第18話 隠されている?



「榛原、四万、俺になにか言いたいことがあるんじゃないか」


 そう聞いた途端、ギクッと肩が跳ねたのを俺は見逃さなかった。



 ♢♢♢



 榛原と四万が、前と同じ頻度で店に来るようになった。手伝いもしてくれるのでありがたいし、実は心配していたらしい近所の人も安心したと俺に言ってきた。


 佳人のことは忘れたわけではないけど、もう俺を諦めて前に進んでくれと自分勝手に思う。

 これでようやく平穏な日々に戻れるかと期待していたが、そう簡単に事は進まなかった。


 明らかに榛原と四万がおかしい。

 俺をチラチラと見ては、二人だけで話している。隠し事があると言っているみたいなものだ。

 今のところ気づかないふりをしているが、それも限界である。俺に関係ないことならいいけど、絶対違う。


 そういう経緯があり、カマをかけるつもりで軽くつついてみたら、簡単にぼろを出した。

 冷や汗をかいて目をそらす二人に、俺は腕を組んで微笑む。威圧する空気を出したのはわざとだ。


「それで、何が言いたいんだ。何もないとは言うなよ。どう考えてもおかしいんだからな」

「え、っとー……俺は別に。し、四万さんっ」

「どうしておれをよぶ。おれは……ちくさにかくしごとなんか。かくしごとなんか……」

「はい、どっちもダウト。見え透いた嘘をつくなら、今後二度と店には入れない」


 これが必殺技になるのは、榛原と四万だけだ。可哀想だが背に腹はかえられぬ。表面上は冷めた顔をしていれば、観念したのか同時に土下座をした。



 ♢♢♢



「……不穏な動きねえ」


 榛原と四万が教えてくれた内容はこうだ。佳人がチームのメンバーと、憧れて配下についた人を呼び寄せた。

 そして宣言したらしい。


「これから大きな事を起こすって……そう言ってた」

「大きな事。それが何か知っているのか?」


 そう聞けば、二人とも首を横に振った。嘘をついている様子はない。


「それは言わなかったけど、たぶん……」

「俺に関係している可能性が高いのか」

「うん。おれたちには、いままでどおりちくさのところにいるようにいわれた」

「うーん、そうか。俺になにかしようとしているのかあ」


 あの日を境に来なくなった佳人が、俺を諦めたと決めつけるのは楽観的すぎたか。望んでいるのは復讐か。

 口に手を当てて考えていると、二人が不安そうな顔をした。


「佳人さんが何をするつもりだとしても、俺が守るから!」

「だいじょうぶ。ひどいことしないようにたのむし、もしだめならいっしょににげよう?」


 なんとも頼もしいことを言ってくれる。守られるほど弱くない、そう突き放せなかった。俺が俺だと知らないのにも関わらず、ここまで懐いて優しくしてくれる二人が可愛く見える。


「ああ、まあその時は守ってもらおうかな。ただ無茶だけはしないでくれよ。危ないと思ったら見捨ててくれ。俺を守った結果、怪我でもしたら許さないからな」


 でも忠告はしておく。こうでも言っておかないと、絶対に無茶をするのが目に見えていた。忠告を聞いて不満そうな顔をしているのが、なによりの証拠である。


「俺が関係していると決まったわけじゃないんだから、そう身構えなくてもいいんだよ。でも、とりあえずは動向を伺っておいてくれると助かるかな」


 まだ確定していないことで悩んでも、時間がもったいない。それに教えてもらえたおかげで、これから俺も気をつけられる。

 頭をガシガシとあらめに撫でれば、二人は口を尖らせてうつむいた。


「分かった。でも本当に気をつけてね」

「ちくさになにかあったらこまる」

「大丈夫大丈夫。俺はこう見えて結構強いからな。……そろそろご飯にするか」

「……ん」

「ご飯!」


 まだ何か言ってきそうだった二人の口を塞ぐため、ご飯作戦を使えば上手くいった。そちらに意識がいっている横で、俺は気づかれないように拳を握った。



 ♢♢♢



 千種さんは、どこか危なっかしい。見ていて心配になるぐらいに。

 そもそも、得体の知れない俺や四万さんを迎え入れて、未だに俺達が何をしているか聞こうとしないのはおかしい。普通の人間ではないと気づいているけど、あえて知らないふりをする。


 警戒心の無さに比例して、危ないものを引き寄せやすい。俺が言えた話じゃないけど、執着されているのに気づくべきだと思う。

 懐に入れた人間に甘いところは、あの人そっくりだ。


 ……千種さんと一緒にいる時間は楽しい。あの人を忘れるほどに。絶対に探さなきゃと必死だったはずなのに、千種さんを代わりにしようとしている。

 優しくしてくれて、頼もしくて、どこか抜けていて。見た目は違うけど、千種さんはあの人に似ているところがたくさんある。あの人に重ね合わせてしまう。

 それはどちらに対しても酷い真似だ。千種さんは千種さんで、あの人はあの人なのに。ごちゃごちゃに混乱する。


 そんな千種さんだからこそ、佳人さんは引き寄せられたのかもしれない。


「これから大きな事を起こす。そしてようやく俺達の悲願は達成されるんだ。望みが叶う。そう言えば分かるよな」


 俺達を集めて、そう高らかに宣言した佳人さんの目は狂気に染まっていた。

 でも、他のみんなもそうだ。俺達の望みは一つしかない。あの人を見つけて、また一緒にいること。それだけだ。


 直接言っていないけど、佳人さんはあの人を取り戻すと宣言したのと同じ。驚きで騒ぐ俺達に、手を叩いて注意を引いた。


「ただ叶えるためには、少しやらなきゃいけないことがある。それぞれに役目を与えるから、ちゃんとやれよ。もし少しでも手を抜いていると分かったら、その時は死ぬほうがマシな目に遭わせるからな」


 それは本当に実行される。少しでもサボったら、佳人さんは弁明も聞かずに切り捨てるはずだ。本気を悟って、騒いでいた人達が静かになった。


「よし、それでいい。じゃあ、何をやってもらうか今から言うから、よく聞け」


 しばらく千種さんのところに行けないな。変な誤解をしないように、きちんと説明しておかなきゃ。

 そう考えていた俺と四万さんに、告げられた命令は千種さんを見張っておくようにというものだった。


 どうして千種さんを。その説明を、佳人さんは言わなかった。

 もし千種さんを巻き込もうとするのであれば、俺達で守ろう。言葉にしなくても、俺と四万さんはそう考えた。



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