第7話 慣れてくるとヒヤッとすることもある





 この前の件から、早いことで一週間が経った。

 破損した商品はきちんと弁償させたのだが、その後どうなったのか俺は知らない。

 榛原と四万が自分達で何とかすると言って、止める暇なく二人組を引きずって行ってしまったのだ。

 さすがに殺しはしていないだろうけど、相手が悪かったと合掌しておいた。


 商品をめちゃめちゃにされたのだ。俺もそこまで慈悲深くはない。

 帰ってきた榛原と四万から血の臭いがしていたとしても、気づかないふりをした。



 ◇◇◇



 それから連休が終われば、いつも通りの日常が戻った。

 榛原と四万は別々に手伝いに来たり、二人一緒に来たりと、示し合わせてやっているらしい。

 報酬は今も食事を振る舞うだけでいいから、大変だと思ったことは無い。

 むしろ料理のレベルが上がって、こっちとしてはいいことだらけだ。

 料理のスキルが上がったのは、ちょっと失敗しても美味しそうに食べてくれるおかげもある。



 店の売り上げも良くなって感謝したいぐらいだけど、ちょっと困っていることもある。


「その髪、暑くないですか? 俺切るの上手いし、やってあげますよ?」

「いや、遠慮する」

「ちくさ、こんたくと」

「入れるの怖いからしない」


 何を思ったのか、俺のイメチェン計画が進行してしまっているらしい。

 だから店に来るたびに髪を切ろうだの、コンタクトにしろだの訴えてくるから、かわすのに一苦労なのだ。

 隙あらば偶然かのように変えようとしてくるので、油断も隙もあったもんじゃない。

 いつまでガード出来るのか、ひやひやしている。


「俺、思うんですけど、千種さんって絶対顔は良いはずですよね。何で隠しているんですか。もったいない」

「ちくさのかおみたい」

「どんなに頼んだって、絶対に嫌だからな。俺はこのままでいいんだ。イケメンなんかじゃない!」


 あの頃の俺を感じさせるような顔を見せたら、イコールで繋げられる可能性がある。


「何かトラウマでもあるってことですか?」

「トラウマっていうか、まあそんなもんだな。だから顔をぜーったいに見せたくないんだ」

「それなら……」

「……そう。わかった」


 落ち込んでいる姿を見て良心が痛んだとしても、発言の撤回はしない。

 さすがにトラウマを刺激してはいけないという常識はあるようで、一応は納得したようだ。

 いつ気が変わるかは分からないから、注意しておくのに変わりはない。


「あー、そういえば人探しの方はどうなったんだ? 進展はあったか?」


 話を変えたつもりだったけど、俺も当事者といえば当事者だから、ほとんど変わっていないようなものだ。


「それが、そこまで情報が集まっていないんですよね……」

「にたようなひとが、いたのはいたみたい」

「大変だな。もしいたとしても、別のところに行った可能性もあるんじゃないか?」


 二人が来てから随分と時間が経っているということは、今まで見つかっていないというのと同じ意味である。

 普通に考えれば、もうここにいないと判断する頃合いだ。


「もう少しだけ情報を収集して、それでも駄目だったらここを探すのは終わりになるかもしれませんね」

「ここにもあまりこられなくなる」

「それは、寂しくなるな」


 いないと判断された方がありがたいが、本心で寂しいとも思った。


「俺達がいないと千種さんが寂しがるだろうし、遊びには来ます。しばらく来ない間に、このお店が潰れちゃったら大変ですし」

「しんぱいだな」

「……一人でもちゃんと、店を切り盛りしてきたんだけどな」


 二人の中の俺は、どれだけ生活力が皆無だと思われているのか。

 今まで一人でやってきたのだから、いなくなったところで現実的に考えれば時間が解決する。


「きっと寂しくて泣いちゃいますよ」

「おれだけでもここにすむか」

「四万さん、それはずるいですよ! そんなこと言うなら、俺だってここに住みたいです!」

「本当に仕事とか平気なのか……?」


 俺が雇用主だったら、クビも考慮に入れるレベルだ。

 この店で働いている姿以外に見たことが無いせいで、余計にその気持ちが強かった。


「大丈夫ですから、千種さんは何も心配しないでください」

「あんしんしろ」


 安心しろとは言ってくるけど、俺のせいでクビになったなんて話になれば、どんなに謝罪をしても足りない。

 この店で雇えるわけが無いから、俺を見つけないぐらいに頑張ってほしい。

 でもたまに店に来るぐらいなら、大歓迎かもしれない。

 俺は他人事のように、軽い気持ちで願った。



 ♢♢♢



 ちくさは、今まで俺の周りにはいなかったタイプの人間だ。

 初対面の人間を家に入れるような警戒心の無さがあるのに、どこかひょうひょうとしていて掴みどころがない。


 榛原のこともそうだし、俺の扱いも上手い。

 小さい頃にかかった病気のせいで、言葉を口にするのに苦労する。

 理解していないわけじゃないし、頭の出来としては悪くない方ではあるが、他人はそう思ってはくれなかった。


 何かを話すたびに馬鹿にされたり、同情されたりすることが多くて苛々していた。

 そんな思いをするぐらいならと、心を許した人間以外にはあまり話さないようになった。



 でもちくさは、俺のこの話し方を耳にしても、とくにこれといった反応をしなかった。

 そんなことはほとんどなくて、顔には出さなかったけど内心ではとても驚いていた。

 仲間以外は大体が負の感情というか、わずらわしさを少しでも出してくるから、こんな反応は初めてに近い。



 店の前で待っている時に、インターホンがあるのには気が付いていた。

 でも鳴らさなかったのは、ちくさという人間を見極めるためだった。


 榛原が人に懐いていたという話は有名だった。

 でもそれは本来であればありえないことだ。

 あの人がいなくなってから、全員の心にはぽっかりとした穴が開いた。

 その穴は埋まることなく、暴力や他の形で見ないふりをしてきたから、代替品を見つけた榛原に対し非難する声も上がった。


 そして俺に命令が下ったというわけだ。

 榛原をたぶらかした奴を調査して、害があると判断したら排除しろ。

 そういうわけでファーストコンタクトを、あんな形でとった。



 結果としては、俺もほだされたのだろう。

 作るご飯はどれも美味しいし、一緒にいるだけで温かい気持ちになる。

 ミイラ取りがミイラになる、まさしくこの言葉が似合う状況になっていた。

 俺はちくさという人間を、とても気に入っている。





 俺すらもこんな状況になったことは伝わっているから、そろそろ動き出す頃だろう。

 震えるスマホに表示された名前を見て、俺はにわかに緊張した。


「……もしもし」





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