら、どう気まぐれを起こされるか。みんなを危険に晒してしまう。それだけは絶対に避けなければならなかった。


「ねえ、兄さん。僕は堪え性がないから、早くしてくれないと、もっと悪い人に依頼しちゃうかも。そうなったら、あんな怪我じゃ済まないよね。打ちどころが悪かったら、死んじゃうよ」

「頼むっ、止めてくれっ。頼むからっ」


 はは、そう言って楽しそうに笑う継成。俺はなりふり構わず叫んだ。空いていた距離を詰めて、継成にすがりつく。


「言うことはなんでも聞く。なんでもするから頼む」

「うーん、兄さんがそんなに頼むなら仕方ないなあ。僕だって悪魔じゃないからね。それじゃあ早く済ませてよ」

「……ああ」


 もう手を振り払えず、俺は継成が満足するまで撫でられ続けた。手の震えをごまかしながら、俺はどうやってみんなと離れるか必死に頭を働かせて考えていた。



 榛原の復帰祝いとして、俺はたまり場に酒とつまみを買い込んで向かった。

 強い酒ばかりを選んだのはわざとだ。早く酔い潰してやろうという魂胆だった。


 その作戦は上手くいき、酔って寝静まった頃、俺はこの場所にみんなに別れを告げた。

 みんなを守るためだったが、結局俺は立ち向かわずに逃げたのだ。



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