第8話 不穏な足音





 四万の元気が無い。

 それにつられてなのか何なのか、榛原の様子もどことなくおかしかった。

 俺が何を話しかけても反応が薄くて、手伝いにも身が入っていない。


 悩み事があるのかと聞けば、変な感じにごまかされた。

 絶対に何かあるはずだから、注意深く見ているのだけど今のところ尻尾を出さない。

 無理に聞くのも良くないと思って、今は見守ろうと決めた。



 ♢♢♢



 もしかして隠していたのは、このことだったのだろうか。

 珍しく榛原と四万がいない日に現れた客に、俺は大体のことを察した。


 スーツを着ているからか、それとも元々のオーラのせいか、店に入ってきた姿は完全に浮いていた。

 俺が言うのもなんだが、もしも他に客がいたら通報されてしまうんじゃないだろうか。

 そんなくだらないことを考えているけど、内心ではとてつもなく動揺している。



 どうして、ここにこいつがいるんだ。

 榛原や四万の時も驚いたけど、これはその比じゃない。

 バレたら終わる。

 完全に死を覚悟して、そいつが近づいてくるのをただ見ていることしか出来なかった。


「おい」

「っ、何でしょうか?」


 ぞんざいな話しかけられ方に、恐怖の中に懐かしさも感じて、少し言葉に詰まってしまった。

 座っているから自然と見上げる形になって、余計に存在が大きく見えた。


「ここで俺の仲間がお世話になっているって聞いてな。てめえが、たぶらかした犯人か?」

「た、たぶらかしたって」


 最初から敵意マックスで、俺を直球に威嚇してきている。

 一般人だったら腰が抜けるだろうが、昔は近くで見ていたことがあるから慣れていた。

 でも、今の俺が慣れているのはおかしいだろう。


 大げさにならない程度に、俺は怯えたふりをした。


「た、確かに榛原と四万は店の手伝いをしてくれているが。そ、それがなんだって言うんだ?」


 怯えつつも言葉を返せば、温度の無い目がこちらを見てきた。

 ただの虫けらを見ているかのようで、そういった視線を向けられたことは無かったから、少しだけ胸が傷つく。傷つく権利なんて、逃げた俺には全く無いのだが。


「なんだって言うんだ、ねえ。なーんか、ムカつく奴だな」


 四万以上に気分の上がり下がりが激しいのは知っていたが、ここまで耐え性がないとは思わなかった。

 今のところ俺は榛原と四万と仲が良い人間という立ち位置なのに、傷つけることに全くためらいを感じていない。


「おい、おっさん。痛い目見たくなかったら、もう関わるのを止めろ」


 前に話し方も教えたはずだったのだが、会わなくなった数年の間にすっかり忘れてしまったみたいだ。

 関係の無くなった俺が言うのはなんだけど、生きづらくないのだろうか。

 酷薄な笑みを浮かべて、未だに見下ろしてきている姿は、あの頃とほとんど変わっていないように見える。

 成長していないと考えれば、頭が痛くなってくる。


 二人きりの店内は、とてつもなく気まずい。

 未だに他の客に来ないのは、人払いをしているからだろうか。

 こんなことで使われる人も可哀想だ。


 それにこっちの意見を聞かずに、いきなり言ってくるのも頭に来る。


「関わるのを止めろって、それは榛原と四万が言ったのか? そうじゃないのなら、俺にも断る権利はあるよな」

「あ゛?」


 あおるような発言をしてしまったのは認める。

 言ってしまった後にしまったとも思ってしまったが、取り消す気は無かった。


「そうだろ? 二人が俺と関わるのが嫌だって言うのならまだしも、第三者が言ってくるのはお門違いだと思うんだけどなあ」


 仲間を大事にする気持ちは知っているし、その中で現れた明らかに不審者な俺を警戒するのも当たり前だ。

 でも、もう少しやり方を変えた方が良い。

 世の中、脅せば言うことを聞く人間ばかりじゃないのだから。


「てめえ……」

「殴るか? その瞬間、俺は警察に通報するからな。外にいる仲間に命令してもいいが、この田舎でよそ者は目立つ。すでに誰かが通報している可能性だってあるぞ」


 逃げ場を無くすように言葉を重ねれば、ぐっと黙り込む。

 頭の中は目まぐるしく考えているようだが、良い案が浮かばなかったらしい。ギリギリと歯ぎしりする音が聞こえてきた。


「というかそもそもなあ……自己紹介もせずにいきなり関わるのを止めろって、人としての礼儀がなっていないだろ」


 自分の思い通りにならない人間に会った時、大人な対応をすることが必要だ。

 今何をしているのかは知らないけど、きっと同じ会社で働いているような気がするし、今のままじゃ絶対に迷惑をかける。


 俺のストレス発散も兼ねて、わざと嫌な人間の演技をした。

 完全に作戦は上手くいっていて、怒りのオーラが今にも見えてきそうだ。


「……何が望みなんだ」


 その言葉は地の底から聞こえてきたんじゃないかと言うぐらい、とても低く響いた。

 怒りを押し殺しきれてはないが、まだ殴らずに我慢しているのは偉い。

 昔から仲間思いだったから、それがストッパーになっているのだろう。


「望みっていうかな、二人がここに来ることの何が問題なんだ? 聞いてみたけど、仕事の方もちゃんとやってはいるんだろう? 俺は害をなす気は無いし、別に少し懐いていたって構わないじゃないか」


 ここにいると決めたのは、榛原と四万だ。

 子供じゃないのだから、自分で決められる。

 それを横から色々と口出しするのは、あまりにも過保護すぎる。

 もう少し信じてあげて欲しい気持ちも込めて諭すと、目の前の体がプルプルと震えた。


「それが構うんだよ。別の奴にうつつを抜かしたら、力が半減するだろ。俺は、俺達はあの人を見つけなきゃいけねえんだ。てめえに構っているせいで、それが出来なくなるなら、てめえの存在を消すのが一番だろ」


 まあ、俺の存在を消したら、一生探し人に会うことは叶わなくなるが、そのことについては知らないだろうし、バラしたら隠れている意味が無くなる。

 興味のあること以外はとことん排除していたことを考えれば、俺は大分好かれていたらしい。


 さて、どうしたものだろうか。

 これ以上やっていたら、殴られるのも時間の問題だ。

 俺のやったことを考えれば殴られても仕方がないが、痛いのは勘弁したい。


 なんとか折り合いをつけたいものだけど、いい案は全く思い浮かばなかった。

 そのまま顔を見つめていれば、店の扉が開く音が聞こえた。



 もしかして、榛原か四万でも来たのか。

 空気を変えてくれるかもしれないと期待して、俺はそっちを見た。

 そして後悔する。


 昔いたチームのメンバーは、四万と目の前にいるこいつと、あと一人いた。

 榛原は舎弟的な感じだったから、メンバーとして数えていない。


 扉のところに寄りかかり立っている人物こそ、残りの一人だった。

 顔を見るのは、逃げた当日に話した時以来だ。



「……久しぶり」



 口を開く動作が、まるでスローモーションのように映る。

 聞こえてきた言葉に、俺は自分の立場が想像以上に危なくなっていると悟った。




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