第19話 知らぬところで勝手に進める



「佳人、何を考えている?」


 そう尋ねたのは、どう考えても今の状況がおかしいからだった。

 佳人は俺の話を聞いていたのか、ぼんやりとした表情をしている。俺に視線を向けているようで、俺ではない別のものを見ている。

 それが何か、俺が考えているのと同じなのかが問題だった。


「あの人を見つけたのか。それならどこにいる。どうしてすぐに行かない」


 仲間が全員集まったのは、あの人がいなくなった日以来だった。

 予感していたのか、集まったみんなはどこか浮ついていた。落ち着きの無い様子に、俺は静かにさせるべきか迷ったぐらいだ。


 そんな中、佳人が事を起こすと宣言した。望みを手に入れるために。

 そう考えてもあの人関連で、俺は興奮しながらもどこか冷めていた。

 あの人を見つけたら、佳人はまっさきに俺に言ってくれると思っていた。俺達が先に、あの人と会うはずだった。


 それなのに、俺には何も言わず勝手に話を進めた。頭に来た、でもどこか冷静な部分があった。

 佳人が榛原や四万に、頼み事をした。小声だったが、さりげなく近づいて盗み聞きする。


 そこで、奴を監視するように命じていると知った。あいつが関係している。どのようにか。分からないけど、それはどうでもいい。


「あの人は今どこだ」


 俺は今、頭に血が上っている。視界も狭まって、きっと瞳孔も開いているだろう。


「独り占めでもする気か」


 あの人がいなくなって、ずっと渇きが消えない。飢えて飢えて飢えて死にそうだ。あの人を連れ去るというなら、俺は佳人だとしても許さない。


「早く教えろ」


 その首を掴み絞めれば、いやでも話すだろう。手を伸ばしたが、佳人は全く動揺していなかった。


「俺達はさ、あの人を甘やかしすぎたんだよ。逃げようなんて考えられないぐらい、依存させるべきだった。そう思わない?」


 淡々と事実を述べているみたいな言い方、内容は全く可愛くないが。


「俺達が間違っていたって?」

「そう、間違ってた。俺たち無しで生きていけない状態にしなかったから、こうして逃げられるはめになったんだよ」

「見つけたらどうする?」


 俺の問いかけに、佳人はにやりと笑う。


「みんなでドロドロに甘やかそう。今度は絶対に逃げられないように」


 こんなこと、本当はおかしい。ドロドロに甘やかすなんて、たぶん普通のやり方では無い。


 ――監禁、足の腱を切る、堕とす。


 俺だって同類だ。それを諭したり止めるどころか、魅力を感じてしまった。俺もおかしくなっている。あの人がいなくなってから、もう元には戻れないぐらい。


「そうだな。俺達のものだと自覚させるか。俺ができることはなんでもする。これから、やること教えてくれ」

「筑紫ならそう言ってくれると思った。一番信用出来る。やってもらうことは、もう決まってる。大事な役割だよ」


 ぐちゃぐちゃに壊れた俺達は、欲しいものを取り戻すために常識も何もかも捨てた。その様は人というより獣だった。



 ♢♢♢



 寒い。風邪でも引いたか。

 思わず身震いをすると、俺はパソコンの前で考え込む。


「鑑定と買取の依頼、か」


 古書店では買取もしている。売っているだけでは、在庫が無くなる一方だからだ。

 ただ買取は大変な作業で、その本にどれぐらいの価値があるか鑑定しなければいけない。高く買い取れば、その分利益が減る。逆に安く買い叩けば、店の信用が無くなってしまう。値段を出すのは難しい。

 店主に教えてはもらったが、それでも不足はある。勉強をしていても、まだ自信はなかった。だから今は、稀少本は受け付けていない。


「ここにしか頼めないって言われたらなあ。無下に断るのも心が痛む」


 古書店ではホームページを作っていて、入荷のお知らせや店休日を載せていた。一応、メールも受け付けている。

 あまり凝った作りとは言えず、見る人が見ればいいやというスタンスなのだが、今朝確認すると一通のメールが届いていた。

 メールが届くなんて、そうそうない。あってもイタズラやクレーム、質問などが多い。


 でも今回は違った。

 祖父の遺品である本を手放したい、そういう話だった。依頼人は価値がありそうだとしか分からず、近くに引き取ってくれそうな店がない。捨てるのは祖父に申し訳ないから、どうか買い取ってくれないかと書かれていた。


 普段であれば断っている。店主は怒らないと思うが、ミスをした時に迷惑をかけてしまう。責任を持てるほど、俺には力がない。

 でも他に頼めないからぜひ、とまであったら簡単に断れない。


「免許証を持っていないから、ぜひ家に来てくれっていうのもなあ。俺が来るって分かっているのか? 榛原や四万が来ると思ってないか?」


 俺の見た目は完全に不審者だ。古書店らしいと言えば、逆にらしいかもしれない。でも家に招き入れるにしては、怪しすぎる。


「わざわざ言ったのに、門前払いは困るぞ」


 住所は微妙に遠い位置だった。なんとなく場所は分かっているが、ここというところまでは特定できてない。


 アプリで調べれば行けるかな、そう考えている時点で、もう答えは決まっているようなものだった。


「榛原や四万を連れて行くのは……さすがに可哀想か。いくら手伝いをしてくれているって言っても、そこまではさせられないし。いつだったら行けるかなあ」


 カレンダーを見て、出張買取できる日を決めていく。そして相手に都合のいい日を聞くため、メールを送った。

 送った後、榛原や四万に店番を頼むか、半休にするか悩んでいたところで返信が来る。


「お、早いな」


 張り付いていたのではないかというほどの早さに、俺は驚いて声に出てしまう。


「……できるだけ早く、か。それなら明明後日でもいいかな」


 早い方がいいなら、その日が一番都合がいい。どうかと送れば、またすぐに返信があった。

 ぜひお願いしますという言葉に、俺はカレンダーに予定を書き込んだ。



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