第13話 四万の気持ち
ちくさに会うのが怖い。責められる想像をしたら余計に。
筑紫にちくさについて聞かれた。報告する義務があると詳しく話したけど、電話を切ってから凄まじい後悔に襲われた。
筑紫は排他主義だ。懐に入れた者以外、人間と思っていない節がある。それは、あの人がいなくなってから顕著になった。
そんな筑紫にちくさの話をしたらどうなるか、俺は分かっていた。無事で済むわけがない。最悪、命の危機もあった。
それでも俺は、話すことを選んでしまった。ちくさの作るご飯が好きで、一緒にいる時間も好きなのにも関わらず。
話を聞いた筑紫の機嫌は最悪だった。この状態の時は、俺達ですら近づかないレベルで。止められるのは、あの人か佳人ぐらい。
俺は、ちくさにこのことを話せなかった。何度か機会があったのにも関わらず、口が全く動かなかった。忠告ぐらいなら出来たかもしれない、それをしなかった。
それから数日が経ち、ちくさが怪我をすることはなく、何故か佳人が頻繁に会いに行っているという話を榛原から聞いた。榛原も後悔しているようだったが、ちくさのところに顔を出している。
とても羨ましかった。同時に不思議だった。
どうしてそんなに簡単に、ちくさに会えるのか。後悔しているなら、行けなくなるのが普通じゃないか。
俺は、こうして動けずにいるのにずるい。
ぼんやりと様子を見ているうちに、いつしか榛原から後ろめたさが無くなった。
ちくさと何かあった。きっと許しを得た。
晴れやかな顔をした榛原が憎い。俺が店に行かなくなって何日も経っているのに、ちくさは俺を気にかけてくれない。きっと俺が嫌いになったから。
考えれば考えるほどドツボにはまってしまい、ますます俺は動けなくなった。
最近、上手く眠れない。夢を見るせいだ。
そこで、俺はちくさから何度も責められる。
――信じていたのに、見捨てた、酷い、信じられない、お前なんか嫌いだ、顔も見たくない。
そのたびに飛び起きて、夢だと分かり安堵する。
心臓がうるさくて、苦しいから胸に爪を立てる。痛みで紛れそうとしても、全然効果が無い。
冷や汗でべっとりとした服が不快で着替えていれば、もう眠気がどこかへ行ってしまう。
そうやって、睡眠時間がどんどん短くなっていった。
眠気がないが、頭が痛む。脳みそを直接掴まれているような痛み。思考もまともに働かず、ふらふらと動く俺は、どこからどう見ても体調不良だった。
周囲は心配してくれたが、それで良くなることはない。むしろ自分の弱さを再確認させられて、さらに悪化した。
もう自分が今、夢の中にいるか現実にいるかも分からない。
相変わらず頭は痛いし、動くのも辛い。視野も狭まって、そろそろ限界を迎えていた。
倒れれば、ちくさも許してくれる。駄目なら死んでもいいかもしれない。
視界が真っ暗になる中で、俺の意識を戻したのは着信音だった。どうでもいい相手なら、俺も気にしなかった。
でもそれは佳人用に設定しているもので、無視するわけにいかずスマホに手を伸ばした。
「……もしもし」
何とか気力で意識を持たせて、電話に出る。佳人が連絡をしてくるなんて、よほどのことだ。あの人に関することだったら気絶している場合ではない。
『四万か』
「どうしたよしひと、あのひとがみつかったのか」
『違う』
「それならなんだ」
話すのでさえも辛い。俺は必死に意識を保って会話を続けた。
『……千種古書店』
「っ」
『最近、行ってないらしいって聞いた。なんで?』
その名前を言われると思わなくて、声が漏れた。佳人がちくさのところに入り浸っている話が本当だと、事実を突きつけられた衝撃は大きい。頭を鈍器で殴られた気分だ。
頭が痛い。気を失った方がマシなほどに。それでも、まだ気絶したくなかった。
「べつにかんけいない」
『それが関係あるんだよ。四万、最近仕事に身が入ってないらしいな。倒れそうで見てられないって話も聞いてる。把握してないと思ったか』
「それはっ」
迷惑をかけている自覚はあった。俺を見る目が煩わしかったが、放置されていたので何もしなかった。いつか諌められると分かっていても、何もしなかったのが悪い。
言葉が続かなくて黙った俺に対し、電話の向こうで佳人が笑った。
『意地を張ってたら大事なものを失う。経験したから分かっているだろ。忘れるほど馬鹿だったか?』
嘲る言い方に、反論すらできない。そんなのは自分でも分かっている。でも体が動いてくれないのだ。
『話したいって言ってた。心配してた。気にかけてた。これを聞いても、まだ動けないって言うなら、ずっとそこで腐ってろ』
佳人は言いたいことだけ言うと、俺の返事を待たずに電話を切った。しばらく固まっていた俺は、行かなくてはと考える。
話したいと望んでくれるのなら、会いに行こう。
今が何時かを気にする余裕もないまま、俺はふらつく体にむち打って動いた。
♢♢♢
そろそろ店を閉める時間になり、俺は時計を見上げて息を吐いた。
「……今日は誰も来ないのか」
店で一人、呟いた言葉には不安が含まれている。それは、見捨てられたのではないかという不安だった。
四万が来なくなっても、代わりを埋めるように榛原や佳人が訪れた。その対応をしているだけで時間があっという間に過ぎ、悩んでいるが暇ではなかった。
でも今日は、いつまで経っても誰かが来る気配がなく、俺は何度も入口を確認してしまった。客に不審に思われたほどだ。
「……みんなに呆れられたりして……」
見て見ぬふりをしていた考えを言ってしまえば、事実のような気がして落ち込む。
もう誰も来ないのではないか。四万だけではなく、榛原や佳人でさえも。
「あー、やめだやめ。ドツボにはまる」
頭を振って考えを飛ばそうとするが、消えてはくれなかった。
少し早いが、俺はもう店を閉める準備を始めようと立ち上がった。
まずは入口を施錠しよう。そう考えて鍵を持ち向かった俺は、何かの気配を感じた。
外に何かいる。なんだ。
警戒しながら様子を窺うと、驚いて声が出た。
「四万……?」
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