第15話 向き合わなければいけない問題
榛原も四万も店に戻ってきた。賑やかな時間に、俺は嫌なことを忘れられた。
でも、目を背けてばかりはいられない。いずれ解決しなければいけないなら、早めにどうにかする方が精神的に楽になる。
大きな問題は二つある。どちらを先にしようか。迷った俺は、自分では決められないのであみだくじを用意した。
♢♢♢
今日は店を臨時で休みにした。
榛原や四万、佳人には用事があるから来るのは駄目だと言ってある。ブーブー文句を言われたが、個人的な用事だから相手に出来ないと伝えれば諦めてくれた。
みんなには用事はあると言ったが、それは嘘だ。佳人は分かっていそうな顔をしていたので、俺がどうするつもりかバレているかもしれない。止めてこなかったから、黙認するということだ。そう勝手に判断する。
店休日という看板を置き、鍵を閉めた店内。照明も最低限にして、薄暗い中で本を読んで待つ。
タイムリーなことに、同じ待ち人がいる主人公。ただし、相手は自分の命を狙う殺人鬼だ。
まあ、俺の状況も変わりないか。主人公が殺人鬼に襲われる場面にさしかかる。どうして自分を狙うのだ。そういった主人公に対して、にやりと笑った殺人鬼が口を開いた。
ちょうどそこで外に気配を感じ、読んでいた本を閉じる。
鍵はかけている。でも相手にとって、そんなものは意味がない。
微かな音を立てて、鍵が開けられた。思っていたよりも早い。腕を上げたな。犯罪行為だが、感心してしまった。
ゆっくりと扉が動いていく。数ミリの隙間が数センチに、さらに暗がりに白い指が現れた。
もし普通通り生活していたら、その微かな音にも、開く扉にも気づかなかっただろう。まるで暗殺者のような動きだ。
じっと扉を見ながら、入ってくるのを待つ。
人がギリギリ通れるほどの隙間ができ、そこから全身黒づくめの人物が通ってきた。中が暗いから良かったけど、これで照明が点いていたら逆に目立ったはずだ。
その辺りを気にしないタイプでは無いから、暗いことをあらかじめ知っていたのかもしれない。用意周到である。
息を潜めながら、隙間から顔を覗かせる。そして俺と目が合う。
まさか俺が気づいていると思わなかったのか、驚いた表情を浮かべている。このままだと逃げてしまうから、ひらひらと手を振った。
「今日は休みだけど、いらっしゃいませ? どうぞ中へ。そのために来たんだろう」
少しあおる言い方をしたのはわざとだ。そうすれば頭にきて帰らなくなる。その考えは当たっていて、足音荒く入ってきた。
榛原や四万が来た時に、いつも使っている椅子を用意していたが、それに座る様子はない。
こちらが座っている前に立たれると、凄い威圧されている気分になる。暗いせいで表情が読めないから、余計にそう感じる。
「何をしに来たのか知らないが、もう少し殺気は隠した方がいい。誰だって気づくぐらい漏れてる」
和ませるつもりだったが、逆効果だったらしい。殺気が膨らんで、ビリビリと肌に突き刺さっているみたいだ。
「純粋に話し合いをしに来たって感じじゃないな。どんな用だ。何が目的なんだ」
入ってきてから何も言おうとしない。ただ殺気を向けるだけ。要件を尋ねても無視してきた。
俺だって、そこまで気の長い方では無い。頑なな態度を取り続けるなら、こちらだって考えがある。
「仲間が取られて寂しいか。どうして俺に懐くのか分からなくて、イライラが溜まっているんだな。そうやって警戒するのもいいが、過保護すぎると嫌がられる。それとも、もう嫌がられたりしたか?」
わざと怒らせる言い方をした。挑発は上手くいき、こちらに向かって拳が振り下ろされる。手加減の感じられない様子に、何をしているんだと眉間にしわを寄せてよけた。
「!?」
俺の素早い反応に、息をのむ音がする。テーブルに拳が当たって、真っ二つに割れた。凄い威力だ。まともに当たっていたら、俺でも無事では済まなかった。一般人なら、さらに危なかっただろう。
まったく、血の気が多いところは変わってない。警察沙汰にならないようにしろと、何度も言い聞かせたのに。もう忘れたのか。
「店を壊さないでくれるか。人に任せてもらった大事な場所なんだ」
追撃を避けて、俺は忠告する。でも頭に血が上って、耳に入っていなさそうだ。
一回、衝撃を与えれば目を覚ますか。冷静に話し合いをするためにも、暴れられていたら困る。
「……いい加減にしろっ!」
周りが見えていないおかげで、相手を殴るのは簡単だった。ダメージを与えられる場所。この状況で殴りやすかった顎を狙って、掌底を放った。
それは上手く当たり、気絶をしたのか地に伏せた。揺すっても反応しないから、嘘ではなく本当に意識を失っている。
「うーん、久しぶりだから手加減できなかったな。起きるまで、時間かかりそうだ」
とりあえず居住スペースに運ぶか。俺はファイヤーマンキャリーで持ち上げた。引きずるのは可哀想だ。
昔の仲間を雑には扱えない。殴ったのは例外として。
「起きたら、きっと腹が減るだろうな。なんか作るか」
冷蔵庫に何が入っていただろうか。俺は思い出しながら、キッチンへと向かった。
♢♢♢
いい匂いがする。凄く美味しそうだ。
匂いにつられて意識を取り戻した俺は、空腹に襲われた。ぐうっと音まで鳴ってしまった。
起きようとしたら、あごの痛みに顔をしかめた。思い切り殴られたせいだ。誰に。
「あの、クソ店主っ」
痛みに耐えながら飛び起きる。寝かされていた場所は畳の部屋で、見覚えのないところだった。でもどこかは分かる。
わざわざ運ぶなんて、どれだけお人好しなのか。それとも危機感のない馬鹿か。
殴ったのも、たまたま当たっただけだろう。腕を振り回していれば、そんなこともある。ビギナーズラックで気絶したなんて、ふがいなくて誰にも言えない。あの人に知られでもすれば、それこそ見切りをつけられる。
誰にも知られないように、あいつを脅してやろう。もうみっともないところは見せない。
俺は鼻歌の聞こえる方へと、ゆっくり近づいた。
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