第14話 関係修復しても問題は残ってます



 この店に来た時と同じく、四万は入口で座り込んでいた。でも前より、雰囲気が荒んでいる。いつからいたか知らないが、四万がいたせいで客がほとんど来なかったのではないか。

 暇で辛かったんだぞ、そういう文句を言って場を和ませようかと考えたが、地獄の空気になりそうなので止めた。

 四万は、気配で俺が来たのが分かっているはず。それなのにこっちを見ようとはしない。体育座りをしたまま、膝に顔を埋めていた。


 さて、どうしたものか。

 俺が息を吐くと、ビクッと四万の体が跳ねた。怖がらせるつもりはなかったが、今は何をしても相手は敏感に反応するだろう。


 佳人がなんとかすると言っていたけど、まさかこんなに早く来るとは。俺もまだ心の準備が出来ていなくて、どうすればいいか分からず固まる。

 それでも俺から何か言わなければ、四万はこの状態から動かないだろう。

 でも言葉が出てこない。タイムを挟みたくても、その間にどこかへ消えてしまいそうだ。


 どうしよう、どうしようか。

 立ち尽くしたまま困っていると、グウっと獣の唸り声みたいな音が聞こえた。

 その音は、四万から、正確に言えば四万のお腹が発信源だった。


 静寂とは違う、別の沈黙が流れて、そして俺は耐えきれずに笑ってしまう。

 恥ずかしそうに、四万が身をよじっていても、しばらく止まらなかった。

 ひとしきり笑うと、目尻にたまった涙を拭いながら口を開く。


「簡単なものしか作れないけど、ご飯食べるか?」


 四万はこくりと、小さく頷いた。



 ♢♢♢



 買い物に行く時間がなかったので、冷蔵庫にある食材でオムライスを作った。チャーハンか迷ったけど、玉ねぎとピーマンを消費したかったし、四万はオムライスの方が喜ぶと思った。

 椅子に座り落ち着きのない四万に、俺は手招きをする。戸惑いながらノロノロとキッチンに来たので、その手に玉ねぎとピーマンを渡す。


「お手伝いしてくれるだろ?」


 手に持った食材を不思議そうに眺めているので、意地悪な顔をして言う。そうすれば頷いて、まな板に向かった。

 慣れた様子で切り出したので、意外に自炊をしているのだと感心する。全く知らなかった。あんなに一緒にいたけど、知らないことがあるものだと寂しくなる。


「上手だな」


 サラダの用意をしながら、俺は思わず聞いてしまった。どこか拗ねた言い方になってしまったので、止めておけば良かったと後悔する。


「……れんしゅう、したから」

「練習?」

「ちくさに、いつもごはんつくってもらっているから、なにかてつだいたかった。まだきるぐらいしかできないけど」

「えっと、俺のために?」

「うん」


 俺の胸に占める、この感情は一体なんと言うのか。ぎゅっと苦しくなって、なんだか泣きそうになった。


「そうか、今も言ったけど上手だよ。これからも頼もうかな」


 下手くそに笑って俺はレタスをちぎった。四万の耳は赤くなっていて、そのまま無言で料理を作った。



 ♢♢♢



「腹いっぱいになったか?」

「……ん」


 オムライスを食べ終わると、お茶を飲んでまったりとした空気になった。気も緩んでいる。

 でも話をしないと、また同じことになってしまうので、タイミングを見計らって話しかけた。


「……なんで店に来なかったか、聞いてもいいか……」


 四万は一瞬止まり、静かにカップを置いた。そして姿勢を正して、俺の方を見る。真剣な眼差しに、俺まで背筋が伸びた。


「……つくしやよしひとがきたのはおれのせいだ。もしかしたら、ちくさがあぶなかったかもしれない。だから……」

「俺が責めるかもしれないって思ったのか?」

「……ちくさがおこらないって、おもっててもこわくなって。そうしたら、どんどんいけなくなった。ごめんなさい……」


 そう言って、しょんぼりと肩を落とす四万。

 怖がっていたのは俺も同じだ。反応が怖くてなかなか動けなかったことも。

 それを責められはしないと、四万に手を伸ばす。


「俺の方こそごめん。四万が来ないなって思ってたけど、何もしなかった。ずっと不安にさせててごめん」


 癖のある髪を、すくように撫でる。感触が柔らかいから、ずっと撫でていたくなる。


「四万が店に来ない間、凄く寂しかった。もしかしたら、来るのが嫌になったのかとも思った。怖くてたまらなかった。二人して無意味な心配をしていたんだな」

「……これからも、きていい?」

「当たり前だろ。四万が来てくれないと寂しいし、困るよ」

「そっか。それなら、くる」


 涙を流しながらも、四万ははにかむ。勘違いが無くなって良かった。

 榛原同様、遠ざける絶好のチャンスだったかもしれないが、来ない日々の辛さを知ってしまったせいで、もうその選択肢は無くなった。



 ♢♢♢



「つくしやよしひとに、ひどいことされなかった?」


 泣き止むまで頭を撫で続けていたら、どうやら四万も気に入ったらしい。落ち着いた後も、撫でるようにせがまれてしまった。

 俺も別に嫌ではないので、撫でながら話を続ける。


「心配しなくても大丈夫だ。まあ、ちょっと脅されたけど、ちゃんと断ったし。それに、佳人さんは酷いことをしてきていない」


 筑紫は仲間思いゆえの行動で、佳人には含みのある言い方をされているが、それ以上は何もしてこない。


「むしろ、四万を呼んでくれた恩がある。佳人さんから聞いて、ここに来てくれたんだよな?」


 今回、佳人のおかげで四万と関係を回復できた。きちんとお礼を言わなくては。見返りが怖いが仕方ない。


「……ん。そういえば、なんでよしひとはちくさのところにくるんだろう。なんどもきてるんだよね?」

「えーっと、それは……興味本位じゃないか。榛原や四万がよく来るから、どんなものか確かめているとか。一緒に会社をしている、大事な仲間なんだろう。そうなったら、心配するのも当然だ」

「そういうことなのかな」

「そういうことだよ。きっとすぐに興味を失うって」


 危ない危ない。

 佳人が俺のところに何度も来ていると、四万が不思議に思うことは簡単に予想できた。その上手い言い訳を、前々から何となく用意しておいて良かった。

 微妙な顔をしているが、一応は納得してくれた。


 さすがに、正体については言えない。裏切っていることになってもだ。

 簡単に言ってしまったら、みんなから離れた意味が無くなる。また巻き込むのはごめんだ。


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