第6話 番犬? 狂犬?





 榛原も四万も、よく食べる。

 そのせいもあり、家の冷蔵庫には毎日ギッシリと食材を詰め込むようになった。

 たまに向こうが持ってくることもあるから、今のところは食費に困っていない。

 むしろ料理を作っても、食べきれずに腐らせていたから、こちらとしては助かっている。


 二人共、子供舌らしく、ハンバーグやオムライスを作った時のテンションはとても高かった。

 テーブルの上に料理を並べていると、待ちきれないといった感じでソワソワしているから、俺はいつも笑ってしまう。

 まるで家族が増えたみたいで、心地よさを感じていた。



 四万は体格が良いから、初めは客や近所の住人に怖がられた。

 でも今は子供達に大人気だ。

 肩車をねだられ困りながらも最後にはやっているから、何だかんだいって子供は好きなんだろう。


 二人が手伝いに来るようになって、今まで以上に売り上げが良くなった。

 ここに探し人がいないと判断すれば終わってしまう時間だからこそ、大事にしなくてはと思う。



 ♢♢♢



 長期休みには、田舎であるこの町にも人が多くなる。

 里帰りや旅行など目的は様々だが、客商売としてはかきいれ時だ。


 この店もいつもよりはにぎわうから、俺は前もって榛原と四万に手伝いに来れないか一応聞いた。

 返事はどちらもオッケーで、仕事や人探しは良いのかと心配すれば、全く問題ないとのことだった。

 それで大丈夫なのかと思ったが、向こうが良いと言っているのだから、素直に好意に甘えることにした。



 でも、それは間違いだったみたいだ。




「あんた、良い度胸してんな。……殴り殺されたいのか?」

「ひいっ!?」

「ころす」

「ひえっ!?」


 俺は大惨事を前にして、どう収拾を付けたものかと現実逃避をした。





 事の発端は、三十分前にさかのぼる。


 その二人組が店に入ってきた時から、嫌な予感はしていた。

 偏見かもしれないが古書が好きだとは到底言えないような見た目をしていて、ガムをくちゃくちゃと音を立てて食べているのも気になった。


「うっわ、カビくさ!」

「マジだ。おえー!」


 入って来てからもニヤニヤしながら騒ぎ、先に中にいた客の数人が迷惑そうな視線をちらりと向けた。


「何だこれ、ぼっろ」

「千円ってぼったくりじゃねえ!?」


 これで商品を買うのなら少しは我慢したが、本棚を荒らしながら、本自体も雑に扱っているのを見て、俺はいつもの場所から動いた。


「すみません。商品なので、もう少し丁寧に扱ってもらえますか?」


 まだ一応客として扱っているので、最初は下手にでる。

 これで大人しくなれば一番だが、そう簡単にいくわけもなく。


「なんだよ、おっさん。文句あるのか?」

「俺達、客だよー? お客様は神様じゃないの?」


 注意されたことにカチンときたのか、馬鹿にした口調で睨んできた。


「文句って言うか、もう少し静かにしてもらえるとありがたいんだけど」

「はあ? 調子乗ってんじゃねえよ」

「ちょっと痛い目見ないと分からねえのか?」


 こういうタイプは、何を言っても気に食わないから無視した方がいいのは分かっている。

 でもどう考えても小物だから、見逃すのもプライド的に許せなかった。


 にわかに怒り出した二人組に、俺はどうしたものかと顔を見た。

 そんな風に余裕を持っていたのが悪かったのか、いきなり胸倉を掴んできて、そして防御する暇なく頬を殴られる。


「っ」


 痛みはそこまで無かったが、少し吹っ飛んでしまった。


「ぎゃははっ! 痛そー!」

「調子乗ってるのが悪いんだよ! バーカ!」


 俺としてはダメージを受けていなくても、周りはそうは見えなかったらしい。

 客の悲鳴が聞こえてくる。店主がいきなり殴られたら当たり前か。

 楽しそうに笑う二人組は、更に俺に向けて拳を振り上げたが、その手は別の誰かに掴まれた。


 誰かといえば、居住スペースで作業をしていた榛原と四万だった。

 殴られた時に結構大きな音がしたから、何事かと駆けつけてくれたのだろう。


 榛原も四万も無表情になっていて、二人組とはオーラが段違いだった。

 でも相手の実力を感じられないほど弱いみたいで、腕を掴まれたまま騒ぎ出した。


「っにすんだよ! 離せ!」

「お前等も殴られたいのか? そこのおっさんみたいによお!」


 絶対に止めた方が良い。

 多分この場で分かっていないのは、二人組だけだ。

 心配そうに見ていた客も、可哀想だという視線に変わった。


「千種さん、殴られたんですか?」

「あー、まあ、ちょっとな。でもそんなに痛くないから大丈夫だぞ?」

「んだと、おっさん!」


 庇ったつもりだったのに、あまり痛くなかったという言葉に怒りを感じたようで、俺の方を向いて怒鳴ってきた。

 逆に火に油を注ぐ結果になってしまい、俺はもう少し考えて口にするべきだったと反省する。


「そう。ちくさのことなぐったんだ。ほっぺあかくなってるね」


 殴られた衝撃でしゃがみ込んでいた俺を立たせた四万が、頬にそっと触れてきた。

 熱を持っていたからか、冷たい手が心地良かった。

 自然とすり寄れば、少しだけ四万の雰囲気が柔らかくなった。


「俺達は客だぞ! こんな店なんか潰そうと思えば、いつでも潰せるんだからな!」


 もっと状況を見ろ、馬鹿なのか。

 せっかく柔らかくなった雰囲気が、再び冷たいものに変わってしまい、俺は思わず口に出してツッコミそうになった。

 このまま気づかれないように帰ってくれれば、まだチャンスはあったのかもしれないのに、死に急いでいるんじゃないか。


 にわかに殺気を出した榛原と四万にようやく気づいたのか、顔色が青ざめて震え出した。今更遅すぎるような気もするが。


 さすがにここで暴力沙汰を起こされるとまずいから、俺はゆっくりと立ち上がった。


「榛原、四万、落ち着け」


 俺の言葉でどうにか落ち着けさせることが出来ればいいのだが、無理かもしれない。


「もう少し冷静になって周りを見ろ。散らかっている方をどうにかしてくれ」

「……でも……」

「ちくさ」

「そんな顔をしても駄目だ。暴れるのは俺が許さない。やったら、もう二度と店に入れないからな」


 もしも榛原と四万にこの狭い部屋の中で暴れられたら、さすがに止められない。

 不満そうな顔で訴えてきたが、俺は頑として譲らなかった。

 そうすれば渋々と言った感じで、引き下がる。


「これはどうする?」

「これってなあ、一応人間なんだから丁寧に扱えって。破損した商品を弁償してもらえればいいから。回収したら、そのまま帰してくれ」


 もう可哀想なぐらいに震えているから、俺は解放するように言った。

 納得いっていないようだが、ここの店主は俺だ。

 つまり俺のルールで動く。


 これ以上は騒ぎ立てる必要も無いと終わらせれば、何とか解放した。

 舌打ちが聞こえてきた気がするが、たぶん俺の気のせいだろう。


 番犬というよりも、まるで狂犬だ。

 今後が心配になってくる。




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