第23話 異変と怪我



 継成がおかしい。

 あの日、暗がりの中で言われた内容を、俺はしっかりと覚えている。あれは本気だった。


 気づいたら継成はいなくなっていて、俺は一人で腰を抜かしていた。幻覚だったら良かったのに。それはありえない。


 継成がどうするつもりなのか。あれだけで終わらない。そう思っても、俺は何もせずに放置した。

 それが間違いだと知らずに。



 ♢♢♢



「榛原っ、その怪我はどうした!?」


 みんなで集まっている場所に行くと、そこにはガーゼや包帯で痛々しい姿になった榛原がいた。

 コスプレでも冗談でもない。ガーゼに血が滲んで、動くたびに痛みで顔をしかめている。


「すみません、ちょっとドジっちゃいました」

「誰にやられた!? どこのグループだ?」


 俺に心配をかけまいと、笑いながらごまかす榛原に駆け寄る。

 傷を深く、もしかしたら骨が折れているかもしれない。あまりの状態に、俺は確認しながら犯人に対する怒りが湧く。


「落ち着け」


 そこに筑紫が現れて、俺の肩を掴む。それで冷静になれるわけがなかった。

 筑紫が悪いわけでもないのに、怒りで睨みつけてしまう。


「落ち着けるわけないだろ。どうして、榛原がこんな怪我をしたんだ。他のみんなは何をしてた!」


 怪我をした原因はみんなのせいではない。頭では分かっていたが、責める言葉が勝手に口から出てくる。


「ち、違うんです。チームとかそういうのは関係なくて、みんなも悪くないです」

「それじゃあどうして」

「それが……分かりません。突然後ろから襲われて、顔も見られなかったんです。みんなの顔に泥を塗るような真似をしてすみませんでした」

「謝るな。闇討なんて、そんな卑怯な真似をする奴……許さない。すぐに見つけ出せ」


 後ろから襲う奴。勝てばいいと思うような、性格が最低な人間に心当たりはあった。でも、今は警察に睨まれたくないはず。こんな危険な真似をするだろうか。


 もし違うなら、他に誰がいる?

 考えてもすぐに出てこなくて、俺は筑紫に命じる。何も言わなくても、筑紫はその場にいたメンバーに指示を出す。

 手際の良さに、ようやく落ち着くことが出来た。


「ちゃんと病院に行ったのか?」

「はいっ、骨は折れてないって言われました」

「……良かった」

「受身は取ったので、なんとかなりました。痛いですけど、そこまで酷くないですから」

「本当か?」


 俺を心配させないために、強がっている。胸が苦しくなって、怪我に影響が出ないように抱きしめた。


「あ、えっと」

「動くな。傷口が開くだろ。……痛かったよな。もうこんなことにならないように、俺が守るからな」


 背中を撫でて言えば、最初はギクシャクとしていた榛原の体から力が抜ける。


「……幸せですけど、殺されそう。うう、視線が痛い」

「? どうした?」

「な、なんでもないですっ」


 ボソボソと呟くから聞いたのに、なんでもないと言われてしまった。視線が痛いというのだけ聞き取れたが、どういう意味かは分からなかった。



 ♢♢♢



「まだ見つからないのか」


 怒りをぶつける相手がおらず、俺は拳を握って大きな声を出さないように我慢した。

 数日調査をしたのに、榛原を襲った人物が特定出来ていない。色々なツテを使っているのにも関わらずだ。

 いくらなんでもおかしい。一般人であれば、すぐに見つかったはずだ。


「プロという可能性もあるかもしれない」

「プロ……それがどうして榛原を狙うんだ」

「目的は別ってこと?」


 筑紫と佳人三人で、顔を寄せ合って相談する。


「別の目的……例えばなんだ」

「個人的な恨みを買ったとか?」

「やんごとなき地位の相手に、誰か何かしたのか」

「やんごとなき地位」


 俺は嫌な予感がした。やんごとなき地位。その言葉に心当たりしかなかった。


「どうした?」


 無言になった俺に、筑紫が心配そうに尋ねる。


「い、いやなんでもない」

「でも、顔色が悪い」

「そんなことない」


 背中に冷や汗が流れた。きっと目も泳いでいる。明らかに怪しい俺に、二人共優しさで何も聞いてこなかった。


「わ、悪い。ちょっと用事思い出したから帰るな」

「ああ」

「気をつけてね。いつ榛原を襲った奴が来るか分からないし」

「大丈夫だって。その時は返り討ちにしてやるからさ」

「ははっ、それは頼もしいね」


 佳人に笑いながら見送られ、俺は久しぶりに明るい時間に家へ帰った。



 ♢♢♢



 家に帰ってきたことを、俺は物凄く後悔している。

 まさか俺が帰ると思わなかったのか、使用人達が驚いた顔で出迎えた時点で引き返したくなった。その後はコソコソと、俺を見ては近くの人と声を潜めて話す。いい内容じゃないのは、顔を見ればすぐに分かった。


 まだ救いだったのは、父親が仕事でいなかったことだ。もしいれば呼び出されていただろう。そこで話されるのは、俺に対する叱責だ。


 外で遊び歩いてどうしたいんだ。ずっとそんなことはしていられない。継成を見習え。

 ずっと聞いていたら、きっと俺は俺でいられなくなる。


 都合よく継成は学校が休みらしく、部屋にいるという話を小耳に挟んだ。

 継成坊っちゃまに何かあったらどうしよう、そう言ってあたふたしているところ残念だが、もちろん突撃するつもりだ。


 勘違いなら、それに越したことはない。むしろそうあって欲しいと願っている。もしも勘違いじゃなければ、その時俺はどうするだろう。

 考えたくもないから、違うと確認したかった。


 継成と会うのは、あの夜以来だ。

 まだやり取りを覚えているし、どんな顔をして会うのが正解かも知らない。

 俺が真面目に受け取りすぎで、ただ冗談だった。そう思い始めていた。現実逃避していたのだ。


 部屋の前に着いても、しばらくノックできずにいた。でも使用人に目撃されたら、それこそ父親に連絡がいってしまうと覚悟を決める。


「……俺だ。今いいか」


 ノックする手が震えた。呼びかける声も、どこか頼りなさげに響く。それでも継成には聞こえたらしい。


「どうぞ。入って」


 嫌だという気持ちを抑えながら、俺は部屋の扉を開けて中に入った。



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