第9話 バレた?





 佳人よしひと


 チームを作る前からの知り合いで、一番仲が良かった。

 実力は俺と同じぐらい、昔は双璧なんて言われたこともある。

 二人でいれば最強だと、そう信じていた頃が懐かしい。


「いらっしゃいませ。そちらの方は?」


 久しぶりという言葉は聞かなかったことにして、俺は対応する。

 一瞬、眉をひそめたが、すぐに取り繕った笑みを浮かべながら中に入って来た。


「佳人、何でここに?」

筑紫つくし、お前には関係ない」


 俺だって何でここに佳人まで登場したのか知りたかったけど、筑紫の問いは一刀両断されてしまった。

 上下関係があったわけじゃないが、筑紫は素直に口を閉じた。

 その表情は、納得いっていないというのがありありと浮かんでいて、俺を軽く睨んできた。


「千種って名乗ってるらしいね。嘘つき」

「嘘じゃないですよ。俺の名前は千種です。ここの店の看板を見たでしょう?」

「証拠は?」

「証拠?」

「そう。免許証でもなんでも見せてよ。そうしたら信じてあげるからさ」


 困った。そんなものはない。

 免許証、保険証は持っている。

 でもそこに書いてある名前は、当たり前だけど千種じゃない。

 さすがに見せられるわけが無くて、俺は思わず固まってしまった。


「見せられないの? それは、やっぱり嘘つきだからでしょ?」

「初めて会った人に、個人情報を簡単に見せられるわけありませんから。普通に考えてそうでしょう? 俺おかしなこと言ってますか?」

「ふうん。それなら仲良しになれば、見せてくれるってこと? それじゃあ、友達になろう」

「友達、ですか。それは……」

「駄目なの?」


 佳人の後ろから、筑紫が鬼の形相でこちらを見てくる。

 これは友達になるのを、さっさと受け入れろという顔だ。

 どれだけ佳人に甘いんだと呆れそうになるが、俺も人のことはあまり言えない。


 見た目だけで言うと優男といった感じだけど、実は寂しがり屋であることを知っている。

 ここで俺が断ったら、表面上はなんてことないような顔をしても、たぶん傷ついてしまうはずだ。

 これ以上傷つけるのは嫌だし、あんなにも大きな嘘をついてしまったから、バレないようにする以外の嘘をつきたくなかった。


「……知り合いからなら」


 葛藤があったせいで、物凄く小さな声になった。

 それでも静かな空間だから、ちゃんと聞こえたらしい。


「よろしくね、千種さん。俺のことは佳人って呼んで」

「佳人、さん」


 呼び捨てには出来なかった。

 呼んでしまったら、あの頃の俺に戻ってしまう。

 だからさんをつけて呼べば、少しムッとした顔をした。


「佳人でいいんだけど。まあ、いいか。今は許してあげる」

「あ、ありがとうございます?」


 何でお礼を言ったのか自分でも分からないが、自然と口に出ていた。

 それは良かったようで、表情が明るくなり手を差し出される。

 固まってしまったが、すぐに何をしたいか理解して握り返せば、腕が引かれた。


「うわっ!」


 油断していたせいで、あっけなく俺は体のバランスを崩す。

 そして行き着いた先は、佳人の胸の中だった。


 同じぐらいの身長だけど、俺は座っていたから変な体勢になる。

 結果的に膝立ちになりながらだから、胸というよりも腹に近い。

 スーツだから普通の服よりも固い。でもいい匂いがする。


 俺はどうしたらいいか分からず固まっていれば、頭を不器用に撫でられ始めた。

 痛いぐらいだが、嫌な感じはしなかった。

 頭を撫でられることなんてほとんど無いのに、懐かしく思うのは不思議なものだ。



 こんな見た目不審者のおっさんの頭を撫でて、何が楽しいのだろうか。

 佳人の考えることは分からない。

 ちらりと見えた筑紫も、少し引いた顔をしていた。


「あー、癒される。千種さん、俺の専用のペットになる気は無い?」

「一生無い」

「残念。ベッタベタに可愛がってあげるのに」


 本気に聞こえるし、たぶん冗談じゃない。

 仲間の次はペットなんて、どれだけ格下げされているんだ。

 それからしばらく、俺は本当にペットかのように頭を撫でられ続けた。



 ◇◇◇


「佳人、一体何を考えているんだ」


 千種古書店からの帰り道、後部座席で隣に座っている佳人に声をかけた。

 そうすれば寄りかかりながら外を眺めていた目が、こちらに向けられる。


 その瞳には何の温度も感じられず、俺は軽く震えてしまった。


「何を考えているって?」

「さっきの奴のことだよ。本気で友達になろうって思っているわけじゃないだろ?」


 あのいけ好かない男の顔を思い出すと、今でも怒りが湧いてくる。


 見た目はどう考えても不審者なのに、何故か榛原や四万が懐いた。

 脅しているのかとも思ったが、そういうことが出来そうには見えないし、簡単に脅されるほど二人も弱くはない。


 ということは、あえて一緒にいるということだ。

 でもあれを見て、俺はそんなに魅力があるようには感じられなかった。

 こちらを小馬鹿にするような言葉に、挑発されてしまったのは認めるが、そこら辺にいる奴と何が違うのかは分からない。


「あの人を見つけるのが最優先事項だろ。興味が湧くのは構わないけど、そっちに構ってばかりいるのは許せねえ」


 俺達の気持ちは、数年前から変わっていないはずだった。

 突然姿を消したあの人にもう一度会うために、やれることは全てやっている。


 どうして何も言わずにいなくなったのか。

 悩んでいたのだとしたら、相談してもらいたかった。


 あの人がいなくなって、みんな名前を呼ぶことすらもためらうようになった。

 その名前を口にしたら、今いないという事実を再確認してしまう。

 それが耐えられないと、自然と避けるようになったのだ。



 この気持ちを、あの人は知っているのだろうか。

 知っていたとしても、知らなかったとしても、どちらにしても酷い人だ。

 俺達のことを捨てて、いなくなってしまったのだから。



「筑紫、お前は何も分かってないな。話をして、というか姿を見て気づかなかったのか?」

「は? 何をだ?」


 俺の言葉に、佳人はニヤリと笑った。

 先ほどの佳人は、少し猫を被っていた。

 普段はあそこまで丁寧な口調じゃないし、あんなにかわい子ぶっていない。


「分からないならいい。後悔するのは俺じゃないから」


 あの態度を見るのは久しぶりだった。

 最後に見たのは、あの人がいた時。



 ……まさかな。

 一瞬、ありえない考えが浮かんだけど、すぐに違うと否定した。

 絶対に、それはありえない。


 そのまま意味深に笑っている佳人に、俺は馬鹿にされているような気がして、それ以上は何も言わなかった。




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