第10話 友達? なのだろうか





 佳人と友達になるなんて、少し前の俺だったらありえないと笑っていただろう。

 でも現実には、俺の目の前には佳人の姿がいる。

 最後に会った時と、特に変わったところはない。

 俺なんかとは大違いだ。


「そんなに見つめられると、穴が開いちゃいそう」

「あー、無意識だった。悪い」

「いいよ。それぐらい、俺の顔が好きってことでしょう。それなら嬉しい」

「そ、うか」


 空間が甘い。

 俺は耐えきれなくて、そっと視線を外した。

 そうすればくすくすと笑う声が聞こえてきて、更にいたたまれない気持ちになった。



 何故か佳人とカフェに来ることになったのは、俺のせいじゃない。

 突然店に来たかと思ったら、話をしようと連れていかれたのだ。

 抵抗する間もなく、町に最近出来たカフェに気が付けばいた。


 目の前には良い匂いがするコーヒーと、つやつやと輝いているイチゴがのったショートケーキ。

 俺の好きなケーキを、頼んだのは佳人だ。

 ただの偶然か、それとも知っていたのか、どちらにせよ恐ろしいことに変わりはない。


「早く食べなよ。コーヒー冷めちゃったら美味しくないし、ケーキも早く食べた方がいいよ」

「あ、ああ。えっと佳人さんも食べろよ。冷めたら美味しくないんだろ?」

「そうだね。それじゃあ、一緒に飲もう」


 せーので一緒にコーヒーを飲むなんて、一体どういうことなんだろうか。

 俺は同じタイミングでカップを傾ける姿を見ながら、これからどうしたらいいのかと困ってしまう。


 話をしようとは言われたが、ここに来てからろくな話をしていない。

 何をされるのかという得体の知れなさを感じて、俺は気づかれないようにカップで隠して顔をしかめた。

 もしかして馬鹿にされているのだろうか。それとも試しているのだろうか。


 試されているとしたら、俺の正体を探ろうとしているのか。

 バレていないとは思いたいが、今のこの感じから考えるとバレている気がする。

 でももしバレていたとすれば、こんな風にのんきにお茶なんて飲んでいられないはずだ。


 俺のことを一番憎んでいるとしたら、佳人に違いない。

 出会った瞬間に、首を絞められて殺されたとしても、なんの不思議も無かった。

 こんな風に会うことさえも、もう二度と来ないと思っていたのに。


「……美味しいな」

「そうでしょ。俺もこの前飲んだんだけど、凄く美味しいと思ったから、千種さんにも飲んでもらいたかったんだよ」

「どうして俺に?」

「まっさきに顔が浮かんだからかな?」


 おかしい。

 前にいた時よりも、佳人の対応が甘い気がする。

 まるで恋人に対するもののようで、俺は口から砂糖が出てきそうだった。


 友達というのは、こういう距離感なのだろうか。

 友達なんてほとんどいないし、最近は作っていないから、その判断材料は手元に無い。

 俺が知らないだけで、世間一般の友達というのはこういうものなのかもしれない。


「ショートケーキ、好きなんだ。でも、この顔だろ? あんまり買えないから嬉しい」

「別に顔がどうこうなんて思わないけどな。むしろ可愛いと思うけど、ギャップ萌えって感じ?」

「ぎゃっ!? そんなわけないだろ。目がおかしいんじゃないのか」

「照れているんだね。可愛い」


 佳人といると、ペースを乱される。

 いつの間にか敬語も自然と外れてしまっていて、こうして二人きりで話すのだって、本来であれば避けた方がいい。

 それなのに実際の俺は、こんな風に一緒にケーキをつついている。


 自分でも、一体これからどうしたいのか分かっていない。

 バレたくないと思っているのにも関わらず、こうして交流している。

 完全に行動が矛盾していて、仮にバレたとしても自分のせいだ。


「佳人さんは、俺と友達になりたいって言ったよな。でも、友達になって何が楽しいんだ? 探している人がいるんだから、そっちに力を入れた方がいいだろう?」

「それは榛原や四万達から聞いたの?」

「あ、ああ。総出で探しているっていうのを聞いた。それぐらい大事な人なんだから、俺に構っている必要なんかないと思うんだけどな」

「そうだね、とても大事。一生かけても見つけると思っているし、多分見つけたら……」

「見つけたら?」

「……それは、秘密かな」


 実際には俺のことだから、見つけた後にどうするのか聞きたかったのだけど、秘密だと言われてしまった。

 その言い方の裏側に色々なものが含まれていそうで、身震いする。


「それじゃあ、やっぱりここでこうしている時間はもったいないよな。他の場所も探した方が良いと思うが」

「ちゃんと探しているよ。探しているからこそ、ここにいるんだ」

「見つかるといいな」

「はは、そうだね」


 佳人はくすくすと笑いながら、ショートケーキにフォークを突き刺した。

 勢いが良くて、皿に当たる音が大きく響く。

 笑っているのに苛ついているように感じて、俺は話題を変えた。


「ずっと気になっていたんだけど、榛原も四万も、この前来た筑紫も同じところで働いているんだよな。どういう仕事をしているんだ?」


 ニコニコとしているまま、佳人はケーキを口にする。

 表面的に見れば機嫌が良さそうだけど、内心ではどう思っているのかは本人にしか分からない。


「あれ、聞いていないの? 昔からの知り合いと、ちょっとした会社をしているんだ。だから結構、時間を自由に使えるし、それが出来るだけの資金もある」

「会社か、凄いな」

「まあ、必要なことがあったから作っただけだよ。目的のために、そっちの方が都合が良かっただけ」

「……それは探し人と関係はあるのか?」

「そうかもね」


 俺のために会社まで作ったとは考えたくない。

 そこまでの価値があるとは思えないし、その執着が恐ろしい。

 浅い関係だったとも言わないが、そこまで深い関係だったとも言えなかった。


「どうして、そんなに探しているんだ? 恋人でもないのに」


 探されているのを知ってから、ずっと不思議だった。

 全員とは、完全に友人だったのに、みんな並々ならぬ執着心を持っている。

 その理由を知りたい。


 尋ねられた佳人は、フォークをテーブルの上に置いた。


「それは、恋人以上に大事な存在だからに決まっているでしょう。本人は気づいていないみたいだけどね。残念なことに」


 俺に向かって言われたかのように聞こえて、思わずイチゴを丸のみにしてしまい、喉を押さえた。


「大丈夫? 全く、ドジなんだから。……昔から」


 咳をしていたせいで、背中をさすってくれる佳人が何を言っていたのは分かったけど、言葉までは聞き取れなかった。




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